595、ティルクの残存兵達
ジュワッ、ジャアアア……
たき火に水をかけ、火を落として行く。
昼間というのに木に覆われたこの場所では、あたりが薄暗くなり、ただ木のざわめきだけが頭上で渦巻き、虫も鳴かない不気味さに覆われた。
先ほどまでたき火を囲んで談笑していた兵達が、声を落とし、あたりに視線を走らせる。
「馬に乗るか? 」
「敵はどこにいる? 」
オキビが道の先に視線をやる。
だが、何故か位置が把握しにくい。と言うか、徐々に位置が見えてくる。
木か、木の生気にまぎれて…… なんだろう、この、人の生気の弱さは。
これほど近くに来るまでわからなかった。
いや、木と人の区別が付かないなどあり得ない。
自分の感覚が鈍っているのだ。
まるで、自分が霞に覆われていたようだ。
なんと言うことだ、この状態に気がつかなかった。
胸に手を当て、火打ち石の力を探る。
熱いほどに、力が満ちていることがわかる。
そうか、自分の力は一撃必殺か。
そして力を使ったあとは、また蓄えることに全てが向いてしまうのだ。
なんて事だ、悪い時に目覚めてしまった。
もっと、使いこなしてこの旅に出るべきだったのだ。
いや、赤様はお忙しい方だ。そんな悠長なことを言うのは神官として未熟だからに他ならない。
ここで踏ん張らねば、神官に任命して下さった赤様青様のご期待を裏切ることになる。
「盗賊か? 一体どのくらいいるんだ? 」
「数までは…… だが、かなり多い。」
「引き返すか、突破するか。」
「こっちは70いるんだ。突破しよう。」
「そうだ、馬で突破しよう。」
そうだ、今回は守る者が多い。これは心強い。
だがこの数、間違えればあっという間に減らしてしまう。
「待て、話の出来る相手なら話を…… 」
タンッ!
どこからともなく、矢が飛んできて小さい方の馬車に刺さった。
バッと皆が剣を抜き、溜息交じりに視線を巡らせる。
「どうも、話す気は無さそうだな。」
「ああ、囲まれたか。馬を集めろ。」
馬車の周りに馬を集める。
その周りを囲うように、兵達が守りを固めた。
一方、彼らを囲い込む一団は、2つに分かれて前と後ろから挟み撃ちにする算段だ。
まだ、後方から攻める隊が回り込んでいない。
思いがけず、早く存在がバレてしまった。
「王のご命令はアトラーナに帰還途中の巫子を奪えというものです。
多少のケガは目をつぶると。」
副官が再度隊長にささやく。
「わかっている。だが、矢が残ってない以上は剣で戦い、守りを倒して盗賊のように奪い取るしかない。」
「盗賊などと、不敬でございましょう。王命ですぞ。」
「 …… 貴殿は、貴族の誉れよな。」
どこまでも王に忠実な副官に、隊長が薄く笑う。
焦土王とは、よう言うたものよ。
逃げ遅れに手を差し伸べることなど考えてもいない。
自国民さえ、1人残さず焼き尽くしてしまいそうだ。
彼らはケイルフリントのフレデリク王子を襲い、本国に逃げ損ねた残存部隊だ。
国境のケイルフリントの状況を見て、自国へ帰る機会をうかがっているうちに伝書鳥が来てしまった。
アトラーナの巫子を捕らえて連れて来いなどと、簡単では無い命令だ。
橋を渡った所で襲うつもりが、何故か引き返して森の中を進み始めた。
これは、こちらには幾分有利ではある。
だが、相手は死に物狂いで守るだろうし、何より我らはすでに食い物さえ尽きている。
農家を襲って食い物を奪ったがこの人数だ、分け合っても一晩で食い潰した。
ああ、生きるためとは言え、まるで盗賊だ。
伝書には我が軍の残500と見ていると書いてあるが、生存者はほとんどがトランに渡りそのまま国境を越えている。
自分たちは崖の上から休んでいたケイルフリントの兵達を射殺すのが最大の仕事で、すでに矢も残り少ない。
100も満たない状況で、兵500の仕事を押し付けられるとは。
ほとんどが矢は射尽くして弓は背負い、剣を命綱にしている。
「死ねと、言われたように聞こえるんだがね。」
隊長は、とうに空腹も越えて腹も鳴らなくなった状況に、妙に頭が冴えている。
相手は同数か、それ以下だが状況が悪い。
飯も食わずに戦えるわけがない。
天を仰いで家族の顔を思い浮かべ、心を決める。
手ぶらで帰っても死罪だろう。
いっそケイルフリントに亡命さえも考えたが、すでに彼らの仲間を殺しすぎた。
腰の剣の、柄頭を握りしめる。
伝令で準備が出来たと合図が来た。
隊長は大きくうなずき、合図の木槌を握った。
「来るぞ。」
「ああ、ひどい殺気だな。」
全員が剣を抜き、馬車の守りを固める。
逃げるには分が悪い。
背中を見せるといい的になる。
矢を持っているなら尚更ここで叩かねば。
グレンがオキビに心話で語りかける。
『 代わるか? 』
『 いえ、やれます。火力の調節がどうなるかわかりませんが 』
『 そうか、火打ち石と語り合えたのだな 』
『 はい。力を蓄える間は、感覚が鈍くなるようです。
敵に囲まれる結果を招いてしまいました 』
『 私も同罪だよ。私は赤様のお側で守る。頼んだぞ! 』
「 はい! 」
オキビが思わず声に出してクスリと笑う。
覚醒が遅れたのは、自信のなさが火打ち石との間に壁を作ったのだろう。
火打ち石は、ずっと胸の中で温かく語りかけてくれたのに。
「オキビ殿、貴殿は身が軽い。樹上の敵をお任せしてよろしいか。」
「承知、樹上の矢は任された。地上をお頼みする。」
オキビが数歩下がる。
兵達が剣を手に、間隔を置いて馬車の守りに入った。
「おお! 地上は任せよ! 」
「おうっ! 我ら、今こそ赤様に恩を返すとき! 」
「守り抜いてこそ騎士の誉れ! 」
「死ぬなよ! 赤様に怒られる! 」
「ワハハハ! 怖い怖い! 」
うっそうとした森の中で射手たちが、樹上でキリキリと矢を引く手に力を入れる。
木に隠れ、囲む兵たちが剣を抜き襲いかかる準備に何度も剣を握り直す。
地上の隊長が木槌を持つ右手を挙げ、木板に振り下ろす瞬間、オキビが小さい馬車を足がかりに宙に飛び上がった。
コーーーーンッ!
ピュンピュン、ピュピュピュン!
一斉に放たれた矢が、馬車を囲む兵に向かって飛んで行く。
「 火打ち石よ鳴れ、来たれ炎炎雷! 」
ボボボンッッ! ゴオオオオッ!!
バーーンッ!! パシーーーンッ!! 「「 ギャッ! 」」
上空を炎が巻き、矢を1本残らず焼き尽くす。
近くの射手のいる木へと、一斉に落雷が直撃すると、次々と木が裂け、射手たちがバサバサと地に落ちた。
「 先手必勝!! 」
レナントの1人が、剣を振り上げ雄叫びを上げると潜む敵へ向かって行く。
「「「 おおお!! 」」」
「「「 うおおおおお!! 」」」
隠れていた兵が一気に飛び出し、馬車を目指して襲いかかってきた。




