594、グレン、翻弄される
リリスの中の日の神に、食事を頼まねばならぬ。
匙を握らせようとしたが、どうしても口に運ぶ間にこぼしてしまう。
神に飯を食わせるのがこんなに難しいとは思わなかった。
「決を申せば、我には出来ぬ。」
「承知いたしました。私が運びますので、大きく口を開けて頂ければ幸い。
口の中はお願い致します。」
「うむ。」
木の椀に、すっかり冷めたスープを準備して、口を開けるようにお願いした。
グレンが木の匙でイモを取り、リリスの口の中に運ぶ。
「上下の歯で、お噛み下さい。」
「もぐもぐもぐ、うーむ、なんであろう、このザラザラとした、もっもっも。」
「イモという食べ物でございます。これはイモと豆のスープでございます。」
「これがごくん、イモか、よく神殿に供えてあった、丸くて土の色をした物か。
ごふごふごふ、ゲフゲフゲフ、ゲフゲフ 」
何と、喋りながら飲んでしまわれた。
背を叩いて良い物か、グレンがオロオロする。
やがて何か慌てた様子で、喉に手を当て苦しみ始めた。
「ウグ、ウグ、ウグうう…… 」
し、しまった、これは不味いぞ。
上手く、物を飲み込めていないのかもしれない。
ものを食べるという行為が初めてなのだ。
いつも見てわかっていると言うが、自分でやるとなると勝手が違うのだろう。
「ゲーホ、ゲホゲホ、オエッ、オエッ、」
い、いかん、お怒りになるかもしれぬが
「失礼致します! 」 ドンドンドン!!! 「げええっ! 」
背を叩くと、咀嚼途中のジャガイモの固まりを吐き出して、はあああ、っと息を付いた。
「はあはあはあはあ、 一体、 これは……
な、な、んという事だ、命がけでは無いか。
え? 食わねば駄目なのか? 物を食わねば死ぬのか?! 」
「は、仰せの通りでございます。」
「いったいどういう事だ!
息の道と食う道が同じではないか?!
このような細い筒1本でそれを上手くやりくり出来るとは思えぬ! 」
「仰せの通りでございます。
ですが、ヒトの構造は皆同じでございます。」
驚くほど蒼白になって、狼狽えている。
傷を治すからと言って、ヒトの構造を知るわけでは無かったか。
「なんと言うことだ、完全に見えて不完全であったか!
おのれ、なんと言う虚弱な生き物よ。
我が巫子は食わずとも生きるようにしなければ。」
「 えっ?! お、お待ちを!
人は食うことも大切な営みでございます。
赤様がお好きなものを食べる楽しみを奪われることの無きよう、どうか御容赦くださいませ。」
「食うことが楽しみだと? これが?! なんと言う、謎であろうか。
命がけを好んでいたか。解である。
うーむ、お前がそう言うのであったら、そうであろう。」
なんかちょっと勘違いされたが、結果良しだ。
嫌そうにしながら、口をちょっと開ける。仕方ないので豆を数個。
うーんと考えながら、慣れないご飯をまた食べ始めた。
「よくお噛み下さり、口の中の物を小さくなさいますように。」
「うーむ、もぐもぐもぐ、もぐもぐもぐ」
「もっと、もっと、お噛み下さいますように。」
「もぐもぐもぐもぐ」
顔を上下しながら、真剣に噛んでるのを見てると、こちらまで力が入ってくる。
「小さくなったら、舌を上げて喉の奥へ流し込み、一気にゴックン!で、ございます。」
「うむ、うむ、うむ、
うーーーーん、 ゴッ クン ! 」
じーっと、目を閉じて確認するように息をすると、パッと明るい顔でこちらを向いた。
「うむ、うむ! 良き! わかってきたぞ。」
リズムを取って、一気にゴックンした。
やり方がわかったら、ちょっと楽しくなってくる。
グレンがホッとした。
「慣れますると、味を楽しむことが出来ます。」
「ほう! 味とは? 」
「口の中に、いろどりが浮かぶのでございます。」
「ほう! ほう! 」
なんだかワクワクして見える。
今は旅の途中なので、粗末なものしか食べさせてあげられないのが残念だ。
果物を差し上げると、初めての味に目をキラキラさせてもう一個とご所望になった。
椀を片付け、水を飲んでいただく。
食事は終わりと告げると、早速思うことをどんどん話された。
「さて、何故動かぬのだ? 早う、聖域に戻らぬか。
だいたいもうとっくに帰っている頃であろう。
何故さっさと戻らぬ。
我はもっと甘い色を所望する。
もっと違う色を食したい。何故動かぬのだ。
早う戻って、巫子のフィーネが聞きたい。
誓約を守れ。早う早う、お前達の力で早う戻れ。」
食事が済むと、無表情で呆然と座ったっきり動かなくなった。
口だけを動かして、文句をつらつらと言い始める。
またわがままが全開になってしまった。
だが、現状は身動きが出来ない。
このまま道を進むべきか、迷っている。
この国の民を探すべきではないかと言っているのだ。
「恐れながら、尊き日の神のお力…… 」
「イヤである。我は便利な道具にならぬ。
フィーネを聞くまで動かぬ。」
ガクンとうなだれると、そのままズルズルと横になってしまった。
「く、やはり、駄目か。」
と、ぴょこんと、いきなり起き上がった。
「これは、そうか、これがお小水か! 出していい? 」
「おっ!お待ちくだされ! 出してはなりません、外へ!
お連れしますので御容赦を! 」
慌てて抱きかかえ、電光石火で外に出ると、下を下ろしとりあえずしゃがませた。
「お! お! 出る! 凄い! 人間の身体とは、何と奇異な物よ!
おお、何かすっきりしたぞ!
んー、後ろは出る様子がない。残念な事よ。
お?? なんであろうか? 」
布で拭いて立ち上がらせると、小水のかかった所の草が、どんどん伸び始めた。
そこだけザワザワ伸びて、奇妙さに慌てて草を刈る。
「な、な、なんと。」
さすが、神。
グレンが目を剥いて、リリスの身体をサッと馬車に戻らせる。
排泄行為がヤケに気に入ったらしく、日の神は目を輝かせて、ワクワクされているが、グレンは頭が痛い。
「今度はいつ出るかのう。」
楽しみになさるのはいいのです、出来ればこの道の先が国境へと続くかどうかだけでも教えて下されば。
「不敬である。我を頼るなかれ。」
バッと、グレンが口に手を当てる。
思った事が、筒抜けになる。
なんと言う、お仕えが難しい方よ。
「難しいと思えば難しかろう。
だが我は人間界を楽しみに来たゆえ、気にすることあたわず。」
「は、」
無心で頭を下げる。
だが、ここに来て一つ聞きたいことがあった。
「アルビウスを、ご存じでしょうか? 」
彼は目覚めたときハッキリ言ったのだ。白のドラゴン、アルビウスと。
それは紛れもなく父の名だった。
日の神は、じーっと横目で見て、顔をそらす。
「我は関せず。」
「せめて、どこに…… 」
問いかけたその時、外の様子に、なにか異変を感じた。




