593,ケイルフリントの森
ガラガラガラ
ガラガラガラガラ
時は夕暮れだろうか。
いいや、まだ日は高いはずだ。
だがこの暗さはなんだろう。
そう思いながら、青空を求めて空ばかりを眺めてしまう。
それほどケイルフリントの森は深い。
馬車が通れる幅に木を取り除いた森の中の道を、大小の馬車が進む。
あたりを見ても植林したわけではなく、長年で培った自然林なのだろう。
ほとんどが同じ木が生えているのだが、たまに違う木が混ざっている。
木立の間からはチラチラと光が漏れるのみで夕暮れのように暗く、アトラーナの人間たちは、ケイルフリントの森の深さに驚く。
「これは立派な木が並んでいますな。」
トランの道案内は、とうとう隣国に入ってしまったことに少し気落ちしている様子だ。
そう思っていたが、問いかけると真剣な顔でうなずきひときわ大きな木を指さした。
「ケイルフリントはこの木を売って生計を立てる者が多いのですが、数年前から続く侵略戦争で、木を切る男たちの手が足りないと聞きます。
この辺は放置されているのでしょう。
枝払いもしない状況で、奥の木は痩せた木ばかりになっています。
手入れが行き届かなくなっているのです。」
「なるほど、木には光が大切なのですな? 」
「そうです。まあ、自分も詳しくはないのですが、家を建てるのに木は使いますので、この国がしっかりしてくれないと、トランに多いエルムの木より、この国の木が上質なのが残念です。」
かなり進んだものの、現在地がわからない。
少し登ったと思ったらずっと下りなので、馬車のスピードを制御している馬が疲れるのが心配だ。
しばらく行くと、大きい馬車の交差のために広い場所があり、そこで休憩を取ることにした。
久々に見る青空が気持ちいい。
大きい馬車はアトラーナの騎士ブルースが御者をして、その隣に神官オキビが座りあたりに目を配る。
小さい馬車は、休憩用と食料運搬だ。
兵が交代で御者をしていた。
オキビが中に入り、リリスの様子を見る。
「赤様のご様子は? 」
「変わりない。」
「この先、急な坂道が続くらしい。他の道を探ってはどうかと話が出ているが…… 」
オキビの相談に、グレンが首を振る。
「仮に他の道を見つけても、それが国境に向かうかはわからない。
馬車の制御は我らでも出来る。
それよりも、この国の民を見つけるのが確実であろう。」
「その気配が無いのです。元々アトラーナとの交流も少ない国です。
このような国境の山中で村など近くにあるかどうか…… 」
「日が落ちねば、私も空へは上がれない。
しばし人の判断に委ねよう。」
「承知した。周囲に警戒する。」
オキビがまた御者台に戻る。
グレンはリリスの乾いた唇に、水を用意した。
「俺は外を見てくる。」
「ああ、先を進むのか、聞いて来てくれ。」
「わかった。」
ガーラントが立ち上がり、馬車の外に出てゆく。
馬車の中には、干し草を敷いた上にシーツを敷いて、そこにリリスが休んでいる。
一度も気がつかないリリスに、グレンが唇を潤すように布を水で漬し唇に挟み込む。
ふと、眉が動いた。
「赤様? お気が…… 」
するといきなり、リリスが大きく目を見開いた。
「お気がつかれましたか? 」
『 しまった…… 』
詰まるような低い声で漏らすと、ガバッと起き上がる。
めまいがしたのか、青い顔でまたバッタリ横になって、手足をバタつかせた。
『 しまったーーー
しまったしまったしまった、秘匿が壊れた、壊れた、壊れた!
どうしたものか、これは関せずではぜーーーったい納得せぬぞ?アレがあんなことするから、あんな事したのはアレだぞ?我では無いのだ。我では無い我では無い、我は見ていただけだし、あーーー、あーーー、裏切ってなどないし、あの時はああするしか無かったんだし、おのれ〜とか怒ったって不敬、不敬、不敬、不敬、不敬、不敬、不敬、不敬―――!!
あやつめ、白のドラゴン! アルビウス! お気楽に喋りおって! 天罰じゃ、天罰!
口が軽すぎる! お喋りドラゴンが!! あああああ、どうしよ どうしよ〜〜〜 』
叫ぶ両目が異様に輝き、髪がザワザワざわめく。
一目でいつものリリスではない。
1人で焦りながら機関銃のように独り言をつぶやき始めたリリスの身体の何かに、グレンが慌てて傍らに平伏した。
どういう事だ?
赤様ではない、これは日の神だ。
「あの…… 」
『 ここはケイールフリントーか? 』
「はい、仰せの通りでございます。」
『 そうか〜、まだなのか〜 これは不味い、会いに行くとか言い出しかねん。
う〜〜む、汝、神官か? 」
「は、グレンでございます。」
「 これはどこにいると問いたいのであろう 』
「仰せの通りでございます。」
『 あれは、何も無い所に休ませた。まこと、身体が重くて鉛のようであった。
あのままでは死んでしまう、何も無ければ休むであろう。
この国を出たら迎えに行く。案ずるな 』
なるほど、ああ、なるほど、そう言う事か。
「御意でございます。」
ぐううううううう
リリスの腹が鳴って、日の神が顔を上げる。
クビが外れそうなほど、無表情で首を傾げた。
『 体内より激しく音がする。これは如何に 』
「はい、人は食事を取らねばならないときに、合図を送るのでございます。」
パアッと思い切り満面に笑みを浮かべる。
何と単純で濁りのない、これが神かと思う。
それだけに、怒らせると怖いのだろう。
良く、赤様はやっておられる。
『 解! 解である! 食事を取らせよ、許す 』
「承知いたしました。」
さて、これはどうやって食べていただくか。
難題だ。
グレンが途方に暮れながら、一礼した。




