591、ドラゴンから聞く、精霊の話
コトン、ズル、ズル、
衣擦れと、何かが這うような音がする。
何か、じゃない、これはシッポだ。
シッポを引きずる音。
その音を聞くと、グレンのお父さんドラゴンが容易に浮かぶほど、ここでの時間も長くなってきた。
「リリス、リリス、赤殿。
寝過ぎだよ、キミ。闇虫が心に入り込むよ。」
ドラゴンが作った寝台に、横になってすっかり眠っていた。
目を開けると、キョロキョロ見回す。
「あー、まだ狭間にいるんだった。」
クッションの上から、ちょろりと小さなドラゴンが飛び出して肩に乗った。
「リリ、リリ、」
「ハイハイ、イネス様、おはようございます。」
「随分疲れてたんだねえ、まあ、私が言えた事じゃないけどね。
キミ、夢でどこか行った? 」
「夢で…… うつろでよく覚えていませんが、隣国のその隣の国に空いた異界との穴を、見に行ったような気がします。」
首をひねって考えながら告げると、ドラゴンが腕を組み、頬杖ついてうなずいた。
「ほう、キミは聖域を離れた場所にも行けるのかい? 」
「行けないんですか? かなり力は削がれますけど、トランでは力を使うことはできました。
あ、主様が同居なさっているからかもしれませんね。」
「ふうん、ふうん、なかなか興味深い。
キミの中の日の神は、聖域を出ることを拒絶しないのかい? 」
ふと、我に返って考える。
そんな事、考えたこともなかった。
「そう言えば、主様は、私のやることにほとんど反対などなさいませんね。
私は私のしたいことばかりに気が行って、主様の存在を感じたことがありませんでした。」
「ほう、ほう、日の神が、ふうん。
そんな事もあるのか、面白いねえ。」
「面白う、ございましょうか? 」
テーブルで、自分の白くて七色に光る髪を編んで、何かを作るドラゴンの向かいに座った。
グレンと同じ長い爪で、不便そうなのに器用に作るのを見ると、やっぱり親子だなあと思う。
「そうだね、日の神は神の中の神だ。
気まぐれだけど、その力は計り知れない。
存在の有無が、命に直結するのは他の神と同じだが、力の大きさが違いすぎる。
何しろ、天に浮かんでいる星神だ。
唯一、日中、神として常に人々の頭上に姿を見せている。
眷属もいない、唯一の神。
そんな神が、地上でうろうろするアリより小さい人間に、意識を向けたことが面白い。
彼は火の神が生まれたとき、双子神で生まれて天に昇ったと言われている。
それは人間さえもいない、この世界の誕生の頃だっただろう。
もっとも古い神だ。
この世界を照らしながら、気まぐれにアトラーナでは巫子を据えることを許している。
許しているのだよ、人間たちのために。
聖域など必要も無いのに、聖域の存在を特別にしているのは日の神だ。」
「聖域が、存在しない?
でも僕は、確かにアトラーナを出ると力が…… 半減したような、気が。
この通り、疲れて狭間に来てますが。」
ククッと笑って、ドラゴンが長い爪の指でリリスを指さした。
「人間が聖域を作っているのさ。
キミは自分の中で、アトラーナを出たら力が出ないと自分自身に暗示している。
それにとらわれている。
でも実際は、十分に力を使えたはずだよ?
身体の疲れは、働き過ぎじゃないのかね? 」
そう言えば、確かに。
力が使えなかったなら、あの王子は救えなかっただろう。
「他の、地や水や、風は聖域があるのですか? 」
「彼らは彼らが聖域を決めている。
眷属は、聖域で神を近くに感じ、癒やし、力を蓄える。
アトラーナは、人が精霊の存在を信じているからね。
神殿を建てることで、人間には信仰の対象として念を送らせ精霊の力となっている
人と共にあることで、存在を確たる物にする。
火の眷族もそうだろう?
言うなれば、もっとも人に近しく接することで、存在を維持するんだよ。」
「日、は? 眷属もおりませんが。」
「日は日、自体が力の源だ。
日の神は甘えてくるだろう? わがままで、駄々っ子みたいだろう? 」
なんだか楽しそうに聞いてくる。
「ええ、理由があるのでしょうか? 」
「日の神は、力の源。与えるのが仕事だ。
与えるばかりだから、いつも何かを与えてほしい。
だから、巫子にだけは甘えるんだよ。
巫子にだけは、それが許される。
その代わり、巫子には大きな力を使うことが許される。
だから、日の巫子は1人、格が違うのだよ。」
「そう、でしょうか?
よく、わかりませんが。」
何も与えているなんて気はしないのだけれども。
フィーネお聞かせすると言って、まだだし。
ボンヤリ、実感なさそうなリリスに、ドラゴンが苦笑する。
格が違うと言われても、はあ、そうですかと言った感じで、どんなに力を与えられたと言っても素朴さは変わらない。
それが、この子の良さなんだろう。
何だろうね、とても愛らしい。
人間の白い部分で満ちている。
なのに、良く思考していてフワフワしていない。
この長く生きたことだけが取り柄のドラゴンに、聞きたいことが山ほどあるのだろうに、まだ一言も質問攻めにしてこない。
私が自然に話すのを待っている、そんな、探るような瞳が澄んでいて濁りが無い。
なんて、一緒にいて心地良いのだろうと、ドラゴンは微笑んだ。




