588、焦土王
ティルクは、北方に広がる大国だ。
その広さは現王が戴冠してからと言う物、近隣の小国に侵略を繰り返し、リトスさえも凌ぐほどに大きくなっている。
北の果てを海に面しているために豊かな海産資源で潤っていたが、侵略を繰り返し戦が耐えない現状に、男たちは常に戦に駆り出され、男手を失った海産業は寂しさを増し、近隣国から物資を買う金にも困る有様で、あれほど豊かだった国民は重税も重なり、次第に食うので精一杯になっている。
現王は温厚な世継ぎの兄を毒殺して玉座を手に入れたとしきりに噂される暴君で、極端な采配を恐れ、誰も刃向かう者などいない。
そのやり方は苛烈を極め、侵略された国は焦土と化し、王家はことごとくが殺された。
捕らえられた民は選別されて女子供は人買いに売られ、男は奴隷として労働や戦地に送られる。
この事からティルクの現王は「焦土王」と呼ばれて恐れられていた。
本城は元々は山手に建つ、鐘楼がそびえる塔が特徴の、古代から愛された守りの堅い城だ。
だが、それだけに敷地は狭く高い塀に守られている。
王はその息苦しさをひどく嫌って、即位するとすぐに森の近くの平地に、開放感がある美しい城の建設をはじめた。
新しい城はこの世界では珍しく、広い平野の敷地にゆったりとした豪華な城だ。
3つの建物のうち、2棟がいまだ建設途中ではあるが、王はすでに古城を放棄し、ここで生活していた。
鳥の知らせが届き、伝令士が息を切らせて廊下を走る。
やがてその知らせを聞いたティルク王は、自室で愕然と立ち上がった。
第2王子のバルザールが行方知れずになったと言うのだ。
「どういう事だ、一体何があった。」
玉座の間へと貴族や側近をゾロゾロ引き連れ、王が絨毯を敷き詰めた廊下を進む。
後ろに小さな少年と14,5才の少年2人が王の重く長いマントの裾を持ち、付かず離れずの距離感で慎重に進む。
階段を上り始めると、小さい少年がつまずいて倒れ、マントが急に重くなり立ち止まった。
クルリと振り向くその顔は、不機嫌そのもので少年が息を呑む。
バッとその場にひれ伏し、言葉を探した。
「お、おゆるし…… 」
侍従に向けて、その少年を指さし、指で一線を引いた。
侍従は無表情に頭を下げると、近くの兵に目配せる。
後ろを歩く貴族や騎士達が、サッと道を空け、その少年は兵によって連れて行かれた。
マントはまた、肌の色が違う15,6の少年が持ち上げる。
彼ら少年の奴隷は、侵略した国の貴族や王族の子供だ。
親や親族はほとんどが死に絶え、辛うじて生かされていた。
だが、その扱いは極めて命が軽い。
ほとんどが些細なことで殺され、数年も持つ者はいなかった。
「フェルディはどこだ。」
王が、少し気が晴れたのか、顔を上げた。
「お世継ぎはすでに玉座の間にいらっしゃいます。」
「異界の穴は塞がる、息子は行方不明、一体何なのだ!
穴の原因は、何かわかったのか? 呪術師はいかがした! 」
「それが、まだ何もわかっておりません。」
側近の年老いた侍従が頭を下げる。
「あの、塞がったときの奇妙な光は何だ。あれが原因か?
ベニート殿との取引はどうなる。
銃と爆弾は届いていないのだぞ! 」
「王子の隊に同行した異界人も行方知れずと連絡が来ております。」
階段を上がると、ピタリと足を止めた。
「聞いておらぬ。」
「は、今報告いたしました。」
侍従は恐れも無く頭を下げる。
王は気に入らない様子でジロリと睨むと、後ろに続く貴族たちが凍り付いて思わず下がる。
侍従は先代の王にも仕えた老人だ。
先代には忠実で気の利く侍従だったが、現王にはただ命令に従い、死を恐れず無心で仕えている。
王が玉座の間のドアに近づくと、間合いを取って兵が左右からドアを開く。
中には美しく整列した貴族、騎士、兵達が、深々とお辞儀して、息を止めたようにしんとしている。
マントを持つ2人はここで手を離し、頭を下げて後ろに下がる。
王はマントを翻して足を止めることもなく、ドアをくぐり玉座へと足を進め、そして豪華な金細工を施した玉座へとサッと座った。
「こうべを上げよ。」
その言葉で、一斉に皆が頭を上げる。
息が詰まるような緊張の中で、世継ぎのフェルディ王子が皆の前に立ち礼をした。
「我らがティルクの崇高なる父よ、金色の玉座に御座すそのお姿は勇ましく、我がティルクの前に敵は無し。
我らがティルク王よ、栄あれ! 」
「「「 栄あれ! 」」」
皆が声を合わせ、頭を下げる。
頭を下げながら、皆忙しく周りを見計らう。
ここで誰よりも早く頭を上げてしまうと、失脚の憂き目に遭うのだ。
悪くすると命を失う。
王子が頭を上げ、ワンテンポ置いて一斉に頭を上げた。
王は、行方知れずの王子のことや異界人のことの、子細な報告を聞いている。
追い詰めたケイルフリントの王子の側近に勇敢に戦いを仕掛け、負傷して落馬した所にトランの兵が来てしまった。
守りに入った兵達も諸共行方知れずとなり、王子は後の事を兄に頼むと言い残されたと。
まあ、すべて王子を殺した者達の保身のための噓なのだが。
「行方知れずは総勢何名なのだ。
我が王子に付いた守りは何人だ! 」
「ケイルフリントの激しい攻撃で、相当数が死んだと聞いております。
詳しいことはわかりません。」
「フレデリクを連れてくることも出来ず、兄を人質に約束させたサントスさえ戻ってこない。
何か一つでも、良い報告はないのか? 」
何もめぼしい物が無い状況に、誰1人声を上げない。
上げる事が出来ない。
王の顔が、険しくなって行く。
「サントスの兄はまだ生きておるか? 」
「はい、虫の息ですが。」
「弟はケイルフリントに逃げたのかも知れぬ。
国境のゴル砦に連れて行き、見せしめに吊せ。」
「途中で死ぬかもしれませんが。」
「よい、ケイルフリントから見えるように吊せ。」
「承知いたしました。」
戦士の1人が、そろりと手を上げた。
「ウベルト公、何か? 」
しきりに誰かの声を待って見回していた王子がホッと声を上げた。
「商人に伝え聞きましたが、トランの砦にアトラーナの巫子が来ているそうです。
今回のいずれかの事にも関係したのではと。」
「アトラーナの巫子か……
神秘の力を持つ、神にもっとも近いものと聞くが、まことか? 」
「はい、私は地の神殿で、美しい剣舞をする巫子を見たことがあります。
ザワザワと木々が葉を揺らし、枯れた草が一斉に息を吹き返したのでございます。」
王が、身を乗り出した。
「それは男か? 女か? 年はいくつだ? 」
「私が見たのは地の巫子でしたが、16,7の美しい白い髪の少年でございました。
ただ、砦にいるのは赤い髪だと聞いております。
それはもう、燃えるような赤い髪だと。」
王が、身を起こすと息を大きく吐いた。
「なんと、珍しい。燃える髪の色か。
どれほどの力を持っているのか、見てみたい物よ。」
王子が、少し考えて前に出た。
「トランが隣国の者を砦に迎えるとは、相当の手厚い歓待かと思われます。
何か、特別の力を持っているならば、弟たちの行方もわかるやも知れません。」
「うむ、では探りを入れるようにせよ。
指示はお前に全て任せよう。
なに、たいした力も無ければ人買いのボーラに売れば良い。
珍しい髪なれば、良い金になるだろう。
では吉兆を占う! 神秘の鳥を! 」
「はっ! 」
そして、両足を鎖に繋がれたカラスに似た黒い鳥が、止まり木に留まったまま連れてこられた。




