587、ゴーレムを操る青年
ブオンッ!
風切る音を立て、ゴーレムが巨大な腕を振り回す。
トンッと、軽くそれをかわしながら、グレンが天を指して声を上げた。
「火寄り虫よ、集え!
我らが巫子のためにその力示せ! カラ、カラ、アジク! 」
ブオオオオオオオオオオンン
その虫の固まりは、一つの生き物のように一斉に羽音を更に大きく上げはじめた。
それは空気がビリビリと振動するほどで、たかが虫だと思っていてもどこか恐怖心を感じるほどだった。
オオオオオオオオオオオンン
ブオン、ドスン! ドスン!
音に恐怖心が湧いたのか、ゴーレムは激しくグレンを追い立てる。
スピードを上げて木々をなぎ倒し激しさを増しながら、しかしグレンは攻撃の範囲をコントロールしていた。
熱い
熱気を感じて見上げると、虫は巨大な熱の固まりとなっている。
黒い固まりは色を変え、次第に赤く、赤く、燃えるような色に変わり羽音を一段と大きくする。
グレンが川を指さし、声を上げた。
「火の眷族の力を持って、仇なす者に鉄鎚を! 」
ブオオオオオオオオオ!!
真っ赤に焼けた虫の固まりは、なぜか川の袂へと向かって行く。
ゴーレムはそれに駆け寄ると、虫に向かって大きく手を広げ、手の平に空いた穴からゴウゴウと音を立てて虫を吸おうとした。
だが、虫は一つの固まりとなってビクともしない。
焦って左右に振り、風を起こす。
ブオン ブオン
だが、虫は風にあおられながらも、その一カ所を目指して飛んでくる。
「 ゴーレム! 」
若い男性の悲鳴にも似た声が上がった。
ドスンドスンドスン、ドッ!
石のゴーレムは、川へ駆け寄り巨大なその腕を突然ドスンと地に着くと、思いがけない力で虫へと飛び上がった。
宙でまるで引き延ばしたように大きく手を広げ、手の平に空いた穴に虫の半数を吸い込むと石の中に飲み込んで行く。
だが、それと同時に石の手は真っ赤に焼けながらそのまま川へと落ちた。
バシャーーンッ
シュアアアア、ジャアアアアア
ザザザザザ
シャーーーー シュウシュウシュウ
川の一面が蒸気で覆われる中を、川べりに隠れていた青年が虫に襲われ飛び出してくる。
虫は容赦なく青年の皮膚を焼き、たまらず土手を駆け上がって地面に転がり、虫から逃れようともがいた。
「熱い! 熱っ! ギャアッ! 熱いっ、助けて! 」
真っ赤に焼けた虫に囲まれて、やがて髪や服に火が付いた。
「助けてくれーーー!! 」
ゴロゴロとまた土手の斜面を転がり落ちて、川へとドボンと落ちる。
虫は飛び立ち、上空をまた固まりになって飛び続けていた。
「あつっ! 熱い、熱い! はあっ、はあっ!
ゴーレム、僕の、 ゴーレム!! 」
シュウシュウシュウ
ゴーレムの腕は水に入っても熱は収まらず、ジュウジュウと湯気を上げながら真っ白い蒸気に覆われる。
「あ、あいつを! あいつを! 殺せ! 」
黙ってその場で青年の抗う様を見ているグレンに、青年が歯を剥いて指さす。
ゴーレムが川の中で巨大な右腕を上げたとき、大きな破裂音がした。
バシッ!
バシッ! バシッ!
「まさか! 」
腕にメキメキと亀裂が走り、そして次の瞬間。
バキンッ! バーーーンッ!
バシャバシャバシャッ、バシャン、バシャッ
腕が音を立てて崩れ、水の中に落ちて行く。
ブオォォォン
ゴーレムに飲まれた虫が、中からまた一塊になって飛び出してきた。
「くそっ! くそうっ! 」
青年が川の中で流されながら、ザバザバと岸に泳いでくる。
右手を挙げると、土の中からボコボコと土がせり上がりはじめた。
「チチチチチチチ、」
グレンがまた、小さく口を鳴らして虫を呼ぶ。
「く、くそっ、くそっ! 」
またゴーレムを作り出そうとした青年が、手を止める。
諦めるようにザバザバ岸に上がって、ずぶ濡れで大きく手を広げた。
「負けだ! 最初から、最初からわかっていたさ! あんたに比べると俺なんか未熟なガキだ!
俺は妹ほど強くない、ゴーレムだって一体しか作れないんだ。
修行もしてないミスリルなんて飾りだ! 焼き殺すなら焼き殺せ! 」
「なるほど、判断が速いのは良いことです。」
グレンが告げると、びしょ濡れで土手を上がり、服を脱いだ。
その身体は何一つ異形の特徴は無く、妹とは兄弟にも思えない。
「さっさと殺せよ。
俺なんかが手を出さなくても、どうせ向こうに逃げた奴ら、みんな妹のエサだ。」
グレンが手を出さないことに腐ってため息を付き、服を絞りはじめる。
すっかり戦意喪失した様子だった。
「もう1人は死んだぞ。」
青年が、少し驚いたように手を止めた。
「まさか…… 妹は切っても死なない、強いんだ!
今までだって…… 」
「私の仲間が倒したと言った。生きているなら追いかけてくるだろう。」
青年が、道の先の方向に目をやる。
小さく首を振り、ガクリと肩を落とした。
「あいつが…… 死ぬなんて…… 」
「道の先にいたはずだ、なぜここにいた? 」
「地面を2度蹴ったら、戻る合図で…… そうか…… 死んだか…… 」
つぶやいて、大きく息を吐き、絞った服を肩にかけた。
青年は、黒髪の普通の人間の身体で、ミスリルだと言われなければわからない。
異形の度合いが強い妹からは、ひどくかけ離れていた。
「お前は人を食うように見えないな。」
「ああ、人から離れてるのは、父親違いの妹だけだ。
俺はミスリルの母と人間の子、妹は精霊の子、精霊の血が濃いんだ。
家から追い出された妹を、1人に出来ずに俺はずっと一緒に旅してきた。
もう、その意味も無い。」
なるほど、人を食ってきたのは妹だけということか。
結局は、妹思いの兄と言うだけでしか無い。
ただ、人の姿から離れたために人が食い物にしか見えなくなった妹を、止めることが出来なかった罪が、この兄には重くのしかかっていたのだ。
「なぜだ、お前達はなぜここにいた。なぜ身分の高い人間がいると思ったのだ? 」
青年は、少し迷うような顔をして周りを見回す。
「あの方に、巫子を連れてきたら妹を人の姿にしてやると言われて… 」
「あの方? 」
ズアッ と、突然青年の背中に重い気配を感じた。
口を塞いで首を振る。
しまったと、ひどく焦りだした。
「なんでも無い、ホントは喋ってはいけないんだ。
なんでもない。なんでもない!
なんでもないんだ!」
青年の背後に立ちこめていた蒸気の白い煙が、ふと、まだ消えていないことに気がつく。
いや、川面から、青年の背後に移動していないか?
おかしい、何だ?
「青年、こちらへ…… 」
「違う、俺は何も言ってない! あなたのことは話してない! 」
青年が、口を塞いで辺りを忙しく見回す。
「青年、誰と話している? 青年! 」
グレンの声が聞こえないようすで、青年が振り向くと川へ叫んだ。
「誰か、シールーン様、助けてくれ!
誰でもいい、俺は喋ってない! お許しを! 」
よろめきながら、青年が川の方へ下がって行く。
その背後の白い煙がグレーへと変わり、集まると黒く変わっていった。
「青年! 」
グレンが異常を感じ取り、思わず駆け寄り手を伸ばす。
「助けて! 助けてく…… 」
青年は、だが、恐怖の表情を浮かべたまま、黒い煙に飲まれてしまった。
煙は黒い固まりのまま、ゆっくり川へ移動してギュッと小さく凝縮していく。
「 ギャッ! 」
小さくそこから悲鳴が上がり、グレンが目を見開き、思わず数歩下がる。
青年の靴が片方、川にポチャンと落ち、そしてバシャバシャと身につけていた服が落ちて、流されながら沈んで消えた。
「一体、何が起きている?! 」
しきりに周囲を見ても、怪しい、不審な気配は感じない。
煙は、ゆっくりとまた白く変わり、風が吹いて消えて行く。
周囲を見回しても、そこにはもう、青年の姿は無かった。




