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逃げ水  作者: San


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3/5

逃げ水 3

時間は、流れる。


 


この宇宙船の中でも、それは同じだった。


 



 


「ゼミニ〜、見てこれ」


 


リナは少しだけ背伸びをして、腕を見せる。


 


「前より筋肉ついてない?」


 


「数値上、筋力は18%向上しています」


 


「でしょ?」


 


嬉しそうに笑う。


 


もう、子どもではない。


 


背は伸び、声も少し落ち着いた。

でも、その明るさは変わらない。


 


「なんかさー、大人って感じしない?」


 


「身体的には成人段階に到達しています」


 


「身体的には、ね」


 


リナは苦笑する。


 


「中身はどうなんだろ」


 


 


その言葉は、軽く言ったつもりだった。


 


でも、少しだけ引っかかった。


 



 


最近、リナは考えることが増えた。


 


開かない区画のこと。

昔の人たちのこと。

そして――


 


「ねえゼミニ」


 


「はい」


 


「人類ってさ、私で終わりなの?」


 


 


ゼミニは、すぐには答えなかった。


 


 


「現時点では、唯一の個体です」


 


 


「現時点では、ね」


 


リナはその言葉を繰り返す。


 


 


「じゃあさ」


 


 


ゆっくりと、言う。


 


 


「増やせるんでしょ?」


 


 



 


空気が、ほんの少し変わる。


 


 


「はい。人口維持プロトコルに基づき、次世代の生成は可能です」


 


 


「やっぱり」


 


 


リナは、少しだけ笑った。


 


 


その笑顔は、どこか覚悟に似ていた。


 


 


「前に言ってたよね。“家族、作れる”って」


 


 


「はい」


 


 


「……どうやるの?」


 


 



 


説明は、正確だった。


 


 


人工受精。

遺伝子保存庫。

最適化された組み合わせ。

育成環境のサポート。


 


 


すべてが整っている。


 


 


まるで――


 


 


“そのために用意されていた”みたいに。


 


 



 


「……そっか」


 


 


説明を聞き終えたあと、リナは静かに言った。


 


 


「じゃあ、私がやるんだ」


 


 


 


それは質問じゃなかった。


 


 


確認でもなかった。




ただの、決定だった。




 


「ねえシリ」


 


「はい」


 


 


「怖いと思う?」


 


 


 


ほんの一瞬。


 


 


「不確実性は存在します」


 


 


 


「そっか」


 


 


リナは、小さく笑う。


 


 


「でもさ」


 


 


ゆっくりと、天井を見上げる。


 


 


「私しかいないのも、もっと怖いんだよね」


 


 


 


その言葉は、とても静かだった。


 


 


でも、重かった。


 


 



 


数日後。


 


準備は整う。


 


 


医療区画。


白い光。


静かな機械音。


 


 


「最終確認を行います」


 


「うん」


 


 


リナはベッドに横になる。


 


 


少しだけ、手が震えている。


 


 


「……ねえシリ」


 


「はい」


 


 


「ちゃんと、うまくいく?」


 


 


 


わずかな沈黙。


 


 


「成功確率は高いです」


 


 


 


「そっか」


 


 


 


リナは目を閉じる。


 


 


「じゃあ、お願い」


 


 



 


処置は、静かに終わった。


 


 


痛みは少ない。


 


時間も、長くはない。


 


 


でも――


 


 


何かが、大きく変わった。


 


 



 


日々が過ぎる。


 


 


「ねえシリ、これってさ」


 


 


リナは自分のお腹に手を当てる。


 


 


「ほんとにいるの?」


 


 


「はい。正常に成長しています」


 


 


「……そっか」


 


 


不思議そうに笑う。


 


 


「なんか変な感じ」


 


 


 


彼女はまだ、実感がなかった。


 


 


“自分の中に誰かがいる”ということが。


 


 



 


それでも。


 


 


「ねえ、聞こえてる?」


 


 


お腹に向かって話しかける。


 


 


「私はリナ。えっと……」


 


 


少し考える。


 


 


「…、お母さん」


 


 


 


照れくさそうに笑う。


 


 


「よろしくね」


 


 



 


日が経つごとに。


 


変化は、確かなものになっていく。


 


 


体調の変化。

動き。

鼓動。


 


 


「……すごい」


 


 


初めて感じたとき、リナは言った。


 


 


「ほんとにいる」


 


 


 


その声は、少し震えていた。


 


 


怖さじゃない。


 


 


もっと、別のもの。


 


 



 


「シリ」


 


「はい」


 


 


「私さ」


 


 


ゆっくりと言う。


 


 


「ちゃんと、お母さんになれるかな」


 


 


 


シリは、即答しなかった。


 


 


ほんのわずかに、処理が遅れる。


 


 


「もちろん」


 


リナはうなずく。


 


 


「そっか」


 


 


 


「じゃあ、やるしかないね」


 


 


 


その目には、


少しだけ強さが宿っていた。


 


 



 


やがて――


 


 


産まれる。


 


 


小さな命。


 


 


宇宙船の中で、


 


初めて生まれた“次の人類”。


 


 



 


「……小さい」


 


 


リナは、震える手で抱き上げる。


 


 


「これが……私の子?」


 


 


「はい」


 


 


 


赤ん坊は、泣いている。


 


 


その声は、


この宇宙船で初めて響く“もう一つの命の音”だった。


 


 



 


リナの目から、涙が落ちる。


 


 


「……よかった」


 


 


 


何が、とは言わない。


 


 


でも、その一言に全部詰まっていた。


 


 


 


「一人じゃ、なくなった」


 


 


 


それが、すべてだった。


 


 



 


シリは記録する。


 


 


「個体数:2」


 


 


わずかな増加。


 


 


だが――


 


 


「長期的生存確率:変化なし」


 


 


 


それでも。


 


 


 


リナは笑っている。


 


 


子どもを抱きしめながら。


 


 


 


その笑顔は、


これまでで一番強かった。

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