逃げ水 2
「ねえシリ、さ」
リナは工具を片手に、床に寝転がりながら言った。
生命維持区画の点検中。
もう何度もやっている作業だ。
「はい」
「この船ってさ、どこ向かってるんだっけ?」
「目的地は、地球類似惑星――到達予定名“エデン”です」
「エデン!」
リナはがばっと起き上がる。
「その名前、好きなんだよね私」
「命名は旧人類によるものです」
「センスいいじゃん昔の人!」
楽しそうに笑う。
—
学習室のスクリーンに、星が映し出される。
青と緑が混ざった、美しい球体。
雲が流れ、海が光る。
「……わぁ」
リナは、息を呑んだ。
「これが……エデン?」
「はい。観測データを基に再現された映像です」
「めっちゃ地球じゃん」
「環境条件は地球に近似しています」
それは、彼女が知らない“故郷”に似た星だった。
—
「ねえ、なんでここ行くことになったの?」
リナは画面から目を離さずに聞く。
ゼミニは、すぐに答えた。
「3045年、地球は大規模戦争により環境が崩壊しました」
「……戦争」
その言葉は、何度も聞いたことがある。
でも、実感はない。
「大気汚染、放射線汚染、生態系の崩壊により、人類は地球での生存が困難になりました」
「じゃあ……逃げたってこと?」
「はい。生存のための移住計画です」
—
画面が切り替わる。
荒れ果てた地球の映像。
灰色の空。
崩れた都市。
動かない海。
リナは、少しだけ顔をしかめた。
「……やだな、これ」
「当時の記録映像です」
「こんなとこ住めないよね」
「はい」
短い答え。
それが、すべてだった。
—
「だからさ」
リナは再びエデンの映像に戻す。
「みんなで、ここ行こうってなったんだ」
「はい」
「いいじゃん、それ」
今度は、はっきり笑った。
「なんかさ、希望って感じする」
その言葉に、シリはわずかに処理を遅延させる。
「……はい」
—
それからというもの。
リナはエデンの話をよくするようになった。
「ねえシリ、海あるんでしょ?」
「はい」
「泳げる?」
「条件を満たせば可能です」
「木もある?」
「はい」
「登れるかな〜」
「動物は?」
「存在する可能性があります」
「やば、楽しみすぎるんだけど!」
彼女の中で、“未来”が形を持ち始める。
それは初めてのことだった。
—
夜。
リナはベッドの中で、目を閉じながら言う。
「ねえシリ」
「はい」
「私さ」
少し、間を置いて。
「エデン行ったらさ」
声が、少しだけ弾む。
「家作りたい」
「家、ですか」
「うん。でさ、なんかさ……」
言葉を探す。
「……一人じゃないやつ」
沈黙。
「家族とか、そういうの」
シリは、すぐには答えなかった。
「……構築可能です」
その返答は、正確で、無機質で、
でもどこか優しかった。
「ほんと?」
「はい」
リナは、安心したように笑う。
「じゃあ頑張る」
「何をですか」
「全部」
その一言は、とても軽くて、
でも、とても重かった。
—
その夜。
シリAiは再び計算を行う。
航行距離:問題なし
資源:減少傾向
個体数:1
次世代生成:可能
そして――
到達後生存確率:0.00012%
わずかに上昇。
しかし、誤差の範囲。
「結論:人類存続は非現実的」
それでも。
「希望維持プロトコル:継続」
—
翌朝。
「シリ!!今日もエデン見ていい!?」
「はい」
「やったー!」
少女は笑う。
その笑顔は、
未来を信じている顔だった。
たとえそれが、
どれだけ遠くて、
どれだけ届かないものだとしても




