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11/13

シュヴイル/お嬢様の妹君はTS転生者?

最近の…というより、一年ほど前からお嬢様は一段と機嫌がよろしい。

それ以前もよろしかったのですが、心に落としていた不安の種が取り除かれ、時折差していた影がすっかり消えたように見受けられます。


病床に伏せていた妹のカラフリア様が奇跡的に息を吹き返したこと、その後、和解されたことが大きいのでしょう。




あれは一年ほど前のこと。

旦那様、奥様、アルマフリアお嬢様、そしてカラフリア様が共にお食事をされていた際、突然カラフリア様のお体が小刻みに震え始めました。


『ん?』『カラア?』『ど、どうしたのカラア』『お嬢様⋯?』『カラフリア様…?』


下半身から液体を漏らすという、普段のあの方からは考えられぬ粗相(そそう)に皆が目を疑ったのも(つか)の間。カラフリア様は白目を剥き、そのまま椅子から崩れ落ちるようにして気絶してしまわれたのです。


『キャァッ!?』『カラアッ!?』『お嬢様ッ!!』『お医者様を!すぐに呼びなさい!』『カラフリア様ッ!お気を確かにッ!』


その時は、ご家族の皆様はもちろん私を含めその場にいた使用人一同、心臓が止まる思いをしたものです。


カラフリア様は7歳の公爵令嬢。もう粗相をなさるようなお年ではございません。ましてや、ご家族の皆様が(そろ)う食事の場でそのような失態を演じられたことなど、一度たりともございませんでした。

そのあり得ぬ事態が起きた瞬間、広間の空気が凍りつき、居合わせた者たちの血の気が一斉に引いたのを今でも鮮明に覚えております。


すぐにニリジア公爵家専属医師であるホロカリン殿を呼びましたが、原因は分からぬまま数週間が過ぎ……ある夜明けのことでございました。

カラフリア様は心停止に(おちい)り、そのまま静かに息を引き取られたのです。

享年(きょうねん)7歳。あまりに、あまりに若すぎる死でした。


食事に毒が混入していたわけでも、襲撃を受けたわけでもない。長年に渡りニリジア公爵家の専属医として一族を見守ってこられた方ですら、原因は不明。

最終的に、新型の病という診断が下されましたが、その診断を下したホロカリン殿を含めお屋敷の者で納得のいく表情を浮かべる者は誰一人としておりませんでした。


ちょうどその頃、ご当主様(旦那様)の弟君であり、お嬢様にとっては叔父(おじ)にあたられるマトライル・ニリジア様とそのご一家が、私用のためウタヨイを訪れていらっしゃいました。

普段は旦那様に代わり王都で公爵家当主の代理人として政務をされておられる方々ですが、まさに屋敷の玄関ホールに足を踏み入れた途端、この未曾有の事態を知ることとなったのです。

皆様、真っ青な顔でカラフリア様の寝所へと()けつけてこられたのを、今でも鮮明に覚えております。


親族さえも揃い、もはや誰の目にも絶望は明らかでした。

しかし、奇跡とは起こるもの。神様とは本当にいらっしゃるものなのですね。


死の(ふち)にあると宣告され静まり返った部屋の中で、ピクリと。カラフリア様の指が動いたのでございます。

真っ先にその(きざ)しに気づかれたのは、片時も妹君のそばを離れなかったお嬢様でした。


『お父様っ、お母様っ、見てください!動いています!カラアの指が動いていますわ!』


お通夜のような静寂(せいじゃく)を切り裂いた、アルマフリアお嬢様の叫び声。

顔を上げると、なんとカラフリア様の指が動いているではありませんか。見間違いでも狂言でもない。確かに動いているのです。

心臓が止まっていたのは事実です。名だたるお医者様が下した診断なのですから、間違いがあるはずもございません。奇跡が目の前で起きたのです。


次第に(まぶた)が揺れ、ゆっくりと開かれました。

最初はどこか、遠くを(なが)めるように焦点(しょうてん)の定まらなかったその(ひとみ)が、意識を宿しはっきりと見開かれるまでに、そう時間は要しませんでした。


深い悲しみに暮れていた場は、一瞬にして歓喜と困惑が入り混じる混沌(こんとん)とした場へと変わりました。

医学を極め、ニリジア公爵家専属医師として長年務められているホロカリン殿が、震える手で脈を測り直している。その姿、動揺ぶりこそが、この目覚めがいかに(ことわり)を外れた出来事であるかを物語っておりました。


何度診察しても、医学的には何の問題もないとの判断。理屈(りくつ)を超えた奇跡に、張り詰めていた心の糸がぷつりと切れたのでしょう。執事としてあるまじき醜態(しゅうたい)ですが、この時ばかりは私も腰を抜かし、その場に座り込んでしまいました。


そんな混沌の最中。目覚めたばかりのカラフリア様は、おぼつかない手つきでご自身の長い髪に触れ、さらに下を向いて、震える手で胸元、その下へと触れられました。そして呆然(ほうぜん)と口を開かれたのです。


『オ、オレ……え……な、なんで、女の子に…⋯?』


以前ご覧になった劇のものか何かでしょうか。

あまりに唐突(とうとつ)な言葉ではありましたが、そのような台詞(セリフ)をカラフリア様が仰るので、その場にいた者たちは皆カラフリア様が物語の少年のように演じて、暗い雰囲気が立ち込めていたこの場を和ませようとなさっているのだと思いました。

……いえ、奇跡を目の当たりにした私たちは、そう信じたかったのでしょう。


『こ、ここはどこですか…?日本、じゃないですよね?……あ、何かのドッキリとか…?』


どうやらお芝居などではなさそうだ。そう直感させるほどにおかしなご様子。


『ど、どうしたのだカラア!』


『カラア!私よ、お母様のことが分かりますか!?』


旦那様と奥様は、カラフリア様に(すが)るように問いかけます。

周囲の使用人たちも『お嬢様の意識が混濁(こんだく)しているのでは』『もしや記憶が…』と、ざわめきを隠せません。


『はぁ⋯⋯なあ、朱里(しゅり)。もういいって。これどうやったんだ?変声機がついた着ぐるみみたいな…?ちょ、引っ張っても取れないし、痛いんだけど……あれ、マジでどうやって……。なあ、どこかにいるんだろ?……母さんか?……父さん……え、ドッキリだよな、え、えっ、ですよね…?』


『落ち着いて、カラア。大丈夫よ。さあ、ゆっくり深呼吸して』


ご自身も困惑されているはずなのに取り乱す妹君を落ち着かせようと、アルマフリアお嬢様がその背にそっと手を添え深呼吸を(うなが)します。


『シュリもドッキリという言葉も何のことかは分からないけれど⋯大丈夫よ。私たちがついているわ。……生きていてくれてありがとう』


その毅然(きぜん)とした振る舞いを見てようやく冷静さを取り戻された旦那様と奥様も、カラフリア様が横たわるベッドの(かたわ)らへと歩み寄られました。


『……そうね。今はまだ、混乱しているだけよ。少し休めばじきに良くなるわ』


『ともかく、息を吹き返してくれてよかった。もうあんなに心配させないでおくれ』


困惑を飲み込むように深く息を吸い口から漏れ出たのは、天に昇らず自分たちの元へと戻ってきてくれたことへの、心からの感謝と安堵(あんど)

アルマフリアお嬢様がカラフリア様の頭を胸に抱き寄せ、奥様が手を握り、旦那様が右肩に手を置かれました。


最初は以前ご覧になった劇を真似て、暗い顔をしている皆様を和ませようとしていらっしゃるのだと思いましたが、微笑ましさよりもカラフリア様の狼狽(ろうばい)ぶりがあまりに大きすぎました。


さすがにおかしいと再度ホロカリン殿に診断を委ねることとなり、皆名残(なごり)()しい表情をしながらもその場を預けることに。

カラフリア様は病み上がりでございます。数週間もの間、ベッドの上で死の淵を彷徨(さまよ)っていらしたのです。これ以上長居しては、せっかく取り留めた命に(さわ)りが出るというもの。

以上のことから、まずはご自室にて五日ほど静養していただく運びとなったのです。


⋯⋯ですがそれでもなお、記憶が戻ることはなく、言動も以前とは似ても似つかぬおかしなままであらせられました。

最終的にホロカリン殿が下した診断は、原因不明の病による激しい記憶の混濁および記憶喪失。

その残酷な宣告を、ご家族は祈るような想いで受け入れられたのです。


『生きていてくれただけで充分だわ。記憶なんてこれから徐々に思い出していけば良いのですもの』


『そうだよ。いつも通り過ごしていれば自然に思い出すさ。何も心配しなくていい』


『ええ。今はゆっくり休んで。落ち着いたら、またお姉様とお庭を散歩しましょうね』


慈愛に満ちた言葉を投げかけ、懸命に微笑む皆様。

中心にいるカラフリア様はというと、向けられる言葉に愛情になぜか眉を下げ、困ったような表情をしておられました。




一月(ひとつき)もするとお体も落ち着かれ、ホロカリン殿から許可が出ると、お庭を何周も回るという独自の散策を日課にされるようになりました。


『あのまま車にひかれたとかじゃないよな……それだったら…いや、天国じゃなさそうだし違うか』

『よく分かんないけど、今オレ、女の子なんだよな』

『借りてるってことになるのかな? 帰れるまでは、この子の体を大事にしなきゃな』


カラフリア様のご自室の前を通るとたまによく分からない独り言が聞こえてまいりましたが、使用人たちの間ではいつしかそれを、あの日のお芝居の続きとして好意的に(とら)えるようになっておりました。

風変わりな言動を否定せず受け入れることで、お心が安らぎ、記憶が戻る一助(いちじょ)になれば…と願ってのことです。


中には、単純に以前とは違う男らしく振る舞うさまを新鮮に感じ、記憶が戻ってもこのままが良いと口にする者や、元々男らしく振る舞いたかったのではないか、男に生まれたかったのではないかと、そのような見方をして今のありのままの姿を肯定的に受け入れている者もおりました。




最終的に原因不明とされていたその病の正体が判明したのは、三ヶ月ほど後のことでございます。

過去に辺境の村で数名の発症記録が確認されていた(まれ)な病、急性魔臓収縮症であったことが突き止められたのです。


生まれつき魔力を溜める器官である魔臓(まぞう)が小さく、奇形であったことが原因で、空気中に含まれる魔力を生存に必要な分まで充分に取り込むことができずに発症。魔臓が収縮して血流も止まり、心停止、やがて死に至る。それがこの病の流れでございます。

当然のことながら、カラフリア様のお体を開いて確認をしたわけではございません。過去の事例と照らし合わせ、症状が酷似していることからそのように判断が下されたのです。


本来であれば、その病は一度発症すれば死に(いた)るか、良くて一生寝たきりになるはずのもの⋯⋯らしいのですが、目を覚まされたカラフリア様は、まるで病にかかったことなど一度もなかったかのように日に日に健やかになられていきました。


大きな謎が一つ残りましたが、快方(かいほう)に向かっていることは決して悪いことではございません。そして悪いことでないのであれば、私たち使用人はただ元気になっていくそのお姿を素直に喜べば良いのです。

謎の究明はいずれ、ホロカリン殿たちお医者様がなされるのでしょうから。


一度発症した者が完治したという前例はないそうで、再発のリスクは否定できません。ですが、ニリジア公爵家専属医師であるホロカリン殿が門下生たちと共に研究を重ね、特効薬の開発に尽力してくださるとのこと。

ひとまずは安心して良い状況だと言えるでしょう。


魔臓は魔力を行使するにつれ自然と大きく立派に育つ臓器でございます。

カラフリア様はまだ7歳。お体への負担を考慮し、魔法の講師はまだ付けておりませんでした。

貴族の家門において、魔力の行使に耐えうる年齢、12歳を迎えてから師を付けるのが通例でございますから。


それも、今回のことでそうも言っていられなくなりました。

『カラアの体調が整い次第、魔法の講師を付ける』

旦那様より下されたお達しでございます。


訓練にはホロカリン殿、もしくはその優秀な門下生たちが立ち会い、決して無理はさせぬとの条件付きです。

ホロカリン殿が多忙な時も、彼女の教えを受けた門下生たちが片時も離れず見守る。この体制であれば、お体に障るような凶行に至ることは断じてないと断言できます。


旦那様のそのご決断は、最善であると感じました。

あのようなことは二度と経験したくないものでございますから。


そのうち体力が戻るにつれてカラフリア様は『走りたい』『もっと体を動かしたい』『剣術を習いたい』と、旦那様や奥様を困らせるようになりました。

記憶喪失の影響か、長く病床に伏せていたストレスの反動か、やっと体を動かせるようになったことによる喜びからか。室内での読書を好まれた以前のご様子からは想像もつかぬほど、活発で運動好きなお姿へと変わられたのです。

言葉遣いも、以前のふんわりとしたものから随分(ずいぶん)と男性寄りになられました。


庭に生い茂る大きな感情(かんじょう)(なし)の樹に、カラフリア様が軽々と登っておられる姿をアルマフリアお嬢様が見つけられた時は、

『カラア、木登りなんてはしたないわ。⋯…でも、あんなに楽しそうにしているのだからいいのかしら⋯⋯いい気がしてきたわ』

と、最初こそ驚いておられましたが、最後には何故かお一人で納得し頷いておいででした。


一方、その樹の下では、

『お、お嬢さまぁっ、危ないですよぅ!降りてきてくださぁい!』

と、専属侍女見習いのフォルジニーが半泣きでワタワタと慌てふためいておりました。


カラフリア様がお産まれになられた時から仕えて七年になる、13歳の見習い侍女です。

仕事着である(しと)やかなドレスではさすがに主を追って木に登るわけにもいかなかったので、こうしてワタワタとしているのでしょう。淑女としても木に登るわけにはまいりませんでしょうし。緊急時を除いてですが。


心配する自身の専属侍女に手を振って、小ぶりな感情梨を二つ手に降りてきたカラフリア様は、アルマフリアお嬢様へ向けて屈託(くったく)なく笑いかけ、

『ねえちゃ……お姉様も食べる? あ、食べますか?』

と。私には、

『なあ⋯ねえ、シュヴイルさん⋯シュヴイルも一緒に木に登ろうぜ!⋯ませんか!ん?登りましょう?』

と声をかけてくださいました。


以前とは違う、けれど太陽のように明るいそのお姿に、私とお嬢様は思わず顔を見合わせ声を上げて笑ったものです。


それと、お好みが劇的に変わられました。

今まで好んでお()しだった(あわ)い色のドレスを嫌がり、そもそも動きやすい服がいいと、ドレスを着ることさえ駄々をこねて衣装係の侍女を困らせるようになられたのです。スカートではなくパンツ(ズボン)がいいと。


乗馬の際であれば、貴族のご令嬢もズボン(パンツ)()かれますが、基本お召になるのはドレスやワンピース、ネグリジェなどといったところでしょうか。

木にお登りになられるくらい活発になられましたからね。動きを(さまた)げるお召し物は、今のカラフリア様には窮屈(きゅうくつ)で仕方がなかったのでしょう。


公爵家の令嬢が、私的な場での普段着としてお召しになっても問題のない、ズボン(パンツ)仕立ての衣類。それをデザインから新たに起こすのですから、仕立てには相当な時間を要します。出来上がるまでは、ドレスで我慢していただくほかありません。

乗馬用はあくまで乗馬の際にお召しになるものですから、使い回すわけにもいきませんからね。


可愛いわがままを言えるほどに元気になられて、本当にようございました。

旦那様も奥様も、アルマフリアお嬢様も…そして私共、使用人一同。誰もが目に涙を(にじ)ませると共に、そのお姿を嬉しく微笑ましい気持ちで見守ったものです。


結局の所、ご所望の剣術等はすべて却下されましたが、当初の予定通り代わりに魔法であればと条件付きで許可が下りることとなりました。

そしてそれが順調に進めば交換条件として、立派な公爵家の淑女になるべくマナーや刺繍(ししゅう)、音楽にダンスといった教育を再開する。旦那様はそうも仰せられておりました。

病に伏せ、奇跡の生還を()げてからの一年間、それらの教育はすべて止まっておりましたからね。


他家の同年代の淑女たちに、早急に追いつかねばなりません。

公爵家は王族に次ぐ高い地位。追いつくどころか、それ以上の水準でこなせるようになるのが当然です。

高い地位には、それ相応の品格と責務が求められるものでございますから。

炸裂(さくれつ)リンゴ】

成長している間蜜を貯め続け、収穫時期を一日でも過ぎると溜めすぎた自らの蜜で破裂。周囲に甘い蜜をばらまくリンゴ。

付いたらすぐに洗わないとその甘い匂いは三日間もの間取れないが、そこに目をつけた商会がこのリンゴを使って香水を作り販売している。

貴族にも平民にも人気だが、探索者には不人気らしい。なんでも、獣型のモンスターに襲われやすくなるからだとか。


感情(かんじょう)(なし)

収穫する時の感情によって重さが変わる梨。

枝と切り離された時点で重さが固定される。

嬉しい時は、紙一枚くらいの重さ。

楽しい時は、小石くらいの重さ。

悲しい時は、梨本来の重さ×(かける)二倍の重さ。

怒っている時は、梨本来の重さ×五倍の重さ。

ぼーっとしている時は、梨本来の重さ。

などなど。

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