46 告白
シルバーの目の前で、大きく丸い魔法結晶が浮かんでいる。
国王軍より支給された魔法結晶は、砦の中枢に位置する部屋に設置されている、第一層と第二層の間の結界を作り出している結晶と干渉しあい、赤、青、黄、緑と順番に色を変えている。
無事に砦の攻略に成功したシルバー達だったが、シュバルツを始め、Aランク以上のハンターは、砦周辺の魔物の退治や、国王軍との連携など、いくつかの任務があった。そのため、今、部屋の中にいるのは、シルバーとシャイン、それから、万が一のための護衛役である雪だけだった。
目の前でキラキラと色を変える魔法結晶をボーッと眺めるシルバーの横にはシャインが座っている。2人の間には言葉はなく、その様子を少し離れた位置から雪が見守っていた。
単独でAランクの魔物、レギウスをシルバーとシャインは討ち取った。DランクとCランクのハンターの挙げた成果としては、前代未聞とも言える快挙だが、実態としては、シルバーの中にある《鬼》の力によるものだった。
人間が《鬼》の力を使う方法は1つである。《鬼》と化すしかない。
《鬼化》は、歴史上、数々の悲劇を起こしてきた。昨日までは同じ人間であり、家族だったり、恋人だったり、友人だったり、同僚だった人が、何の前触れもなく《鬼》と化す。
《鬼》は、ほとんど全ての魔物よりも強い存在である。唐突な《鬼化》に対して、隣にいた人間に対抗する術はなく、十に九は凄惨な死を迎えることになる。それ故に、《鬼》に関するリスクは人間から忌み嫌われている。
「シルバー、あのさ・・・」
シャインの遠慮がちな声に、シルバーの肩がビクッと震える。
先ほどのレギウスとの戦いは、本来であれば、シルバー達の負けだった。万策が尽き、シャインは諦めず、シルバーは諦めた。2人の対応は真逆だったが、結果は同じで2人とも殺されていただろう。
だが、結果は違った。シルバーの中から鬼、銀髪鬼が現れ、レギウスを斃した。
その様子を見たシャインは、最初、シルバーが《鬼化》したと考えたが、その認識は間違っていた。ただ、今のシャインに理解できているのは、それだけだ。
「良かったら話してくれないか? おそらくだけど、俺以外は知ってるんだろ?」
「・・・」
「シルバー?」
「シャイン。ごめん。話したくないわけじゃないんだ。誰かにバレたらどうしようって、ずっと考えてた」
「そう・・・」
「というか、自分でも良くわかってないんだ。ただ、端的に言えば、師匠と似た状況かな」
「《鬼憑》と・・・ってことは、《鬼》の力をコントロールできるってこと?」
シルバーの告白を聞いたシャインは、シュバルツの能力を踏まえた予想をベースに、シルバーに質問をぶつける。
シャインの問いに対して、シルバーは無言で頷き返す。
「すごい! 最強の能力じゃないか。そりゃレギウスも瞬殺できるわけだ」
「でも、シャインまで殺しかけた」
「それは・・・」
「僕の中にいる鬼の名前は銀髪鬼。鬼としての固有能力には、まだ名前がついてないんだけど、自分の周囲の人が、自分を全力で殺しにくるようになる。そんな能力なんだ」
「あの不思議な感覚は、鬼の能力だったのか! 確かに体が勝手に動こうとした」
シルバーから能力の説明を聞いたシャインは、自身に起こった反応の理由を知り、ポンと手を打つ。
「そう。何とかシャインが耐えてくれたから良かったけど、君が銀髪鬼を攻撃した瞬間、君は殺されていたんだ。奴は鬼だから、人間の命のことなんて、何とも思ってない」
「でも、忠告してくれたじゃないか。俺を攻撃しないようにしろって」
「それはそうだけど・・・」
「意外といい鬼なんじゃない?」
「違う!!」
銀髪鬼に好意的とも取れる表現を使ったシャインの発言をシルバーは明確に否定する。それは、基本的には控え目で、自分の意思を示すことが少ないシルバーとしては、非常に珍しいものであった。
豹変したシルバーに対して、シャインは咄嗟に反応することができない。しかし、シルバーが畳み掛けるように自分の意見を重ねたため、沈黙は生まれなかった。
「いい鬼なんて、この世にいるわけない。鬼は人間から恐れられ、憎まれ、排斥される存在だよ。人間の価値観で認められることなんてない」
「シルバー・・・」
「僕が銀髪鬼に体の主導権を渡したのは、今日で少なくとも3度目だ。今日は、自分から主導権を渡した。銀髪鬼に言われたんだ。僕が鬼の力を使うだけじゃ、レギウスには勝てないって。でも、レギウスと一緒にシャインまで攻撃してしまうリスクが怖くて、銀髪鬼に力を渡せなかった」
「でも、最後には、主導権を渡したんだろ?」
「レギウスに決断させられただけだ」
話をしている内に落ち着いてきたのか、シルバーは、淡々と話を続ける。会話の端々でフォローを試みるシャインに気づいているのか、いないのか、シルバーがフォローにのってくることはない。
「2度目は、前回のSランク任務。鬼を討伐した任務の時。師匠が不甲斐ない僕を庇い、鬼の攻撃に倒れたんだ。気づいたら銀髪鬼と主導権が入れ替わってた。さっきとは違って、完全に無意識だった。そして、銀髪鬼が鬼を討伐した」
「シルバー。それって、もしかして、銀髪鬼はシュバルツさんに憑いてる鬼よりも強いってこと?」
「わからない。でも、鬼の力を使う師匠よりは強いみたい」
「すごいじゃないか! じゃあ、銀髪鬼の力を使いこなせるようになれば、シュバルツさんよりも強くなれるかもしれないんだ」
「はは・・・そうかも」
ハンターの頂点であるSランクハンターを条件付きとはいえ、超えられるという事実に、シャインは自分事のように興奮した。しかし、シルバーの反応は淡々としたままで、シャインとの温度差が際立つ。
「それで、1度目。これに関しては、自分では覚えてなくて、師匠から聞いた話だ。シャインは、僕と師匠に血の繋がりが無いことは知ってるよね」
「あぁ」
「僕の実の親は生きているのか、死んでいるのかもわからない。身寄りのない所を拾ってくれたのが師匠なんだけど、実は、拾われる直前に僕の体を銀髪鬼が動かしていたらしい」
自身がシュバルツに拾われた経緯を話したところで、シルバーは言葉を切る。この先は、本来であれば、絶対に他人に知られるべきではない内容であるし、シュバルツ、雪、エルとハンター協会の会長であるガイアしか知らない。
「シャイン、これから話すことを誰にも話さないって約束できる? バットさんもここまでは知らないはずだし、師匠からも話していいとは言われてない」
「もちろんだけど、そんな事話してしまっても大丈夫?」
「自分の話だから大丈夫だと思う」
「シルバーが話したいなら聞くよ」
「ありがとう・・・僕は、この体で人を殺したんだ。自分では覚えてない。師匠からそう教えてもらった」
「それはつまり・・・1度目でってこと?」
「まぁ、本当に1度目かは定かじゃないけど。誰を殺したか、何人殺したかすら覚えてない。でも、確実に僕が殺した」
「シルバーじゃない。鬼が殺したんだ。とにかくわかったよ。無神経な事を言って悪かった」
シャインは、銀髪鬼をいい鬼かもしれないと言ったことを謝罪した。事実を知らなかった故の発言ではあったが、そもそも一般的な鬼の解釈とかけ離れたコメントだった。
シルバーは頷き、シャインの謝罪を受け入れる。そして、探るような目つきでシャインへと質問する。
「それだけ?」
「それだけ、ってのは?」
「僕は、今この瞬間にも鬼に支配されるかもしれない。そうなったら、真っ先に君を殺すだろう。怖がったり、気味悪がったり、あるいは、僕を先に殺そうとか・・・」
シルバーが真剣な表情で言ったことを聞いたシャインは、キョトンとした表情になる。しかし、それも一瞬のことで、シャインは、シルバーを安心させるためか、何でもない事を話すようなトーンで話し始める。
「僕はそんな事考えないよ。勘違いしないで欲しいけど、君だからじゃない。そもそも《鬼化》は予測できない事象だ。例えば、鬼が憑いているシュバルツさんと僕の《鬼化》するリスクはどちらが高いと思う? 答えは“わからない”だ。既に鬼と関係のあるシュバルツさんのリスクが高いという解釈もできるし、実はシュバルツさんは《鬼化》のリスクをコントロールできているから普通の人よりはリスクが低いという考え方もあるだろう? 検証できないんだから考えるだけ無駄だよ」
「それは・・・そうかもしれないけど」
「もちろん。そう思わない人もいるだろう。だから、極力秘密にしたほうが良いとも思うけど」
「うん。それはわかってる。今のところ言う予定はないけど、あと伝えるとしたらリアぐらいかな・・・」
「リアさんには言ってないんだ。てっきりもう伝えてるかと」
シャインが意外そうに言うと、シルバーはバツの悪い顔をしながら、理由を話し始める。
「師匠から禁止されてるんだ」
「禁止されてなければ言うのかい?」
「いや、どうかな・・・」
「やっぱり怖い? 無責任なことは言えないけど、リアさんならわかってくれる気はするけど」
「それはそうなんだけど・・・」
シルバーからリアに鬼のことを話さない理由をシャインが掘り下げると、シルバーの反応はどんどん悪くなり、やがて黙ってしまう。
シルバーが沈黙した理由が、シャインに言いたくないからというよりは、正確に気持ちを表現するためだと感じたシャインは、シルバーが話し始めるのをじっと待つ。
時間にして30秒ほどの沈黙の後、シルバーは話し始める。
「リアを心配させたくないとか、リアから怖がられたくないとか、色々と理由は思いつくけど・・・でも、一番の理由は認めたくないんだと思う」
「認めたくない?」
「そう。自分の中に鬼がいるとか。いつか意識を乗っ取られるかもしれないとか。既に一度は意識を奪われて、人を殺してしまってるとか・・・」
「シルバー・・・」
「どれも事実だし、受け入れるべきことだ。リアに言おうが言うまいが過去は消えない。でも、それでも、自分から、その事実を話すことが怖い」
「僕には話してくれたじゃないか」
「バレてしまったから、不可抗力さ。でも、リアは違う。僕が言わなければ、リアは事実を知ることはない。だから、言えないんだ。ねぇ、シャイン。どうして僕はこんなに弱いのかな」
シルバーは、膝の上に置いた手を見つめながら、うんざりしたように言う。下を向いているため、シャインからははっきりと見えていないが、シルバーの顔には自分に対する諦観に満ちていた。
「銀髪鬼にも言われてるんだ。お前は弱い。お前には何も守れないって」
「そんなことない! だって、君は、いつも努力してるじゃないか。リアさんを守るんだろ。弱気になっちゃダメだ」
「シャイン・・・確かに、君の言う通りだ。僕はリアを守りたい。リアさえ守れるなら、他には何もいらないって思ってた」
「そうだよ。だから、頑張ろう?」
「でも、ダメなんだ。僕は鬼になるのが怖い。この体で、僕の手で、人を・・・いや、リアを殺してしまうかもしれない」
「・・・」
「どうしてこんな事になったんだろう。師匠の下で、少しずつ、少しずつ強くなって、強いハンターになって。Sランクは無理かもしれないけど、努力して、Aランクのハンターになって。たくさんの人を助けて。もちろんリアのことを守っていくつもりだったのに」
「・・・」
「シャイン。今、僕が惹かれるのは逃亡だ。師匠やリアに黙って姿を隠せば、少なくとも僕がヘマをして迷惑をかけることは無くなる。いっそ、第二層に身を隠せば、《鬼化》した時に人を殺さずに済むかもしれないし、それに」
「シルバー」
次々とネガティブな言葉を垂れ流すシルバーの名前をシャインが呼ぶ。名前を呼ばれたシルバーは、ビクッと肩を震わせて、シャインの顔を伺う。
「君は、もしかしたら、僕からのフォローを求めているのかもしれないけど、僕はそんなことは言ってやらないよ」
「そんなつもりは・・・」
「僕の言葉で君の弱気を誤魔化して、問題を先送り、いや、見ないようにすることは可能かもしれない。でも、それじゃあ何にもならない」
「・・・」
「でも、君の気持ちはよく分かったよ。君は鬼になって、その体で人を殺すことが怖いんだろ? でも、僕は君のライバルだ。君と切磋琢磨していきたい」
「シャイン・・・」
「どうすれば君に前を向いてもらえるのかな」
シャインは、そう言った後、手を口に当てて黙る。シルバーが前向きになる方法については、シルバー自身も答えを持っていないので、結果的に、2人の間には沈黙が訪れた。
自分の問題だという気後れがあるからか、シルバーは、所在なさげにシャインの思考が終わるのを待つ。なんで自分のためにそこまでしてくれるんだろうとか、もうほっといてくれればいいのにとか、色々と考えるシルバーであったが、シャインが真剣に考え込んでいるのを見ると、何も言えなくなってしまう。
「そうだ」
良い案を思いついたのか、シャインが顔を上げる。考え込んでいた時間は5分程度。2人で話をしていることを考えれば、長い沈黙だが、悩みの大きさを思えば、短い時間である。
「色々と考えたよ。鬼になるのを防ぐ方法を一緒に探すとか、もしくは、体の中から鬼を追い出す方法とか」
「・・・」
「でも、そんなことは僕じゃなくても考えられることだ」
《鬼化》は、ありとあらゆる場所で悲劇を起こしてきた現象である。未然に防ぐことはできず、そもそも発生を予想できない。《鬼化》という現象を知ってしまった人は、その恐怖から逃れることはできず、皆が不安な中で解決策を求めている。
「だから、僕には僕しかできないことをやるよ。シルバー。もし、君が鬼になってしまったら、僕が君を殺して、終わらせる」
「シャイン・・・」
シャインにはわかっている。自分が不可能なことを言っていることを。第5層の魔物である鬼を倒すには、最低でもSランクハンターと同等の実力が必要である。Cランクハンターのシャインでは、鬼を倒せる可能性は万に一つも存在しない。
シルバーにもわかっている。シャインが不可能なことを言っていることを。そして、自分のために、あえて無茶な宣言をしてくれたことを。
「ありがとう。何だか元気が出てきたよ」
「良かった。それじゃあ、改めて」
「改めて?」
「俺を助けてくれて、ありがとう」




