45 第一層完全殲滅作戦(その7)
シルバー達を本気で倒す必要のある敵と判断したレギウスは、消耗が多いことから、滅多なことでは使用しない飛行形態を解禁する。
飛行形態には、万全の状態で利用しても継戦可能時間が1時間であること、解除後数時間は同形態の使用不可期間があることなど、ネガティブな効果があるが、使用中は立体行動が可能になるほか、単純な機動力の向上でレギウスの戦力を爆発的に向上させる。
レギウスが大きな翼をはためかせ、空を飛ぶ。そして、先ほど、シルバー達を薙ぎ払い、全ての防御魔法を吹き飛ばした光線を打つためのエネルギーをチャージするために、大きな口を開く。
レギウスの口内で眩い光を放ちながら、エネルギーが蓄えられていく。最初は徐々に大きくなっていった光の球は、ある所で膨張を止め、縮小することで輝きを増していく。
シルバー達が立ち上がった時には、レギウスは既にチャージをほとんど終えており、もはや一刻の猶予もなかった。
この時点で、シルバーの心は完全に折られた。既に支援魔法の効果は切れており、《紫姫》の《言霊魔法》のストックもない。悠然と空に浮かぶレギウスに対して、ダメージを与える術を2人は持たなかった。
しかし、シャインは諦めなかった。膝をつき、呆然とレギウスを見上げるシルバーを横目に、シャインは、自らを鼓舞するように大声をあげながら、レギウスへ向かって走る。
しかし、既に支援魔法の切れたシャインの動きは、今回の事態を打開するには、致命的に遅かった。
レギウスがシャインへと狙いを定め、光線を放とうとした瞬間
(銀髪鬼。降参だ。助けて)
(ふん。最後の最後まで、決断できなかったな)
心の中で、シルバーと銀髪鬼が言葉を交わした。
その瞬間、シルバーの体から死の雰囲気が溢れ出す。瞳は真紅に染まり、全身に幾何学的な紋様が現れる。
シルバーと銀髪鬼がスイッチしたタイミングは、レギウスが光線を放つ直前であったが、そのごく短時間にレギウスは、攻撃の標的を銀髪鬼に変更する。
シャインの上方を通過した光線が銀髪鬼に直撃する。レギウスからの攻撃の余波により、銀髪鬼の周辺に煙が立ったため、一時的にその姿を隠したが、溢れ出る死の雰囲気は衰えない。
ギャァアアアアアア!!!
怒りと焦りが混ざったような叫び声を上げながら、
レギウスは銀髪鬼を中心に円を描くように飛行する。
魔物としての本能から自らの敗北、すなわち死を理解したレギウスであったが、ガーディアンであるレギウスは、魔女から与えられた制約によって、逃亡を許されていない。
さらに、銀髪鬼の固有能力により、レギウスは、銀髪鬼を本気で殺さなければいけないと強制的に思考を誘導されていた。結果として、レギウスに残された選択肢は、銀髪鬼への特攻のみであった。
「シル・・・バー? シルバーなのか?」
「肉体はそうだが、精神は異なる。我は銀髪鬼」
「銀髪鬼? まさか《鬼化》!?」
外見、強さ、纏う雰囲気全てが激変したシルバーを見て動揺するシャインは、銀髪鬼という言葉から、シルバーが鬼になってしまったという可能性を連想し、戦慄する。
《鬼化》は、あらゆる人間に無差別に訪れる災厄であり、発生したら最後、二度と人間には戻れない。
「少し違う。だが、我が誤解を解いてやる義理は無い。それよりも少年よ。宿主の手前、一度だけアドバイスをやろう。全精神力を集中し、我を攻撃しないようにしろ」
「《鬼化》じゃあない・・・? というか、何だこれ」
シャインは、困惑したような様子で自分の体を見る。先ほどまでは、シルバーに背を向けていた体が反対を向いている。
「シルバーを攻撃しようとしてる・・・? くそ。体が勝手に!」
(銀髪鬼! シャインは殺さないで!)
(アドバイスはした。あとは、あの男の問題だ)
(っ・・・)
(お主がその気になれば、主導権は取り戻せる。だが、2人揃って、あの魔物に殺されるだろう。まぁ、お主は死ぬ前に我に強制的に主導権を明け渡すことになるが)
シャインと会話している銀髪鬼を見たレギウスは、最後のチャンスと見たのか、三度目の光線を吐き出すと同時に、銀髪鬼に向かって、突進する。
そして、シルバーからの懇願を聞き逃しつつ、銀髪鬼はレギウスを見る。その視線には、警戒も、高揚も、興味すらも無い。
銀髪鬼は、《鬼の手》を発動し、レギウスの光線を自身の遥か前方で受け止め、さらに、レギウスの両翼を切断する。
翼を失ったレギウスは、推力を失って急降下する。そして、激痛による叫び声をあげながら銀髪鬼の目の前に無惨に落下する。
「ふん」
つまらない作業だったとでも言わんばかりの言葉を漏らしつつ、銀髪鬼は、レギウスの目の前に手の平を差し出す。一瞬後にレギウスの首が胴体から離れ、絶命した。
「さて・・・」
今回のシルバー達の任務の最大の障害であるガーディアンを倒したことに、何の感慨も見せない銀髪鬼であったが、地面へと降り立った後、少しだけ興味を引かれた様子で、レギウスの死体とは異なる方向に視線を向ける。
視線の先には、両腿から相当の血を流したシャインが倒れていた。
「うぅぅぅぅ・・・」
「自分の体を抑えきれないことを察して、自身の両足を自分で傷つけたのか。戦闘力は話にならんが、胆力だけは見るべきところがある」
「シルバーを返せ!」
「ん? そうだな。今、シルバーに代わろう。少し楽しめたが、特に聞きたいこともない」
「なっ!」
銀髪鬼の言った通り、シルバーの体から、鬼の特徴が消えた。
「シャイン!」
「シルバー、戻った・・・のか?」
「説明は後で! 足は!?」
「動けない・・・けど。でも、大丈夫。ちゃんと加減はできたみたいだ。ただ・・・」
「ただ?」
「めちゃくちゃ痛い」
思わせぶりなことを言ったシャインは、笑いながら言う。その笑顔は、痛みのせいか多少歪んでいたが、命の危険から脱した安堵もあり、シャインの表情は明るい。
一方、シルバーの表情は暗かった。シャインの無事を確認した際、安心したような表情を見せたシルバーだったが、自身の責任を感じたからか、表情がどんどん暗く沈んでいった。
「シルバー。どうした? 俺たち、生き残ったんだぞ。今はとにかく喜ぼう」
「シャイン・・・それはできないよ。僕がもっと早く決断していれば・・・君に正体を知られる勇気さえ持てていれば。こんなに危ない橋を渡る必要なんてなかったのに」
「事情がわからないから何とも言えないけど・・・でも、さっきの戦闘は俺たちにはレベルが高すぎたんだ。心の準備すらできなかったんだから、シルバーの判断が間違っていたとしても、気に病む必要はないよ」
「いや、違うんだ。問題はもっと本質的で根深いところにある」
「シルバー・・・?」
「僕は・・・弱い」
シャインと会話しているにも関わらず、どこか遠くを見ながら、悟ったように話すシルバーに対して、シャインは二の句が継げなくなる。
2人の間に沈黙が落ちそうになった瞬間、シルバー達のいる部屋の扉が爆発した。
「シルバー!!」
「シャイン!!」
爆発による煙も消えぬ間に、大部屋の中にシュバルツ達がなだれ込んできた。
シュバルツは、シルバーとシャインが生きていることを確認し、そして、この部屋の中での戦いが既に終了していることを理解した安堵からか、大きく息を吐いた。
しかし、それも束の間のことで、シュバルツはテキパキと指示を出す。
「レイは俺と周辺の警戒。雪と優奈はシャインとシルバーの治療と護衛を。バットとエルは、結界装置を確認してくれ」
「了解!」
一通りの指示を出し終えた後、シュバルツはレギウスの死体をジッと見る。シュバルツは、事前に聞いていた《紫姫》の魔法の特徴と異なる攻撃の痕跡を確認し、銀髪鬼が現れたことを理解した。
「シルバー」
「は、はい。師匠」
「奴が出てきたんだな?」
「そうです。その。すいません・・・」
「いや、良く頑張った。また後で報告を聞かせてくれ」
「はい・・・」
シルバーとの会話を経て、とりあえず、シルバーに暴走する予兆が無さそうなことを確認したシュバルツは周囲の警戒に意識を戻した。
そして、ほどなくして、結界装置の反転に成功したという報告がバット達からあり、シュバルツ達の任務は終了した。




