44 第一層完全殲滅作戦(その6)
シルバー達は、ついにレギウスと正面から戦うことを決意した。
虎の子の支援魔法を全て発動することで、一時的に戦闘力をブーストし、短期決戦による勝利を目指す。極めて不利な条件であったが、生還を諦めないシャインの瞳には力がこもっている。
一方、シルバーからは何かに迷っている様子があった。
これから始まる戦闘への覚悟に差がある2人だったが、レギウスは、そんな事情を一切考慮せず、戦闘を開始する。
ドドドドドドッッ!!!
シルバー達を潰すことだけを考えたレギウスによる超高速の突進を、シルバーとシャインは横っ飛びで避ける。突進が空振りしたレギウスは急停止し、グルリと身を翻した。
雪から付与された移動速度を上げる支援魔法《瞬脚》の効果により、一瞬でレギウスの目の前まで距離を詰めたシャインは、大きく飛び上がり、レギウスの顔面に斬りかかる。
レギウスの隙をついたと思われるシャインの速攻であったが、強者たるレギウスの反応速度を凌駕することは叶わず、シャインの剣がレギウスに届くよりも早く、レギウスの尾による一撃がシャインを襲う。
ガンッ
レギウスの攻撃が、まるで見えない壁にぶつかるようにして停止する。シルバーの《鬼の手》による防御だったが、動きを止められたのは一瞬だけだった。シルバーの《鬼の手》で構築した壁は、レギウスの攻撃に耐えることができずに破壊され、そのままシャインを吹き飛ばす。
「シャイン!」
高速で壁に激突したシャインを見て、シルバーが悲痛な声をあげる。シャインの攻撃に合わせ、防御をサポートするところまでは良かったが、《鬼の手》が防御としては不十分であることを思い知らされたシルバーは、悔しそうに唇を噛んだ。
一方、レギウスの体にはシャインの攻撃が届いていた。見えない壁に邪魔をされ、シャインへの攻撃を妨害された結果、自身の体が傷つけられたことにレギウスは激昂し、シルバーの方を向く。
「やっぱり。ダメだ」
ガアアアアアアアッッッ!
怒りの咆哮をあげ、今度はシルバーを攻撃しようとするレギウスが、シルバーの目前に迫る。レギウスへの戦意が、元々乏しかったシルバーは、自分の特殊能力が通用しないことを思い知らされ、反撃するという選択肢を見失なう。
結果、シルバーの取った選択は、《鬼の手》による全力防御だった。
シャインを守った際はレギウスの尾による攻撃の軌道を読むことができなかったため、広範囲に《鬼の手》を展開していたが、今度は自分の前方のみに集中して展開する。
「お願い!」
しかし、祈るようなシルバーの声も虚しく、《鬼の手》による防御壁はあっけなく決壊する。仮定の話に意味はないが、レギウスの尾であれば、防げていた可能性もあった。しかし、今回防ごうとしたのは、シルバーに迫ろうとするレギウス自体であり、巨大な魔物の進行を防ぐことはできなかった。
文字通り、シルバーの目の前まで近づいたレギウスは前足を振り上げ、シルバーの体を大きく払う。レギウスの攻撃にかろうじて反応したシルバーは、剣を合わせるが、剣もろともに吹き飛ばされ、先ほどのシャイン同様、大部屋の壁まで吹き飛ばされる。
「シルバー! 防御じゃない。攻撃で援護を!!」
レギウスに吹き飛ばされたシルバーであったが、支援魔法の効果により、目立った怪我はない。
「援護って言ったって、近づくことすらできないのに・・・」
ヨロヨロと立ち上がりながら、思わず、弱気な本音を漏らしたシルバーであったが、シャインの様子を見て、目を見開く。
これまではレギウスに近づく度、すぐに攻撃を受けて吹き飛ばされていたシャインだったが、なんとレギウスからの攻撃を自分の剣で打ち返していた。
先ほどまでと違うのは、レギウスとの距離だ。シャインの攻撃が届く距離よりも少し離れた場所に位置取ることで、レギウスからの攻撃に反応する時間を確保していた。
「シャイン、君は・・・」
その様子を見たシルバーは、先ほどのシャインの発言を思い出し、レギウスへ攻撃するために走り出す。今はなんとか膠着状態を作り出せているが、この状態を維持できるのは、あと少しだけである。シルバー達に付与された支援魔法が消えてしまえば、その瞬間、レギウスの攻撃を捌く力が無くなる。
また、レギウスの攻撃に耐えられているのは、シャインが攻撃を捨て、防御に徹しているからだ。そうしないとレギウスに近寄ることすらできないため、やむを得ない方法ではあるが、時間制限がある中で消極的な戦略を選ばざるを得ないことが、この戦いの厳しさを表していた。
「シャイン!!」
レギウスから少し離れたところに立ったシルバーは、シャインの名前を大声で呼ぶ。シルバーが攻撃する合図ではあったが、ギリギリの戦闘を続けるシャインからの返事はない。
本戦闘に勝利する方法はたった1つ。シャインが持っている《紫姫》の《言霊魔法》をレギウスにぶつけることだ。
3つあった魔法のうち、既に2つは使ってしまっているため、残るチャンスはあと1回。確実にレギウスに命中させるために、隙を作る必要はあるが、シャインはレギウスを抑えることに全力を費やしているため、シルバーの攻撃でレギウスに隙を作る必要がある。
「やるぞ・・・」
シルバーは意識を集中し、《鬼の手》の形状を整える。イメージするのは槍。できるだけ先端を鋭利に研ぎ澄ませ、レギウスに大きなダメージを与えられるように作り上げた透明な槍を大きく振りかぶり、レギウスに向かって投げつけた。
シルバーの槍は、レギウスの体に向かい、一直線に飛ぶ。シルバーの手を離れた《鬼の手》は制御できなくなるが、足を止めてシャインと打ち合っているレギウスに向けて、真っ直ぐと飛んでいく。
《鬼の手》による槍は不可視であり、レギウスには感知できないため、回避行動なども取ることができず、レギウスの肩に槍が突き刺さった。
「当たった!」
自身の攻撃が命中したことに喜ぶシルバーであったが、残念ながらレギウスにダメージらしいダメージは与えられなかった。しかし、多少の違和感はあったようで、レギウスの動きが止まる。
「今だ!」
《鬼の手》の着弾と合わせ、シャインがレギウスの足元に踏み込む。
「《オーラブレイク》!!」
シャインの全身を覆っていたオーラの輝きが剣の先に集中し、レギウスの前足にぶつかった瞬間に爆ぜる。シャインの攻撃を受け、レギウスの前足を覆っていた頑強そうな部分がボロボロとこぼれ落ちる。
レギウスは、痛みと怒りに満ちた声を出しながら、シャインに反撃するが、レギウスに一撃を当てた後、すぐに距離を取ったシャインは、レギウスの攻撃を冷静に捌いた。そして、シャインは、シルバーの方を振り向かずに大声で叫ぶ。
「シルバー。今から《言霊魔法》を使う! さっきのをもう一度やるよ!!」
「了解!」
レギウスに一撃を当てることに成功したシャインは、切り札を使う決意をする。ダメージを与えたとはいえ、レギウスの動きは全く鈍っておらず、一度きりの大技を使うタイミングとしては、相当に早い。
しかし、レギウスの攻撃を捌くためには、相当の集中力を必要とするうえに、支援魔法には時間制限がある。
レギウスにダメージを蓄積させてから《言霊魔法》を用いるという選択肢は、シルバー達には存在していなかった。
「開錠。白い悪魔の光よ照らせ。闇を消し去り道を開け」
シャインが、最後の《言霊魔法》を発動するための鍵となる呪文を唱える。
《紫姫》セイラ・ルミナリティの《言霊魔法》は、大きく短文、中文、長文に区分され、詠唱が長いものほど、強力になる傾向を持つ。
シャインがこれから使おうとしているのは、中文に区分されるものであり、これまで使った短文を遥かに上回るスペックを持っている。
「《赤い雷、青い風、黄色い炎、緑の土。正しい色は何でしょう》」
シャインの詠唱に合わせ、言葉の通りの色を待った雷、風、炎、土が現れる。《紫姫》以外であれば、ただの一人言で終わる言葉も、彼女が魔力を込めながら呟けば、立派な魔法となる。
「《わからないなら混ざり合え。私の力になりなさい》」
これまでの詠唱とは異なり、2節目が唱えられる。
シャインの詠唱に合わせ、先ほど発生した雷、風、炎、土が一箇所に集まり、白色の光を放ちながら、シャインの手の中に収まる。
レギウスの攻撃を凌ぎながら詠唱をやりきったシャインは、第一関門の突破に達成感を感じながら、油断なく前を見据える。そして、シャインの詠唱完了と合わせ、レギウスにシルバーの攻撃が命中し、先ほどと同様の隙が生じた。
「今だっ!」
シャインの手の中の白い光は、シルバーの《鬼の手》同様、詠唱者の意思で自由に操れるという特性を持つ。異なるのは、使えるのが一度限りという点であり、確実にレギウスへとぶつける必要があった。文字通りのラストチャンスを活かすため、シャインはレギウスとの距離を一気に詰める。
一見するとリスクの高い行動であるが、シャインの判断ミスではなく、必要な動きだった。《紫姫》の魔法の威力は凄まじく、レギウスを倒すことは可能なスペックを有している。
しかし、一撃で倒すためには、魔法をぶつける場所を選ぶ必要があった。具体的には、頭、もしくは、体の中心へ当てなければいけなかった。
「シャイン、いけえぇぇぇえええええ!」
《鬼の手》による援護を終えたシルバーが、攻撃の成功を祈り、大声で叫ぶ。この攻撃が不発に終われば、銀髪鬼の力を利用する以外に、レギウスを倒す方法が無くなる。
しかし、そのためにはシャインに対して、シルバーが鬼を宿していることが伝わってしまう上に、最悪の場合、シルバー(の体を操る銀髪鬼)がシャインの命を奪う可能性すらあった。
シャインは、レギウスを倒すための最後のチャンスとなる攻撃において、考え得る限りの最高の動きを見せた。
すなわち、レギウスの攻撃を凌ぎつつ詠唱を終え、シルバーの攻撃による隙にベストのタイミングで踏み込み、支援魔法と《オーラモード》の効果をスピードに寄せることで最高速を実現し、手元に光る魔力を形状変化させることでリーチを伸ばし、レギウスの胸の部分へと突き立てようとした。
カッッ!!
ついに、レギウスに剣の形となった魔力がぶつかる。その瞬間、魔力に込められたパワーが爆発し、眩い閃光と爆発による噴煙の発生により、レギウスが見えなくなる。
「やった・・・?」
「・・・」
期待するように言葉を漏らすシルバーに対し、シャインは険しい顔で無言を貫き、レギウスがいた位置を見据える。
そして、爆発による煙が晴れたところで姿を表したのは、身体の前面の皮膚をボロボロにし、相当のダメージを負ったものの、未だに健在のレギウスであった。
「そんな・・・」
「ダメだったか・・・ごめん。シルバー。直前で尻尾を挟み込まれた。おかげで尻尾は吹き飛ばせたけど、倒せなかった・・・」
爆発の余波だけで、レギウスに大ダメージを与えたことを考えれば、《言霊魔法》は十分に役割を果たしたと言えるが、レギウスを倒しきるには至らなかった。傷を負ったレギウスは、怒りと警戒心を最大にして、シルバー達から、再度、距離を取る。
レギウスの様子を見て、シャイン達は、最初に《言霊魔法》でレギウスの腕を吹き飛ばした時と同様に、レギウスが様子見のために距離を取ったのだろうと考えた。しかし、実態は異なる。
明らかな格下の獲物からの2度にわたる強攻撃。いずれもレギウスを一撃で殺し得る攻撃であり、レギウスは目の前の敵を全力で殲滅する方針を選択する。
レギウスは、シルバーであれば、丸呑みに出来そうな大きな口を目一杯開いた。
「シルバー、あれはやばい!」
大きく広げられたレギウスの口の中で、魔力が収束していく。濃縮されていく魔力の密度が最大まで高まったところで、レギウスは大きく首を振り上げた後に、一気に魔力を放出する。
放たれた魔力は光線の形で、シャインとシルバーを薙ぎ払う。どちらも最大限の回避行動をとったが、光線のスピードに加え、放出時にレギウスが首を大きく左右に振ったことにより攻撃範囲が広がったことで、回避することは叶わなかった。
まともにレギウスの交戦を浴びたシルバー達が吹き飛ばされ、受け身も取れずに地面へとぶつかり、ゴロゴロと転がる。
「くそ・・・防御魔法が切れた・・・」
「他の魔法の残り時間も、もう・・・」
「シルバー、絶対諦めないぞ。まだ手はある」
「シャイン・・・」
防御魔法の限界を超えたダメージを受けたことにより、致命傷とまではいかないものの相当のダメージを負った2人はヨロヨロと立ち上がる。《オーラモード》によるオーラも弱々しく、万策尽き果てている状況であることを理解しているシャインが、自らを鼓舞するように前向きな言葉を口にして、剣を体の前に構える。
しかし、そんなシャインを嘲笑うかのように、さらに状況が悪化する。
シルバー達にダメージを与えたレギウスは、自らを誇るように咆哮をあげ、前足を大きく持ち上げる。その瞬間、ゴリゴリッという音と共に、レギウスの背中から翼が生えた。
巨体に見合う大きな翼をはためかせ、レギウスは、自らの体を宙に浮かせる。もはや剣での攻撃は簡単には届かなくなったレギウスは、先ほどと同様に口を大きく開き、魔力を収束させ始める。
「まだだっ! 諦めない!」
「シャイン!? 無茶だ!」
「ウオオオオオオオオオオ!!」
最後まで希望を捨てないシャインは、誰が見ても無謀な、しかし、生への希望を繋ぐためには、そうするしかなかった特攻へと臨む。
もはや全ての支援魔法が効力を失い、スピードも大幅に落ちたシャインが間に合うわけはなく、レギウスは攻撃の準備を終えた。
そして、シャインの命を奪う光線が放たれる。




