43 第一層完全殲滅作戦(その5)
「こんなの勝てるわけないよ」
大部屋の反対から一瞬で距離を縮め、自分とシャインを吹き飛ばしたガーディアンを見ながら、シルバーは絶望したように言う。
第1層と第2層を守る砦、その守護を魔女から任されているのは、元々は第1層の魔物であるが、魔女により、砦の結界装置を守る扉と魔力的に接続され、強化されている。
砦を守る魔物としての総称はガーディアン。通常、ガーディアンは個別の名称を持たないが、特別に強力な5体のみは《名前持ち》として、魔女からも個別に認識されていた。そして、シルバー達に立ちはだかるガーディアンこそが筆頭のガーディアンであり、レギウスと呼ばれていた。
レギウスの全身を覆う皮膚はゴツゴツとした岩のような形状をしており、相当な硬さを有することが一目でわかる。背面からは長くて太い尻尾が伸び、大部屋の距離を一瞬で詰めることができる4本の足には鋭利な爪。咆哮した際に開いた口はシルバーを丸呑みできるほど大きく、攻防ともにシルバー達を大きく上回る戦力を有していた。
シルバーの絶望を感じ取ったのか、魔獣としての野性の勘なのか、レギウスは勝利を確信したかのように大声で吼える。
格下の相手を怯ませる効果を持つ咆哮に、シルバーの体勢が再度崩れる。
「ダメだ・・・無理だ・・・」
「開錠。白い悪魔の雷よ落ちろ。《我が紫電よ。敵を貫け》!!」
シルバーが片膝をつきながら諦めの言葉を吐いた横で、同じように膝をついたシャインが、しかし、力のこもった目でレギウスを睨みつけ、右手を真っ直ぐに伸ばし、呪文を唱える。
知らない者が聞けば、何かの台詞にしか聞こえない言葉であったが、シャインの言葉と合わせ、膨大な光量を有する紫色の電撃がバリバリと音を立て、光の速さでレギウスまで伸びた所を見れば、シャインが使った魔法が、《紫姫》セイラ・ルミナリティの《言霊魔法》であることを理解しただろう。
シャインの手から放たれた紫電は、レギウスの前足を直撃し、唱えた言葉のとおり貫いた。そして、そのままシルバー達のいる大部屋の壁を、砦のあらゆる壁を貫き、空へと消えていった。
ガアアアアアアアッッッ!!
弱者であるはずの侵入者より放たれた想定外の雷に、自身の足を貫かれ、レギウスの前足が千切れた。レギウスは苦痛と怒りの混ざった叫び声を上げたが、次の攻撃を警戒し、即座に残った前足で地面を砕いて、シルバー達を威嚇するとともに、大きく後ろに飛ぶ。
「シャイン! すごい!」
開始早々、絶望的な戦力差のある相手に大ダメージを与えたシャインをシルバーは手放しに褒める。しかし、当のシャインは、苦虫を噛み潰したような表情をしていた。
「ごめん。シルバー。頭を狙ったんだけど外した。貴重な《言霊魔法》が・・・」
「いや、でも、そうでもしなけりゃ、今ごろ2人ともやられてるよ」
「そうだね・・・次で決めないと・・・」
シャインの魔法を警戒しているのか、ジグザグに動きながら距離を取るレギウスから目線を外さないよう、シャインは意識を集中する。
タイミングを読まれないようにしているのか、変則的なリズムと飛距離で動き続けていたレギウスであったが、シルバー達から一定距離を空けてからは、飛ばないで静止する時間も織り交ぜるなど、徐々に動き方を変えてくる。
「あの動き・・・魔法をもう一回打てるか確認しようとしてるのか? 第一層の魔物のはずなのに賢すぎる。シルバー、このまま様子を見てるだけじゃダメだ。こっちから攻めよう」
「り、了解! どう攻めようか」
「足を一本吹き飛ばしたとは言え、近接で戦うのは危険だから、遠距離攻撃主体で行こう」
「了解」
「ただ、こちらの切り札を当てるには、ある程度接近する必要がある」
「《紫姫》様の魔法?」
「そう。残念ながら残り1つは、さっきのみたいに当てやすくないんだ。威力は段違いなんだけど」
「そうか。じゃあ、やっぱり倒すのは狙わないで時間稼ぎに徹する?」
シャインの話を聞いたシルバーが弱気そうに言う。そもそも雪から言われているのは、ガーディアンを倒すことではなく、シュバルツが到着するまでに生き残ることだ。危険を冒してまで、レギウスを倒す必要はない。
「いや、攻めなきゃダメだ。こちらの弱気を悟られたら押し切られる。そろそろ動かないとまずい。シルバー、実戦で組むのは初めてだけど、上手く連携しよう」
「やるしかないか・・・了解」
シルバー達が行動指針を固めた頃、レギウスの方でも様子見を終えていた。レギウスがシャインの攻撃後に続けていたステップは、徐々に停止している時間が長くなり、ついにシルバー達の攻撃は特別に強力なもので簡単には使えないものであるという判断に至る。
レギウスは、改めて、威嚇の咆哮をあげる。距離的には、シルバー達の体勢を崩すには至らないが、様子見のために2人の動きが止まる。その隙をつき、レギウスは、とある物体に向かって飛ぶ。
「今の動きは・・・しまった!」
何かに気づいたシャインは《瞬脚》と唱え、思いきり地面を蹴る。
雪から付与された回避用の任意発動型の魔法を消費し、レギウスを上回るスピードを手に入れたシャインだったが、動き始めが遅かったため、目的地へ着くタイミングが、レギウスよりも一拍遅れる。
自分よりも遥かに大きい魔物を目の前に、シャインの身体は恐怖に竦みそうになるが、想像通りの物をレギウスが口に咥えていることを確認したため、気合いを振り絞り、レギウスへと立ち向かうために剣を抜く。
「シャイン!」
シルバーの切迫した声を聞き、シャインが自分の身の危険を察知した瞬間、高速で動くレギウスの尻尾がシャインを吹き飛ばす。
レギウスは、攻撃の成果を見せつけるように叫びながら、後ろ足だけで立ち、身体を持ち上げる。そして、片方だけになった前足で自身が咥えている物を掴み、先ほど、シャインの魔法で貫かれた傷口に押しつける。
「そんな・・・《紫姫》様の魔法で貫いたのに・・・」
レギウスから遠く離れたところで、シルバーは呆然としながら呟く。レギウスの傷口には、シャインの奇襲で吹き飛ばされた前足が押しつけられていた。先ほどまでは、別の物体だったレギウスの肉体と前足は、ボコボコと音を立てながら繋がっていく。
(中途半端な能力だな。再生はできないが、素材があれば、元には戻るということか)
(銀髪鬼・・・!)
(ほう。戦闘中に我と話す余裕があるのか。それとも敵を前に現実逃避か? いずれにしても大したものだ)
(うるさい!)
(そう喚くな。安心しろ。我がいる限り、お前が死ぬことはない)
(シ、シャインは・・・)
(知らん)
(そ、そんな。お願い。一緒に助けてよ)
(我は、我の好きなようにする。シルバー、お前の目の前にある選択肢を教えてやろう。一つ。お前自身で我の力を使い、あの魔物に立ち向かう。結果、負ける。あの男も殺される。二つ。我に主導権を渡し、あの魔物を倒す。あの男は運が良ければ生き残る。このどちらかだ)
(2つ目の方・・・シャインが生き残る可能性は?)
(さぁな・・・我から攻撃することはしないが、我に攻撃してきた場合は反撃させてもらう)
(そんなの・・・お前の特殊能力が発動したら、シャインはお前に攻撃するしかないじゃないか! それに、お前に体を渡したら、シャインに僕が《鬼化》していることが・・・)
(ハハハハハハッ!! あの男を心配しているかと思えば、結局、我が身可愛さか。シルバー、相変わらずお前は弱い)
(ぐっ・・・)
(ふん。図星か。もう良い。好きにすればいい。我に主導権を渡すつもりになったら言え。助けてやる。それより、いいのか。話しかけられているぞ?)
銀髪鬼の言葉を聞いたシルバーは、ハッとなって、意識を体の外に向ける。
「シルバー! シルバー!」
「シャイン! ごめん。その・・・大丈夫?」
「良かった。全然反応しないから焦ったよ。それと、俺は大丈夫。ただ、そろそろ防御魔法が減ってきた。それに・・・」
シャインは暗い顔をしながら、レギウスの方を見る。レギウスの前足はほとんど治癒しており、レギウスは、笑い声のようにも聞こえる声を発している。
「完全に元通りになったわけではない・・・と思いたいけど、おそらく不自由なく動けるんだろう。もうあまり時間が無いね」
「うん・・・」
「シルバー、提案があるんだけど」
「なに? そんな改まって」
「諦めよう」
「え?」
思ってもいない言葉が出てきたことに、シルバーは目を丸くする。ただ、自分ならともかく、シャインが戦いの途中で戦闘を放棄することを言うわけない、と思い直したシルバーは、シャインの目をじっと見ながら、次の言葉を持つ。
「消極的な時間稼ぎは逆効果だ。救援を待つのは諦めて、短期決戦で一気にあいつを倒そう」
「それは・・・」
「僕に付与された自動発動の防御魔法はあと3つ。これまでは最初の一撃で時間が稼げたけど、もうハッタリは見破られてるし、次に攻撃されたら一方的にやられる」
「でも、助けを待った方がいいんじゃ。雪姉さんもそう言ってたし」
「雪さんには、ほとんど情報を伝えられていないじゃないか。現場での判断を優先した方がいい。シルバー、やろうよ」
弱気そうな表情のシルバーを励ますように、そして、自分にも言い聞かせるように、シャインは前向きな言葉をかける。しかし、先ほどの銀髪鬼とのやり取りを引きずっているのか、シルバーの顔は暗いままだった。
シャインとシルバーがやり取りを続けている頃、レギウスの体を修復する際に発生していた泡のようなものがほとんど出なくなっていた。
「わかった。もう聞かないよ。もう時間もない・・・今から始めるから、様子を見ながら合わせてくれ」
「シャイン・・・」
「あれ相手だと、気休めだけど新技できたんだ。行くよ。《オーラモード》!」
シャインの発声に合わせ、シャインの体が輝き始めた。《オーラモード》の効果は魔力による身体強化である。
ただ、体が光るのは能力の副作用であり、身体強化とは直接の関係はない。むしろ、魔力の消費効率が落ちるため、バットからは注意されているが、シャイン自身は結構気に入っていた。
「《臨戦態勢・終極》」
さらに、シャインは自身に付与されている任意発動型の魔法を全て発動させる魔法を発動させる。
「シャイン・・・本気なんだね」
「うん。これで戻れない」
「わかったよ・・・《臨戦態勢・終極》」
「ありがとう。シルバー。あの魔物を俺達で倒そう」
「了解!」
シャインとシルバーが戦闘態勢を整えた時、レギウスの治癒も完了する。シャインの《オーラモード》に気づいたレギウスは、警戒感をあらわにし、威嚇するように唸りながら、大きく前足を振り上げ、勢いよく部屋の床に叩きつける。
レギウスの前足が床にぶつかった瞬間、床が砕け、破片が飛び散る。
その様子を見たシャインも、右足を部屋の床に叩きつける。魔法により強化された一撃は、レギウスほどではないものの、同様に床を砕いた。
「俺たちは負けない」
「シャイン・・・」
本来、言葉を理解することができない第一層の魔物であるレギウスであったか、シャインの言おうとしていることを理解したのか、ピタッと威嚇の唸り声を止める。
自分よりも遥かに小さく、弱い人間が互角に振る舞おうとしている。その事実を理解したレギウスは怒りを隠さなかった。
ガアアアアアアアッッッ!!!
口を大きく開き、天に向かって吼えたレギウスは、続いて頭をぐっと下げ、思いきり溜めを作る。
そして、溜めた力を一気に解放し、爆発的な推進力を生み出す。
シャインとシルバーは、超高速の突進で向かってくるレギウスを迎え撃つ為に剣を構える。




