42 第一層完全殲滅作戦(その4)
転移魔法が発動したことによる強烈な光に、思わず目を瞑ってしまったシルバーが目を開くと、目の前には知らない光景が広がっていた。
「ここは・・・」
シルバーが混乱する頭で何とか状況を把握しようと周囲を見渡すと、少し離れた位置にシャインを発見する。
「シャイン!」
「シルバー!」
シルバーとシャインは、1人ではないことに安堵する表情を浮かべながら駆け寄る。しかし、それも束の間のことで、2人はすぐに険しい表情になり、周辺の確認を再開した。
「ここはどこだろう?」
「わからない。ただ、1つ言えるのは、僕達は牙族の罠にかかってしまったということだ。あそこで魔法を使わなければ、まだ何とかなったかもしれないのに・・・」
「あの場では、ああするしかなかったよ」
「今思えば、優奈さんはこの展開を予想していたんだ。それを伝えようとしていたのに、僕は・・・」
「ちょっと待って。雪姉さんから通信が!」
シルバーは、片手を前に突き出し、ストップの意思表示を示した後、雪との会話を始める。
「雪姉さん! はい。大丈夫です。シャインも一緒です。やっぱり僕達は転移させられたんですね・・・ええっと、今どこにいるかは全くわからないんですけど、どこかの建物の部屋の中です。かなり広い円形の部屋です」
「シルバー! 牙族が!!」
シルバーの会話を遮り、シャインが叫ぶ。シルバーが慌てて目を向けると、複数の牙族がどこからともなく現れる。
「待ち伏せ!? あ、すいません。雪姉さん・・・牙族、牙族が! それにあれは・・・」
目の前の光景に動転したシルバーは、説明になっていない説明を繰り返す。
シルバー達の目の前にいる牙族は既に10体を超えており、全員が何も言わずにシルバー達を注視していた。
完全に平静を失ってしまったシルバーであったが、雪からの悲鳴に近い落ち着いてという声で正気を取り戻す。
改めて、状況把握を試みるシルバーの目に映ったのは、未だに増え続ける牙族と、シルバー達とは反対側の壁の近く体を持ち上げようとする何かであった。
「雪姉さん、複数の牙族が現れました。聞こえますか? 雪姉さん! はい。牙族です。見る限り10体以上います。すいません。声が聞こえにくく・・・あと、牙族の他に何かいます。おそらく魔物が。それもかなり大きい・・・」
様子を見ているのか、牙族が動く様子は無い。多勢に無勢の状態なので、シャインも迂闊に動けず、危うい膠着状態が続く中、シルバーは冷静であるように自分に言い聞かせながら雪への報告を継続する。
シルバーが見た魔物はバキバキと音を立てて、全身を覆う皮をひび割れさせながら動き出そうとしている。
「何だあれ・・・石像が動き出しているのか?」
シャインが信じられないものを見たというように呟く。シャイン達のいる大部屋は半径25メートル程度の円形となっており、魔物はちょうどシルバー達の反対側に位置取っている。相当な距離があるにも関わらず、魔物は一目でわかる巨大さで威圧感を放っていた。
「雪姉さん、はい。大丈夫です。ここは砦で、あの魔物がガーディアンなんですね・・・頑張って時間を稼ぎます」
雪への前向きな返答とは裏腹に、シルバーの顔色は暗く、手を額に当てて俯いている。
「はい。まだ聞こえます・・・あ・・・」
そして、雪からの最後の言葉を聞いたシルバーは泣きそうな顔で自分の手を見つめる。
「シルバー! どうした? 雪さんは何て?」
「ここは砦で、あの大きな魔物はガーディアンらしい。師匠達は交戦中だから、助けに行くまで耐えろって」
「了解。厳しいけど、2人で何とか凌ごう」
「厳しい? 凌ぐ? そんなレベルじゃないよ・・・」
シルバー達の目の前にいる牙族は10体を超えている。そのうえ、奥ではガーディアンが動き出そうと体を起こしているところだった。
どちらもAランクに位置付けられる相手であり、シルバー達では相手にならないというのは、シルバーの弱気でも何でもなく、動かしようの無い事実だった。
「それはわかってる。じゃあ、このまま死ぬのか? 何も抵抗せずに。そんなのはごめんだ」
「シャイン・・・」
「不幸中の幸いなのかはわからないけど、牙族がまだ襲ってこない。今のうちに作戦を考えよう」
「不幸の割合が高すぎるよ」
どこまでも前向きなシャインに、後ろ向きな言葉が漏れるシルバーと2人の態度は対極的であったが、この場から生き残るという共通の目標を目指し、頼みの綱である雪達から付与された魔法などを確認する。
「防御・回避系の魔法はまだお互い複数ある。防御は自動で発動するから、まずは回避系から優先して使おう」
「了解。攻撃系も複数残ってるけど、攻撃してる余裕はないかな・・・」
「いや、攻撃もしていくべきだよ。こちらに攻撃手段が無いと思われると、防戦一方になる。出来るだけ早めに攻撃できるところを見せておかないと。あとは・・・」
「《紫姫》様の魔法か。えっと、何だっけ《風に吹かれて舞い上がれ》? あれがあと2回使えるの?」
「いや、別の魔法だ。短文詠唱と中文詠唱が1回ずつ」
「中文?」
「信じられないけど、あの人は魔力を込めて、言葉を紡ぐだけで魔法が行使できるんだ。魔法の強さは紡ぐ言葉が長ければ長いほど大きくなるらしい」
「すごいね。じゃあ・・・」
「あぁ、中文の魔法の使いどころが重要だ。できれば、それでガーディアンを倒したい。せめて牙族がいなければ・・・」
厳しい表情で呟くシャインであったが、目には力がこもっており、何とか打開策を見つけようと必死な様子だった。
「ん?」
「シャイン?」
「何か牙族の数減ってないか?」
「ほんとに?」
シャインの言葉が本当か確認しようと、シルバーは牙族達の人数を数え始める。
「ほんとだ。もう10体もいない。何でだろう? 僕達なんて数体で倒せるって判断したとか?」
「それは事実としては正しいけど、それなら大人数で来る必要が無い気もするし・・・」
「師匠達が何かやってくれたのかも。あ、また人数が減った!」
「その可能性はあるね。このまま牙族がいなくなってくれれば、敵はガーディアンだけだ」
1体、また1体と数を減らす牙族を見ながらシルバーとシャインの目に希望の光が宿っていく。
シルバー達の手札はAランクハンターによる支援魔法と、Sランクハンターによる攻撃魔法のみとなっている。地力では勝負にならないことを踏まえると、複数体を相手にするのは極めて厳しいというのが、シャインの見立てだった。
今、その前提が崩れようとしている。目の前に現れてから今に至るまで、一言も発していないため、何の情報も得られていないが、牙族の姿は音もなく消えていく。
「もう少し・・・」
「シルバー、ガーディアンはまだ動き出してないみたいだから、チャンスかも。牙族がいなくなったら一気に距離を詰めて、《紫姫》様の魔法をぶつける」
「了解」
シャインとシルバーが小声で作戦を話し合う中、ついに牙族が部屋からいなくなる。
それを見た2人は、一瞬顔を見合わせ、力強く頷いた後、シャインが飛び出そうとした。
シルバー達を取り巻く状況は、絶体絶命とも言える危機的なところから、何とか望みを持てるぐらいまでには改善した。そのため、シルバー達の表情は、引き続き、危険な状況であることには変わらないことを踏まえると不自然なほどに明るかった。
しかし、そこまでだった。シュバルツ達の戦力を認識したことで、シルバー達に構う余裕を無くした牙族であったが、シルバー達がガーディアンを倒し得ることは認識していた。そのため、ガーディアンが起動するまでは数体の牙族を残し、起動の直前に転移していた。
牙族が消え、シャインがガーディアンを倒そうと脚を踏み出す直前、ガーディアンが起動する。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」
自らは強者であることを主張する咆哮が、部屋全体をビリビリと震わせる。一声聴いた瞬間、本能的に相手が格上であると理解させられたシルバー達は、バランスを崩して膝をつく。
そして、次の瞬間、大部屋の反対側にいたはずのガーディアンは、シルバー達ならば移動に数秒は要するであろう距離を一瞬で詰め、2人の目の前に現れた。
「っっっ!!!」
ガーディアンは、先ほどの咆哮を発した大きな口を開けながら、無造作に前足を振って、シルバーとシャインを薙ぎ払う。
ズカンッ!!
シルバーは自身の身体が猛スピードで部屋にぶつかる音を他人事のように聞いていた。
雪達の付与した防御魔法が発動したため、痛みなどはなく、体も普通に動かせる状態であったが、シルバーは、勝ち誇ったように雄叫びをあげるガーディアンを呆然と見つめる。
「こんなの、勝てるわけないよ」




