第11話 闇夜の暗闘(1)
次のお話は、5月5日19時です。
グリューシア孤児院では基本的にユーリがいるいないに拘らず空間魔法と闇魔法を使った結界が展開されていた。
主にそれは悪意を持った者たちを孤児院内に侵入させない為の暗示を常時展開するもので、向けられた悪意はこれまで一度として通した事はない。
しかし、今日に限りその結界は解除されていた。
「…標的は孤児院内の孤児だ」
「速やかに拉致しミツミネ卿の動きを牽制する人質にすること」
「それが出来ない場合殺害して警告と見せしめをすること」
グリューシア孤児院の門の前に立ったのは、総勢50人を超す黒子の集団であった。
全員がユーリが普段冒険者として活動している時に着ている黒服を纏っていて、頭巾まで被りほとんど夜と一体化していた。
サウザー公爵家が秘密裏に借り受けていた帝国からの増援である。
アボリス第一王子は諜報、暗殺に長けた彼らを一時的に全員をこの王都に終結させ、エルライドに関わる全ての者たちに悪意を向けていた。
「……任務を開始する、各員配置につけ」
リーダー格の黒子は部下に指示をすると、音を立てずに黒服の集団は散らばっていく。
グリューシア孤児院に、招かれざる客人が侵入した。
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「―――ようこそ御出でになりました、歓迎いたします」
そう暗殺者たちに声をかけたのは、ミツミネ家筆頭側仕えクリミナ・バージニアだった。
その背後には、同じく側仕えのエルロイ、フラム、クリュシナ、ゼハースたちもいる。
隠れもせず、木々に囲まれ若干の視界の悪さもあるが、暗闇の中での先頭は暗殺者たちにとって有利と判断し、14人暗殺者たちはそれぞれが木々に隠れクリミナたちの反応を窺った。
「…まぁ、予想通りで手間が省けましたね」
「我が同胞よ、贄を捧げる」
「血の盟約に従い、古き賢樹よ」
「その力を以って、災厄を退けよ」
「精霊の御名に於いて、我ゼハース・サジリウスが命じる」
嘲りの念の強いクリミナの声と同時にエルロイ、フラム、クリュシナ、ゼハースの詠唱が孤児院に響き渡る。
暗殺者たちは周囲の変化を警戒しいつでもその場から飛び出せるように用意した。
―――ブツリ。
「―――っ!?」
何か柔らかいものを無理やり貫いたような、生々しくもおぞましい音が夜に響いた。
暗殺者たちは自らの異常に気付きつつも、反応できた者は少なかった。
本能に従って自らの隠れていた木々から離れたのである。
「……一体、何が?」
暗殺者たちは先程まで自分たちのいた木々を見つめた。
夜の所為なのか、孤児院の2階に相当する高さを誇る太い幹は黒々としている。
続けて暗殺者たちは反応出来ず、木々に隠れたままの同僚を見つめた。
「…何故、あのような場所から枝が?」
本来、木の枝というのは最終的に高い位置で伸びていく。
それは葉を生み出し、より光を受ける為の自然の知恵といえるだろう。
しかし、暗殺者たちの目にしている樹は自分たちの知っている木と違う点があった。
先程まで無かったはずのみ木から、異形の枝が暗殺者を貫いているのだ。
先端の鋭い枝からはぽたり、ぽたりと暗殺者たちの血が滴り落ちている。
「不明、しかし先程の詠唱との関連を予測」
「行動の選択ミスを確認、状況把握をしつつ、警戒態勢を維持」
「射線に出ず、木々からも離れての攻撃を推奨する」
「…陣形を変更、四の攻めに入る」
暗殺者たちはいまだ数の有利があることを信じ状況を冷静に把握し、次の行動へと移る。
生き残った20人は5対1の状況に持ち込み各個撃破を図ろうとしたのだ。
事前の打ち合わせもせず暗殺者たちは木々から距離をとってクリミナたちに接近する。
「…何といいますか、統率され過ぎていて同じ人かと疑ってしまいますね」
「やはり帝国は危険ですね、このような技術を生み出すなんて」
「けど、ユーリ様と比べれば、この程度の暗殺者など…」
「訓練がきつかったのは良い思い出ですね」
「久々の実戦です、血盟樹との連携を密にしていきましょう」
―――血盟樹という樹がエルミナ神樹国にある。
魔王バアルの研究成果の一つとされていて、魔力を与える事で成長する木とトレントのような魔木の中間に位置する奇樹である。
本来この木はエルミナ神樹国にしか生えておらず、ソラージュ王国にはまず見られることは無い。
エルミナ神樹国では、血盟樹を操ることが一人前のエルフの証とされていた。
樹魔法を操る中で最も相性の良い樹でもあり、かつ傷付いても魔力を与えればいくらでも修復し寿命の延びるこの奇樹によってグリューシア孤児院の防衛力は要塞級の防御力を発揮している。
それが何故遠く離れた異国の地にあるのか。
それは1年前、ユーリが違法な商売をする紹介を潰した際に手に入れた物の中に、血盟樹の苗木があったのである。
当初この苗木はエルミナ神樹国に変換する予定であったが、クリミナたちからの強い要望によってこの苗木は密売リストから消え、グリューシア孤児院の植えられる事になったのである。
孤児院を通りがかった一部のエルフはどうしてソラージュ王国の王都に血盟樹があるのか首を傾げていたが、余計な詮索をしてユーリの耳に入れてしまってどんな目に遭わされるか分からない、という恐怖心からエルフたちはその疑問を飲み込んだのだった。
クリミナたちは孤児院の防衛力強化の為にこの血盟樹を孤児院に植える為に提案した。
蓋を開ければやはりの為だったのだと若干落ち込んだ主人であったが、孤児院の景観とあっていたので反対もせず受け入れた。
魔力が一定量満ちれば季節を無視して薄紅色の花を咲かせる血盟樹は前世の『サクラ』を連想させ、アキラと花見をするのがユーリの密かな楽しみであった。
「では、お客様の要望に応えさせていただきましょう。
エルロイ、フラム、クリュシナ、ゼハース、いきますよ」
「了解ですクリミナ隊長」
クリミナたち側仕えはユーリの前の主人、カリュラリシアの側仕えをしていた。
本来はカリュラリシアのお目付け役としての任務を帯びた影働きの出の者であったが、カリュラリシアとの長きに渡る付き合いから、本来の職務から離れた生活を送っていた。
そしてそれは新たな主人となったユーリとなっても変わらず、当初諜報専門にすると言っていたユーリはいつの間にかクリミナたちを側仕え以外で使うことが無くなっていた。
もちろんユーリの臣下として戦闘訓練は続いている、しかしそれはあくまで孤児院の防衛力強化としての域を出ず、諜報や暗殺といったかつてクリミナたちの所属していた組織がしていたような影働きに関する仕事は一切無かったのだ。
『そんな事は下僕に任せるから、クリミナたちは俺の世話だけしてればいいの』と開き直ったユーリは顔を赤くしながらクリミナたちに言い放った。
影働きとしての役目を失った彼らはいつか戦いの面においてもユーリの力になれる事を待ちながら、今日まで訓練を続けてきたのである。
暗殺者たちは血盟樹を警戒しながらナイフを逆手に持ってクリミナたちに接近する。
クリミナたちは無手のままで構えもせず、暗殺者たちを迎え撃つ。
現役暗殺者と、元暗殺者の戦いは徐々に熱を上げていった。
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グリューシア孤児院の裏手、そこでは暗殺者たちと防衛を任されたアリカが戦闘を行っていた。
とはいえ、もはやこの光景を見ただけで、戦闘などと思えるのか疑問が浮かんでくるほどであるが。
「…随分と突撃するけど、策も無しに突撃なんて、自殺行為よ?
諦めて逃げるかもっと慎重に攻撃してくれないかしら?
戦っている実感がまるでないわ」
アリカの手に持つ奇妙な剣、魔力を通わせる事で刀身を自在に操る剣鞭は的確に暗殺者たちの首を1人ずつ切り飛ばしていった。
しかし、暗殺者たちは仲間がやられても一切の動揺を見せず、アリカ1人に対して全方位から突撃を仕掛けるだけで、アリカはロクに考えもせず戦う相手など、斬り甲斐がない上に虚しさしか残らないとぼやくのだった。
アリカはこれといって戦闘狂ではないが主人であるユーリからの命令を遂行するという使命がある。
その過程で虚しさしか残らないというのは、主人の命令を遂行したというのに『達成感』というものが満たされないという悲しい結果しか残らないのである。
「否、この陣形が最も有効だと推測」
「結界の如き防御陣、どこかに必ず抜け道があると推定」
「現在我等は22人、未だ有利」
「必ず仕留める」
アリカは戦闘が始まってから一歩もその場から動いておらず、暗殺者たちは障害であるアリカを排除しようと殺到している。
全方位から間断なく攻撃する事でアリカの振るう剣鞭の振るう結界の隙を見出し、仕留めようと殆ど捨て身で突撃していた。
消費されていく暗殺者たちにアリカは警戒を緩めず、かといってこの防御陣を突破されるなど万が一にも考えていないアリカは孤児院の表、クリミナたちのいる辺りへと視線を向けた。
血盟樹が忙しなく蠢く魔力を感じながら誰一人として欠けていない事を確認し、アリカは安堵するのだった。
アリカは事前にユーリからいざという時はクリミナたちも守るように命じられていて、その場合は一旦この場から離脱しクリミナたちを回収しなければならない。
グリューシア孤児院は現在ユーリの空間魔法で異空間に位相をずらしている、明日の朝までユーリが解除するまで何人も侵入される事はない。
故に、この場から離れても問題はないのである。
二正面から襲ってくるだろうと事前を網に張っていたが、アリカはその気になればユーリと同様に影から転移をする事も可能だ。
「…やっぱり弱いわねあなた達、最悪だわ」
ぼそりとアリカは呟くと、剣鞭に今までの倍以上の魔力を通わせた。
まるで生き物の如く跳ね回る剣鞭は更に勢いを増し、暗闇での戦闘を得意とする暗殺者たちでさえ視認出来ないほどの速さで暗殺者たちの首が胴体と離れていく。
「あなた達の敗因は遅い事、力が弱い事、技術が未熟な事、殺気が出過ぎて位置が丸分かりな事」
それと、と指折り数えて先ほどまで周囲を飛び回っていた暗殺者たちに丁寧に教えていった。
しかし、その言葉に返事をする者はいない。
養成施設に送られてから心を壊され、暗殺者として育てられた彼らが耳を傾けるのは教官と主だけなのだ。
それは死に向かおうとしている直前であろうと変わらない。
もっと別の未来があった筈の暗殺者たち―――元ソラージュ王国出身の子供たちは、アリカという規格外の悪魔の手によって、痛みもなく死出の度へと旅立っていったのだった。
アリカは暗殺者たちの死体と地面に付着した血痕を影に取り込むと、完全に証拠を隠滅した事を確認して剣鞭を鞘に収めた。
周囲の気配を探り、監視をしていた暗殺者が去っていきこれ以上暗殺者たちが来ないことを確認するとドレスを整えた始めた。
どんな時でも『優雅』を信条とする彼女は、身嗜みにかける情熱も凄まじく、納得するまで続いた。
「…さてと、こちらは済んだしクリミナたちの元へと向かいましょうか。
陛下は心配していたけど…心配する必要ないと思うのよねぇ」
美貌の悪魔は頬に手を当ててふぅと溜息をついた。
「だってこの程度の相手、孤児院の子供たちの世話を作るより簡単なんだもの」
アリカがこのグリューシア孤児院に来てまだ間もないが、孤児院の年少組からは『優しい綺麗なお姉さん』としての地位を早くも築いていた。
冒険者としてラザニアの街で過ごしてきた彼女は周囲の人を観察し、人との接し方を短期間で学んできた成果でもあり、自身も世話を焼くのが苦でもないという事もあって、すぐに打ち解けていた。
年長組は思春期特有の恥じらいもあって距離は置かれているが、それでも一定の信頼は得られている。
かつて魔界で数多くの悪魔たちに傅かれて来た彼女が孤児たちの為にここまでするとは、まるで思ってもいなかっただろう。
「…まぁ、人の子供って見ていて和むし、面白いものね。
陛下も可愛いし…皆ずっと子供のままでいたらもっと素敵なのに…時の流れって残酷だわ。
……そうだわ、そういえば陛下に若さを維持するような薬を作ってもらえば…世界中が子供だらけ…フフ、いいわぁ」
蕩けんばかりの笑みをこぼしたアリカは妄想を広げて体をくねらしながら、門前へと向かっていくのだった。
―――それから10分と経たず、グリューシア孤児院から暗殺者たちの影はなくなった。
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