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第12話 闇夜の暗闘(2)

GW限定の連続投稿、でございます。

次のお話は、5/6

 




 グリューシア孤児院が暗殺者の襲撃を完全殲滅した頃、ユーリの住む本宅でも暗殺者たちは集結していた。


 全方位を一定の間隔で包囲している彼、彼女たちに本宅の正面にいる3人の男女が待ち構えている。


 そこにいたのは完全武装した青年と女性、冒険者ギルドに所属するギルド員ハロルド・シュルリーカと同じく受付嬢ノエル、そして臨時雇いのツァーリであった。


 ユーリ監修(・・・・・)の元製造されたオリハルコン製のジャケットにパンツ、そこにオリハルコンを底に詰めたブーツ、そして片手剣を装備したハロルドはいつもの爽やかな雰囲気が一切抜け落ち、普段とかけ離れた修羅もかくやといわんばかりの表情が固定化されていた。


 そしてこちらもユーリ監修、オリハルコン製のドレス、そして手甲とブーツで堅め自分の身の丈と変わらないほど長い魔導杖を装備したノエルは気難しい表情をして眼前の敵を睨みつけている。


 臨時雇い、というよりも戦力としてまず数えられていないツァーリは普段使っている長剣と皮鎧一式の装備をして、全方位を囲んで殺気を向けてくる暗殺者に青白い顔をしていた。


 むしろ呼ばれもしないのに本館から出てきたツァーリに対して、ハロルドもノエルも端から期待していないのだが。


「…よくもまぁこの王都にこれだけの戦力を引っ張り込めたもんだ。

 帝国のやる気が伺えるぜ」


 皮肉を鳴らすハロルドに、ノエルが声をかける。


「ハロルド、腕の調子はいいのですか?」


 ノエルはハロルドが以前シャークスと武芸大会で戦った際、腕を千切りかけた事があった事を思い出した。


 その際すぐにユーリが魔力に任せて治療して繋ぎ直したが、本来水魔法による治癒はもっと繊細な魔力制御で行われる。


 試合後の経過でそれとなく聞いて本人から何ともないという言葉を受けたが、何らかの後遺症がどこかで発症していたかも知れないと思い、念押しのように確認を取ろうとしたのである。


 そもそもあの戦いでは、自分が人質にとられた事が原因でハロルドが一方的な攻撃をシャークスから受けたとあって、いまだに彼女の胸にはしこりが残っていた。


「問題ねえですよ先輩、むしろユーリの魔法のおかげで今も風邪一つ引かない体になっていますからね。

 下手したら全盛期並みの体をずっと維持したまんまです。

 ユーリの奴、俺にどれだけの魔力を注いだのやら…」


「加減というものを知りませんからね、ユーリ様は。

 まぁ、ハロルドがそういうのなら、これ以上心配しなくてもいいですね。

 もし何か後遺症でもあったら、無償(・・)で治療いたしますので忘れない内に来てください」


「あ、あの守銭奴先輩が…無償(タダ)だとっ!?

 ナニ企んでるんですか、まさか何かの実験じゃないでしょうね?」


 暗殺者の殺気よりもノエルの言葉に戦慄したのか一歩二歩とハロルドはその場から離れた。


 普段から何かにつけて金銭を要求する場面の多いノエルが、『無償』等という言葉を使ったのである。


 天変地異の前触れといってもいい言葉に、その場にユーリあたりがいればエルライドを筆頭にフィリップを残し王都から遠く離れた辺境あたりに逃げ込んだであろう。


「…せっかく心配していたのに」


「あ、なんか言いました先輩?」


 離れすぎたのか、聞き取れなかったハロルドはノエルに声をかけるが、もう話は終わったとノエルは切り上げたのだった。


「何でもありません。

 それよりも…来ますよハロルド、相手は帝国が抱える暗殺者集団です。

 子供だからと舐めてかかれば、待っているのは死、あるのみ。

 いくら私の治療院が優秀でも、彼らの使う毒の治療法は見つかっていません。

 …絶対に彼らの使う武器に触れてはいけません、いいですね?

 ……一応、貴女にも言っているのですよ、ツァーリ様」


「うぁっはいっ!!」


 会話もロクに出来ないほど緊張しているのか、ツァーリは上擦った声で返事をした。


 これほどの状況になった事がないのだろう、ツァーリの冒険者ランクは3だ。


 そして今までの戦闘経験の殆どは魔獣である。


 対人戦闘など冒険者生活の中で護衛途中に盗賊に襲われる以外ではなかった。


 ましてや、帝国の闇ともいえる暗殺者を相手取るなど、考えてもいなかったのだ。


「…ツァーリ様、貴女はエルライド王子の側に行こうとしているのでしょう?

 ならば、こうした手合いの者たちとの戦闘も間違いなくあるのです。

 この程度(・・・・)の相手に怯えている様では、到底ユーリ様からの推薦などあり得ませんよ?」


 そう、エルライドが将来王位につけば周辺国や国内の関係でエルライドに向かって暗殺者が差し向けられてくるのはまず間違いない。


 そんな時、一々暗殺者に怯えてしまえばエルライドを守るどころかむしろ邪魔にしかならないだろう。


 ツァーリの目論んでいる成り上がりも、成れたと仮定してもそう遠くない未来待っているのは『死』だけである。


「くっ、や、やってやるわよ、このくらいっ!!」


 自分の妄想染みた夢のため、ツァーリは剣を抜いた。


 使い込んだ剣は自己流の手入れで万全の状態といえず不安を感じさせるが、ハロルドもノエルも何も言わない。


「ツァーリ・カスバル、いきますっ!!」


 震える体を抑え込み、片手の剣を強く握り締め己を鼓舞する。


「【水禍】のノエル…そして【火撃】のハロルド、脅威度の上昇を確認」


「他一名は不明、脅威度の判定を推奨」


「陣形を二の攻めに設定、任務を開始する」


 感情の乏しい暗殺者たちの、抑揚のない声が微かに聞こえてきた。


 暗殺者たちはハロルド、ノエル、そしてツァーリに殺到する。


 ハロルドは剣を構え、ノエルは魔導杖を掲げる。


 そして、ツァーリの将来を決める戦いが今始まった。




 ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■




「やあああああああっ!!」


 ツァーリの掛け声と共に上段から振り下ろされた一撃に暗殺者は避けると、即座に反撃の一撃を放つ。


 逆手に持った黒塗りのナイフをツァーリの首元目掛けて切り裂こうとした。


 バックステップでかわすものの、ツァーリを囲んで5人の暗殺者が背後から襲いかかり休む間も無く攻撃は続いた。


 最初の一撃以降、ツァーリが反撃できる機会はない。


 ノエルの警告していた毒という脅威の所為なのか、動きもぎこちないツァーリの着けている皮鎧がボロボロになっていく。


「ああっ、もうっ、なんなのよこいつらっ!!」

「…対象の脅威度が低下したことを確認」

「他対象2名と違い損害無しに抹殺可能と判断」

「早期抹殺の後、他2名抹殺へと移行する」


 暗殺者たちは短い間にツァーリの力量を把握したのか、5人いた仲間を2人下げてハロルドとノエルの元へ向かわせた。


 3人でもツァーリを殺し切れるという判断と、2人がかりで火と水の弾幕によって逆殺され続ける同僚たちに少しでも援護をしようとしたのだ。


 要は、ツァーリは暗殺者たちに舐められていた(・・・・・・・)


 ハロルドとノエルに向かっていく暗殺者を止められない事に歯噛みしたツァーリは、なんとしてもこの包囲陣を突破しようと力を振り絞る。


「風よ、大気を穿ち貫く槍となれ!!」


 ツァーリが得意とする風魔法で暗殺者の包囲陣を破ろうとするが、視界の悪い夜、更には視認し辛いとされる風魔法の槍を易々と避けて見せた。


「な、なんでこんな簡単にっ!!」


 ツァーリは顔を真っ赤にして避けられた事に対して憤ったが、それは怒りは不当なものである。


 王都にきてからのツァーリは日々の金銭を稼ぐだけで、ロクな鍛錬もせずに過ごしていた。


 ランク3に相当する実力は持っているが、その実力も下から数えた方が早い位で、ランク4になるなど夢のまた夢なのだ。


 そしてそのツァーリに対して暗殺者たちはというと、幼い頃から拷問と言い換えてもいい訓練を受け続け生き残り、日々命がけの任務を受けて生き残り続けた紛れもなく猛者なのだ。


 甘い夢を見て仕事を疎かにし、挙句自己鍛錬もしないツァーリとは立っている舞台が違い過ぎた。


「笑止、この程度の魔法、目を瞑っても避ける事は容易」

「魔力制御の稚拙さを確認、対象の脅威認定を低下」

「もはや様子見は不要。

 陣形を変更、一の攻めで対象を確実に抹殺する」


 暗殺者たちはツァーリの()を見切った。


 両手のナイフを逆手から通常の構えに戻し、交叉させてツァーリに突撃する。


 今度こそ殺される、ツァーリがそう感じた瞬間、全身が鉛のように重くなった。


 それは諦観ゆえの脱力感なのか、それとも暗殺者たちのナイフをどこかに受け、毒が回ったのか。


 ツァーリには分からない。


 最後に見たのは、目の前に男女の2人組が後姿でツァーリを守る盾のように立っていたまでの事であった。




 ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■




「先輩、後頼みます」

「どうぞ、お好きなように」


 ハロルド・シュルリーカは倒れ伏しているツァーリをノエルに任し、今まさに止めを刺さんとする暗殺者たちを手に持った剣でぐるり(・・・)と円を書くように一閃した。


「―――ぐっ!?」

「がはっ!?」

「い、いつの間に!?」


 暗殺者たちは突然の出来事にハロルドの一撃を避ける事も出来ず、疑問の声と血を吐き出した。


「さぁな、悪いが答えてやれる優しさを、俺は持っていないんでな。

 痛みも感じていないようだし、さっさと死んでくれ」


 暗殺者たちは痛みによって行動を阻害されない為に日々特殊な薬物を摂取している。


 内蔵機能に多大な障害を作用させる毒物といってもいい薬によって、彼、あるいは彼女たちはハロルドからの一撃に苦痛を感じずこの世を去っていった。


 ノエルは手早くツァーリの容態を確かめ、どこにも暗殺者たちのナイフによる一撃を受けていない事を確認すると、あまり慣れていない地魔法で地面を掘ってそこにツァーリを放り込んだ。


 戦闘の邪魔になるので当然の処置だが、どこか雑な扱いなのは戦闘中で余裕がないからだろう。


 決して、1コルドの値打ちのなさそうなツァーリに対してぞんざいな訳ではない。


「【水禍】…そして【火撃】、この建物は一体?」

「侵入どころか攻撃が通らない、不明」


 この本宅もグリューシア孤児院同様、ユーリによる結界が展開されている。


 一時的にこの世界に見えていても存在していない不可思議な現象に、さしもの暗殺者たちも疑問を感じずにいられなかったのだろう。


 ユーリの関係者でもあるハロルドやノエルを二つ名で呼び、この場における暗殺者たちのリーダー格ともいえる存在はその疑問を口にした。


「死んでいくお前達には知らなくてもいい情報だ。

 ここから先はたとえ金貨を山のように積まれても答えられねえな」

「山のような金貨ですか…いつか見てみたいものですね」

「…守銭奴先輩は空気読んでくれません?

 というか、冒険者時代で十分稼いだでしょうがアンタ」


 ランク5と冒険者の中でも中堅からベテランクラスの実力を持っていたノエルは故郷でもあるソラージュ王国から離れたくない為か、昇格を度外視し金銭を稼ぐという行為に明け暮れていた。


 ハロルドもその片棒を一時期担いでいたとあって、比較的同じくランク5の冒険者の中でも高収入を得ていたのだ。


 慎ましく過ごさず、湯水のように金貨を使っても減る気配が見せないほど稼いだ、といえばどれだけ稼いだか想像し易いだろうか。


「…まあ、金貨を集め数えるのは私の趣味ですから。

 それよりもハロルド、ツァーリ様を助けてもよかったのですか?

 ユーリ様は、見捨ててもいい(・・・・・・・)と仰っていた気がするのですが」


 ユーリが守ろうとしていたのは本宅と、建物内に置いた女奴隷4人だけで、護衛役(ツァーリ)は含まれていない。


 そもそも、護衛役を護衛するなど労力と費用の無駄と考えていたノエルも、最低限の助言以外ツァーリを助けようとする気はなかった。


 はっきり言えば、ノエルはツァーリの事が嫌いだったのだ、少なくとも死を望む程度には。


 ツァーリは現実が見えていない、どれだけ鍛錬したとしてもそもそもの身体能力も低く、攻撃魔法と合わせて戦わなければ大型種のオーガとまともに戦えないというのは致命的だ。


 高位冒険者の多くは、よほどの高ランク指定を受けた大型種でも身体強化の魔法だけで圧倒するのだ。


 そもそもの下地が肉体性能に限界があるのだ。


 魔力にしてもそうである。


 平均適性値が20と高位冒険者と比べて低く、かといって特異魔法といった突然変異的な魔法使いの持つ性質も持っていない。


 ランク3と4の間には、それだけの隔たりがあるのだ。


 にも拘らず、ツァーリは諦めない。


 だが、そこまではよかった。


 諦めず、自己の鍛錬を怠らず、自分の長所と欠点を見つめそれを活かし補い高めるならば、ランク5は無理だとしても4に昇格出来ただろうと。


 しかしツァーリは自分の力を過剰評価し、あまつさえ鍛錬を怠り高みを目指そうともしない。


 揚げ句の果てには正論を告げられても納得せず喚き、騒ぎ、そして暴言を吐いてしまうのだ。


 これで問題が起こらない訳がない。


 問題を起こしたヘクセン領も護衛を依頼したのにツァーリが依頼内容に納得出来ず、逃げるように依頼を拒否したのだから。


 ユーリが問題を抱えたくなかったのは、こういった面倒を起こすツァーリといるだけでも面倒事の種になるとわかっていたからである。


 一時的に雇ったのも、脛に傷を持つが故に断り辛い事を理解した上で雇ったのだ。


 これでツァーリがエルライドの派閥に属している貴族と問題を起こしていれば、間違いなくあの時孤児院から叩き出されていただろう。


 加えていえば、ヘクセン領を治めるゼストン伯爵はアボリス第一王子の派閥でも発言力が高く、あまり評判のよくない貴族で、そうでなければ雇われてもいなかったのだ。


 つまり、運良く雇われただけのツァーリがあれこれと要求できる立場なのか、という事だ。


 遠くない未来、アボリス王子に属している派閥にいる貴族は軒並み処刑となる。


 よくて改易、御家お取り潰しである。


 問題を起こしたツァーリがこのソラージュ王国で生き残るには、2つしかない。


 ゼストン伯爵よりも地位のある侯爵家、または公爵家、あるいは王族の後ろ盾を得るしかない。


 そしてもう1つは、問題となった貴族が無くなる事で、問題を無かった事にすることだ。


 ツァーリは後者で、ゼストン伯爵がこの世からなくなる事で、問題が無かった事になるのだ。


「…まあ、目の前で助けられる命を助けないというのは正直寝覚めが悪いから、かな?

 ユーリには確かに見捨てていいとは言われていたが、生憎と多少の縁があるんでまぁちょっと早めの問題解決のご祝儀といったところですよ。

 先輩みたいに、理由があって嫌いというのじゃなくて、単純に気分の問題です」


 ハロルド自身もツァーリを助けたいと思ってはいない。


 言葉通り、助けられる以上は助ければいいと、寝覚めが悪いから助けるのだという、至極単純な気分的な問題なのである。


「……ハロルドは本当に甘いですね、そんなのだから…」

「……」


 それ以上、ノエルはそれ以上口にしなかった。


 ハロルドも察したのか、同じく何も口にしない。


 暗殺者はハロルドたちを囲い込んだ陣形をさらに密にして待ち構えている。


 一部の暗殺者たちは本宅へと侵入しようとしたが、当然の如く位相のずれた空間に手出しする事も出来ず、陣形の厚みに加わっていた。


「……話は終わったか?」


 すると、今まで会話も成立してこなかった暗殺者の中から声があがった。


「…最近の暗殺者は随分と空気を読んだ奴がいるんだな、さては帝国製の暗殺者じゃないな?」

「明らかに他の木っ端暗殺者と格が違います、名の知れた暗殺者と見受けました」


 茶化すような口調のハロルドに対し、ノエルの淡々とした口調はどこか緊張感を帯びていた。


「はは、【水禍】ノエルの賢察には恐れ入る。

 この連中の現場指揮をさせてもらっている【黒腕】パイソンってもんだ。

【火撃】ハロルド、俺を知ってるかい?」


【黒腕】パイソンと名乗った黒服の隻腕をした男は暗殺者たちの中でも風格の違う相手であった。


 ハロルド、そしてノエルはパイソンの名を知っていた。


 冒険者ギルドどころか、大陸東部でも最も有名な暗殺者の名である。


 その名が知れたのは20年前、高位冒険者の度重なる失踪、あるいは死亡率が増加した時期があり、死体の状況を調べていく内に、何者かに鋭利な刃物で殺傷されているという事が分かったのである。


 そして、パイソンは次の行動に移った。


 各国の貴族を手にかけ始めたのである。


 そしてようやく国が重い腰を上げ、大陸東部諸国は冒険者ギルドと連携して暗殺者を捜索した。


 半年の後、潜伏しているしているとされている都市に当時ランク7の冒険者だった【疾風】ダニエルをはじめ各国の最精鋭を動員した計12人からなるチームが結成され暗殺者の潜伏先に突入した。


 その際、仲間と思しき5人の暗殺者を討伐する事に成功したが、肝心の首魁を捕らえることは出来ず、片腕だけを奪う事しか出来なかったのである。


 その片腕は黒々として見る者を不安にさせることから、首魁の名乗った名前と合わせ【黒腕】パイソンと呼ばれるようになったのである。


「…伝説の暗殺者を雇うとは、あのバカ王子、公爵の人脈使いまくりだな」

「しかし、確か当時の報告書には【黒腕(パイソン)】は20代前後のヒューマンとありました。

 この気迫、とても40代を超えたヒューマンのものとは思えません」


 ハロルドは素直にアボリスを賞賛した。


 たとえ他人の人脈であろうと、あらゆる手段を尽くそうという気概だけ(・・)は見えたからだが、それでも予想外の相手に渋い顔をするしかない。


 公爵の人脈、つまり帝国も協力してパイソンを斡旋したのかという疑問が浮かぶ、更に深く掘っていけば、逃亡したパイソンが片腕を失う重傷になったにも拘らず、生き残ったのかも疑問であった。


 そしてノエルの言葉に内心頷いたハロルドは、一体どういうカラクリでこれだけの力を維持していたのか、それが不思議でならなかったのだ。


「くく、さすがにそれを教える訳にはいかんな、企業秘密(・・・・)というやつだ。

 それじゃあ、俺はここらで失礼させてもらおう。

 王城(・・)に用があるんでな。

 …各員へ伝達、この場で【火撃】と【水禍】を命懸けで留めろ(・・・)

「炎魔よ、怨敵を滅せよ!!」

「水竜よ、その一切を薙ぎ払え!!」


 パイソンは暗殺者たちに命じると、その場から去っていく。


 ハロルドとノエルだけではこの本宅を攻略することが出来ないとパイソンは計算した上で命じたのだと瞬間的に理解すると、パイソン目掛けて魔法を放った。


 一直線にパイソン目掛けて襲いかかる火と水の災厄は避ける事も敵わず直撃し、パイソンの暗殺者としての伝説に終止符を打つ。


 ―――そのはずだった。


 パイソンが不敵な笑みを浮かべた瞬間、魔法が直撃し爆発と同時に水蒸気が撒き散らされる。


 高温の炎が水と化合し、本宅の周囲を水蒸気の霧が覆い隠してしまったのである。


 確実に仕留めたか分からなくなってしまったハロルドは、慌てて魔法を展開する。


「くそっ、先輩は暗殺者(ザコ)を、俺は熱源探知して奴を始末しますっ!!」


 ハロルドは視界の見えない状況下で相手の場所を索敵する手段を新たにユーリから教わっていて、対象の熱源を探知する事が可能となった。


 一時的に見失った相手でも、周囲に展開している暗殺者との距離を計算し、離れていく熱源があればそれがパイソンだとハロルドは考え探知範囲を広げる。


「…ハロルド、【黒腕】は?」


 死兵となった暗殺者たちを確実に1人ずつ狩りながら、ノエルはハロルドからの返答を待った。


「…嘘だろ、あの野郎がいないだと?」


 ハロルドの使う熱源探知を逃れられる方法はそう多くない。


 初見なら尚更で、ハロルドとノエルの渾身の魔法がパイソンに直撃し、肉体を消滅させたというのであれば納得出来ただろう。


 しかし、ハロルドはパイソンを仕留め切れなかったという核心(・・)があった。


 ノエルも同様でパイソンを確実に仕留めたという実感が湧かず、この水蒸気の霧の中で暗殺者たちを1人でも多く狩り、その後ハロルドに助成する事にしたのだ。


 そして次第に水蒸気の霧が晴れ、残った暗殺者を全て狩り尽くしたノエルとハロルドは周囲を警戒する。


 パイソンがこの領域から去っていったという事実は変わらないが、増援の暗殺者が来ないとも限らない。


 引き続きハロルドは熱源探知を展開し続けたが、パイソンらしき反応はなかった。


「……先輩、あのパイソンをさっきの魔法で仕留めたと思います?」

「………思えませんね。

 あの不敵な笑み、【黒腕】には何か秘密がありそうです。

 私たちの魔法を避け、あまつさえこの場から足跡も残さず離脱する。

 ……危険ですね彼は、なんとしてもこの状況をユーリ様にお伝えしなければなりません」

「ですね、あの暗殺者の狙いはエルライド王子の筈だ。

 この本宅と、孤児院を襲わせている隙に本丸を狙おうとしたんだろう。

 ……やっぱり、帝国側からの援助と見てもいいんですかね?」

「アボリス王子を王位につければ間違いなく傀儡政権が出来上がりますからね。

 帝国もその為には助力は惜しまないでしょう……それにしても、【黒腕】は一体どうやって…」


 ハロルドとノエルはパイソンが帝国となんらかの関係があるのかと推測し、帝国が扱いやすいアボリスを利用し傀儡政権を作ろうとしているのではないかと疑った。


 しかし、ハロルドとノエルにはこれ以上何も出来る事はない。


 あとは王宮にいるユーリたちにこの情報を報告し、全てを託すしかなかった。


「それも含めて、ユーリとエルライド王子に伝えないといけません。

 周囲もこの異常事態に門の前に集まり始めています、説明して解散してもらいましょう」

「……はぁ、個人的な依頼とはいえ、あまり成果が…ユーリ様にこの報告をすれば、追加報酬いただけるのかしら?」


 元冒険者ではあるが、ハロルドもノエルも冒険者を引退している訳ではない。


 冒険者ギルドは基本的に死亡や犯罪行為をしない限り、脱退不可なのだから。


 今回ユーリが2人に対して個人的な依頼を出した事はハロルドたちの上司でもある副ギルドマスターであるアドルフからも承認されていた指名依頼なのである。


 ユーリの私財(ポケットマネー)から各500万コルドの大金が後日2人に支払われることとあって、守銭奴なノエルは『追加報酬も期待出来るはず』と皮算用していた。


「……守銭奴先輩、自重してくださいよ」


 どこか気の抜けるオチがついた2人はツァーリを回収すると、暗殺者たちの後始末を始めた。


「ユーリ、聞こえるか?

 ハロルドだ、つい今さっき―――」


 ハロルドは王宮にいるだろうユーリに事の次第を伝えた。


 そして、王宮ではハロルドたちの想像を超えた事態に陥っていた。





ここまで読んで頂き、ありがとうございました。

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