第09話 かくて開幕の準備は整った
遅くなりました。
これからは19時から22時の間に投稿しようと思います。
余裕は出来ましたが、作者の私用が思った以上に進まず、作品の時間が少し削れてしまっていまして…言い訳して申し訳ありません。
それでは、どうぞ。
エルライドの誕生会が1週間を切った。
女奴隷たちの件の教育は遅々と進んでいる、順調とまでは行かない。
いや、まぁこれまでまともな教育受けたことないからこうなることは想定済みだったけど、予定していた全体の3分の1も進まないのはさすがに想定を超えていた。
とはいえ、関係の良好化は順調だ、とりあえず俺の側仕えたちとアッキー限定だが怖がる事はなくなった、年長組はまだ会わせていないから分からないが、この調子なら礼儀作法の講義を一緒に受けさせる事も出来るかもしれない。
本宅と孤児院を行ったり来たりするのは面倒だからな、時間の短縮化は大切である。
エルフの姉妹は元冒険者とあって護身術の講義は飲み込みが早い、やはり得意な技術に関しては率先して学ぼうとする意欲もある。
まぁ、苦手な料理や裁縫も失敗は多いが向上は見られる。
ヒューマンの2人はまず文字を習う所から始めている、16歳ではじめての勉強とあって中々覚えが悪い。
脳は5歳ないし6歳辺りが最も発達していき、それから15歳前後で落ち着くと前世の記憶ではあった。
2人がどういう人生を送ってきたかは知らないが、これ以上の成果が見られないなら別の勉強法を試すしかないだろう。
幸い2人とも意欲だけはある、エルフの姉妹とは反対に料理や裁縫、それに礼儀作法はそこそこ出来ているから、そっち方面を延ばすのもいいかもしれない。
そしてとりあえず雇った監視兼護衛役のツァーリだが、予想通り使えない、いや想像以上に使えないわ。
なんというか生まれてくる場所と時代を間違えたといえばいいのか…アマゾネスの国にでも行けばさぞかし幸せだったろうに…この大陸には無いからなぁ。
喧しいし深く考えようとしない、ある意味獣人のように感情で反応して突っかかる、等々だ。
軽く計算しただけであのバカが本宅で出した損害だけで奴隷落ち出来るんじゃないかという額になっている、調度品を壊し過ぎだあいつ。
が、約束した以上は雇う事は決めている、ツァーリと擦れ違う度に舌打ちするクリミナが新鮮で面白いが、ツァーリの印象は未だドン底である。
というより、評価が上がった試しなどないんだがな。
戦闘能力に関しては正直伸び悩んでいるというより頭打ちだ、あれが限界だろう。
訓練を一度見たことがあったが、あれではいずれ身体を壊すのは間違いない。
剣術もアッキーを驚かせるほどの腕は無いし、魔法に関しても見所のある運用をしている様子もない。
魔法適正値に関してもイマイチぱっとしない、平均的な数値だしどうしようもない。
この調子で冒険者を続けてランク4に昇格したとしても、それ以上は見込めないだろう。
まぁ、アリカが来るまでの繋ぎだから誕生会が終わったら尤もらしい理由をつけて、これまでの報酬を支払って出て行ってもらおう。
これ以上居座られても迷惑だし。
…そういえば、ツァーリに孤児院の場所を教えたのはハロルドさんだった。
面倒を押し付けられたとすぐに気付いたが、まぁ俺も普段から面倒かけているし、適切に対処することにする。
ツァーリは自分がエルライドの護衛という『スーパーエリート』になれると信じているが、絶対に無理だ。
戦闘能力は確かに重要だが、総合的に無理なのだから仕方ない。
俺に自分を売り込んであわよくばエルライドの護衛かその近くに、という冒険者は最初こそ多かったが、全員落とした。
まず考えが浅ましいのがダメ、あわよくば弱みを見つけて金品を脅し取ろうと読み込んだ時は秘密裏に殺してやろうかと思った、王都から追い出すまでで留めたが。
次に礼儀作法、基本王宮と学院を往復することもあって、会う人の殆どが特権階級、つまり貴族だ。
そんな相手に無礼な態度をとれば、エルライドの評価が落ちる。
面接した段階で一応とはいえ貴族な俺に『俺を護衛に迎えてくれたら良い目見せてやるぜ』とか口にした段階で『はいボツ』である。
見所のある奴はいたけど結局の所全員断った。
エルライドを守るのならそこまで人数は必要ないし。
俺がプレゼントした魔道具もあるし普段から隻眼の奴もいる。
それに俺やアッキーとくれば、この段階で過剰戦力とも言っていいくらいだ。
フラウ爺さんも最近は近衛騎士たちの配置換えをして見回りも強化している。
まさに鉄壁の布陣である、これでエルライドを害せる奴がいたら逆に驚くわ、今後の為に殺すか仲間に引き入れたいところである。
「……そういえば、今日来るんだったなアリカは」
カレンダーを見てみると、今日の予定に『アリカ到着予定、昼』と短く書いてある。
冒険者ランクを2まで順当に上げたあの下僕悪魔2号、アリカは辺境からこの王都へやってくるのだ。
なんでも変わり者の冒険者として既に噂が王都に届いている、本人に聞いてみても心当たりが無い、つまり自覚が無いようなので実際この目で見てみないと分からない。
書類仕事も片付いたし、冒険者ギルドに行くか。
■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■
冒険者ギルドでは諍いというものが絶えない、荒くれ者の多い場所である。
そんな中で、黒髪で長身の漆黒のドレスを着込んだ女性がそこにいた。
ふんわりとした社交界に出るようなドレスでなく、機能美に満ちた細身のドレスはプロポーションのよい女性と非常にあっていて、凄みを感じさせる。
「…依頼の完了を届けに参りました。
確認をお願いします」
よく通る声をした艶めいた目が特徴的な美貌の持ち主が受付に声をかける。
男性受付のハロルドを避け、守銭奴と知られているノエルに声をかけた女性は羊皮紙を手渡した。
ノエルはまさかこの女性が冒険者だったとは思わず、目を点にさせるが、表情には出さず普段通りの仕事を心掛けた。
「…はい、では冒険者票を提示してください」
「こちらを」
女性は冒険者票を渡すが、何故かノエルは受け取ろうとしない。
ノエルは女性が微笑んだ際の美貌に一瞬固まったが、すぐに再起動した。
「……はい、確認いたしました、アリカ・ヴァーミリオン様ですね。
報酬をお持ちいたしますので、少々お待ちください」
冒険者票を受け取ると、ノエルは一度後ろに下がり何度か深呼吸すると報酬を取りに金庫へと向かって行った。
冒険者ギルドに強盗など来る訳も無いが、金銭を受付に置いておくような事はしない。
受付は専用の金庫から報酬分の金銭だけを取りに行くのだ。
アリカと呼ばれた女性は報酬が渡されるまでどこかのテーブルに座ろうとしたのだが、昼とあってかテーブルは埋まっていた。
「よ、よぉ姉ちゃん、俺んとこきて酒酌んでくれよ。
姉ちゃんは王都に来たばっかだろ?
俺たちゃは王都にきてもう5年もいるからな、情報交換しようぜ?」
顔を真っ赤にしたヒューマンの男がアリカに絡むが、アリカは薄く笑うと何も言わず男を張り飛ばした。
酔っているとあり、身体のふらついていた男は受身も取れずに吹き飛ばされて転がっていく。
壁にぶつかってようやく止まり、ギルドが軋むほどの轟音を立てると、騒々しかった冒険者たちが一斉に静まった。
「汚らしい手でこの私に触らないでくれるかしら?
人を待っているの、話しかけないで」
アリカは吐き捨てるように倒れている男に言うと、男の仲間が駆け寄ってきて何をするんだと激高した。
しかし、アリカは男の仲間にも同様問答無用で掴み掛かると、男の倒れている壁に投げ飛ばしたのだった。
「…何度も言わせないでちょうだい。
汚らわしい手でこの私に触らないで、と言ったのよ?
三度目は無いわ、この剣のサビになりたくなければ、とっとと―――」
「―――アリカ・ヴァーミリオン様、報酬が準備出来ましたので、受付までおいでください」
アリカが漆黒のドレスの内側に隠れている細剣を抜こうとする寸前、ノエルがワザと空気を読まず遮った。
アリカは自分が呼ばれたのだと気付くと、伸ばした手を戻し、男たちから視線を外し受付へと歩いていく。
冒険者たちはこの短い期間で悟った、『とんでもない新人が来た』と。
細身の体格をしたアリカが大の男を息も乱さずにあしらって見せただけで、十分にその実力がランクと見合わないものだと気付かせたのだ。
報酬を受け取ったアリカは受付から去ろうとしたが、ノエルに呼び止められる。
「…アリカ様、先ほどの騒動ですが」
「酔っ払いが絡んできたから振り払っただけなのだけど、何か対応が不味かったかしら?」
アリカの言い分は尤もな言を含んでいたが、それにしてもやり過ぎであるとノエルは言及した。
「手加減はしたつもりだったのだけど……死んでないわよ?」
殺してないから大丈夫だと言わんばかりの様子のアリカにノエルは首を振ってそういう問題ではないと伝える。
「確かに死んではいませんが、絡まれた程度でギルドを破損させるような事になるのはあまり看過出来ません。
今回は絡んだあちらの方々から修繕費を徴収いたしますが、またこのような事があれば、アリカ様にも一部修繕費を徴収いたしますので」
ノエルは毅然とした態度で望むが、言外にノエルは『これ以上面倒をかけさせるな、次は無いぞ』と伝えているのに気付いたアリカは反省したのか頬に手を当ててため息をついた。
「分かったわ、次からはもっと手加減をして、ギルドの外で片付ける事にするわね」
「……分かってないじゃないか」
隣にいたハロルドがアリカの言葉に呆れ頭を抑えていた。
事前に聞いていた情報通りの人物以上の様子にハロルドとノエルはもうすぐ来るだろう冒険者に文句の一つでもしてやろうと決めた。
「こんにちはハロルドさん、今日もかっこいいですね!!
って、あれ、ナニこの雰囲気、誰か有名な冒険者でも死んだの?」
ギルドにきて早々不謹慎な事を口にしたのはソラージュ王国屈指の冒険者、ユーリである。
実は少し前から中の様子を空間魔法で感知していたのだが、騒動が治まったのを見計らって入ってきたのである。
冒険者用の仕事着、いつもの黒子の服を来たユーリに、ハロルドは一瞬だがねめつけた。
「…ユーリ、いや、なんでもない。
新人が少し問題を起こしてな、少し注意していただけだ。
アリカさん、こちらはユーリという。
ランク6の冒険者で、以前このソラージュ王国で起きた魔獣大侵攻を解決させた―――」
「―――はい、存じています。
……はじめまして、へい…ユーリさん。
私はアリカ・ヴァーミリオンと申します。
この度は、勧誘のお手紙を頂きありがとうございました」
ハロルドの言葉を遮り、アリカは名乗り微笑むとユーリは何を思ったのかにやりと笑い返した。
それを聞いた冒険者たちはこの短いやり取りで事情を想像出来てしまった。
ソラージュ王国の英雄とまで言われるユーリが手紙で呼び出したほどの女性がランクと不釣合いな実力を持っていてもおかしくないと、そう思ったのだ。
「はじめましてアリカ、辺境からきてもらってありがとう。
さっきのイケメンお兄さんからも呼ばれていたけど、俺はユーリという。
手紙の件だけど…この王都にきてもらったと言う事は、了承してもらったという事でいいんだよね?」
「はい、ぜひともお願いします。
これからよろしくお願いしますね、ご主人様?」
ざわり、と冒険者ギルドがざわついた。
冒険者の男たちが、女たちが、これまで見た事も無いような、絶世の美女の満面の笑みを見てしまったのである。
そして、その先にいるのが英雄とされるユーリなのだ。
ユーリもその端正な顔でアリカに対して受け入れてくれた事にほっとしたような表情をしたのだった。
それだけで不埒な妄想をしてしまえる者がこの場で多数出来てしまうのは無理からぬ事であろう。
周りの雑音に惑わされず、ユーリは苦笑いして『ご主人様って言うな、名前で呼べ』と名前を呼ぶようにいうと、冒険者ギルドを出て行った。
アリカもユーリの後ろからついて行くように出て行った。
しばらくして、冒険者ギルドを起点に、英雄ユーリの『恋人』が王都にやってきたという噂が王都中に駆け巡るまでそう時間はかからなかった。
■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■
「……ところでアリカ、なんでドレス着てるんだ?
動き難くない?」
初めてとは思えないほどの気安く話しかけたユーリはアリカに尋ねた。
この人通りの多い状況ならば、話など聞かれないと思っていたからだ。
「大丈夫ですよユーリ様。
いついかなる時も優雅を崩さない事は淑女として当然でしてよ?」
「…優雅ねぇ…優雅通り越して妖艶と思うんだけどなぁ」
「優雅は大事ですわ」
断言するアリカに、ユーリは本人の意思を尊重する事にした。
「それじゃあアリカ、孤児院のガキどもに土産を買って帰らないといけないんだ。
付き合ってくれない?」
「はい、喜んでお供しますわ」
海を割った預言者の如く、王都の人通りの多い道を歩くユーリとアリカは中央通りへと向かって行く。
ユーリは気付いていなかった。
中央通りで見目の良い2人が目立たない訳が無く、傍から見て仲睦まじい2人を見て、噂を更に加速させるとは、まるで考えていないのであった。
そして残念なお知らせ。
明日はお休みです、次の投稿は4/4になります。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
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