第08話 問題一段落、そして悪魔は蠢動する
再度遅刻申し訳ありません。
私用が忙しく、なかなか作業が進まず、申し訳なく思います。
今後もこういう事が続くのなら、投稿時間の見直しなども考えます。
ユーリは扉を開けると、部屋の片隅にエルフとヒューマンの女性が4人固まっていた。
自分たちを連れてきてくれた派手な女性―――エヴァンナがいなくなって、不安になっていたのだろう。
「…そこのソファーに座れ、話がある」
ユーリが命令すると、女たちは小さく悲鳴を上げながらも命令に従った。
余程酷い目に遭わされてきたのか、何か粗相をしてユーリに暴力を振るわれないか戦々恐々としている女奴隷たちに、『俺ってそんなに怖い顔してるのかな』などと内心でぼやいた。
ユーリは反対側のソファーに座り、女奴隷が自分を見る目からは『憎しみ』が抜け落ち、変わって『恐怖』に変わっていることに気付くと幾分マシかと思うことにした。
昨日の今日で自分たちの立場と境遇がどれほど幸運なのか、気付いたのか教えられたのだろうと思いついたのは、先ほど孤児院から出て行った『美魔女』だった。
「…お前達にとっては訃報だな、残念な知らせだ。
お前達を予約していた獣人の冒険者パーティーが今朝方王都から出て行った。
それまでは俺がお前達の面倒を見ることになる。
当面の間お前達には怪我を治し、健康的な生活を取り戻し、あのバカ冒険者共が帰ってくるまで『教育』を施す。
料理、裁縫、一般常識、計算、礼儀作法、その他諸々だ。
厳しく教育はするが少々粗相をした程度で罰を…拷問をするような事はしない、趣味じゃないからな。
とりあえずは以上だ、質問を許す。
何でも聞け、答えられる質問ならいくらでも答えよう。
失礼な質問に対しても、罰は与えないから安心して質問しろ」
奴隷たちにとって生きる為に最も安心する言葉は『許可』というものだ。
それは突き詰めていけば食事をする『許可』から始まり服を着る『許可』、睡眠の『許可』など多岐に渡る。
奴隷たちに『自由』は無い、全て主人の許可が必要となるのだ。
犯罪奴隷としての刑期を終えるか、または借金を返済するまで、奴隷たちは生きる為に必要な事象に『許可』を必要としていた。
そしてユーリは女奴隷たちに『如何なる質問を許す許可』を与えた。
しかも、女奴隷たちがユーリが不愉快だと感じる質問に関しても罰を与えないと口にしたのである。
女奴隷の1人―――エルフのアネーシャは隣にいる妹のエルフ―――ナターシャの手を握り締め口を開いた。
「で、では質問させていただきます。
ご主人様は―――」
「―――やめろ、俺をご主人様だとか言うな」
不機嫌が声に乗ったのか、ユーリの口調が二段三段と低いトーンになり女奴隷たちに重くのしかかる。
「…俺は奴隷制度というものが嫌いだ。
奴隷制度が無ければ生きていけないこの社会を受け入れはしているが、吐き気がするほど嫌いだ。
だから俺は他の主人たちがお前たちに呼ばせているような『ご主人様』なんていう言葉は嫌いだ。
俺を呼ぶときは名前で呼べ、俺の名前はユーリだ」
魔力は漏れてはいないが、ユーリの険しい表情と不機嫌な声で感極まったのか、ヒューマンの女奴隷―――ミズリーが小さく悲鳴を上げ体を縮めた。
アネーシャは早速やらかしてしまったと妹たちに心の中で謝ると、改めて口を開く。
「し、失礼いたしました、ユーリ様。
今一度、質問させていただきます…。
何故、私たちを教育などするのでしょうか?
私たちは…奴隷です、私たち姉妹は元冒険者で、戦闘技術ぐらいしかまともに習得したことがありません。
料理なら簡単なものなら作れますが…裁縫や礼儀作法といった事まで必要なのでしょうか?」
「必要だ」
ユーリは簡潔に答えるが、理由を話そうとしないので、アネーシャは続けてその理由が何故なのかを訪ねた。
「…はぁ、面倒だな、自分で考えようとしないのか…いや、奴隷になったら命令に従わないと生きていけないから、自分で考えるという人としての機能をなくしていったのか…道理で生気に乏しい顔並べてるわけか…知れば知るほど不愉快な制度だ」
舌打ちするユーリだが、ため息をつくと渋々ながらもアネーシャの尋ねた質問に答え始めた。
「…俺の持論だが、いろんな事を学んでも、それが社会に出て学んできた事を余すこと無く活かせる、なんて事は無い。
どれだけ苦労して覚えた公式、歴史的事件、そういったものは記憶から段々と失われていってものの役にも立たないガラクタに成り果てる。
それなのに、どうして俺が知識を…お前たちに教育を受けろというのは、『生きる為』だ」
別に奴隷だけの為で無く、人として必要だからユーリは学べとアネーシャたちに言う。
人が生きていく中で突然学んだ事の無い技術が突然必要となったとき、一から学び始める者のと、既に小さくとも下地のある者では歴然の差が出来上がる。
そして、そんな事は多々ある事だろう。
ユーリは別に教えた知識の中で不要ならば忘れてもいいと言った、必要なものは生きていく中で次第に洗練して生き残っていくからだという。
立場や環境で変わる事もある、商人の様に数字を扱い続けていけば次第に数字についてた小なりと計算が速くなる、その程度で十分なのだと説明した。
使用人として身を立てるなら、礼儀作法を覚えておけば主からの叱責を避けられる回数は増えるだろう、もしかすれば待遇も良くなるかもしれないとユーリは説明した。
生きる為に、たとえ奴隷になっても自らを向上しなければその環境は変わらないのだとユーリは断言した。
その環境を変える為―――良くする為には、どうすればいいのかを『学ぶ』必要がある。
だが、何の知識も無い、乏しい知識量では高が知れている、だからこそ広く浅くでも、狭く深くでもどちらでもいい、学び続ける意欲が大事なのだと語った。
「…お前達が今の待遇を諦め続けている限り、その惨めな状況が変わる事は無い。
小汚い服を着て主に不愉快な目を向けられ気分一つで生死が決まってしまう、お前達の価値なんて座っているソファー以下の存在だ。
……そんな惨めな環境を少しでも良くする為にも、学ぶ事は必要だ。
普通の主ならこんな事はしない、金はかかるし時間もかかる、何より物覚えの悪いバカに教えるなんて面倒くさい…が、一度決めた以上俺はするし、お前たちには何が何でもやってもらう。
今は分からなくてもいい、学びながらいずれ結論は出るだろう。
まぁ、俺から言える事は、死ぬ気で勉強すれば奴隷から解放される期間が短くなるぞということだな」
正直な話、ユーリはアネーシャたちを今すぐ開放しても何の問題も無い。
しかし、何の学も無い、冒険者から奴隷落ちした彼女たちは解放されたとしても時が経てば同じ立場―――奴隷に落ちているのが容易に想像出来てしまったし、最悪の場合のたれ死ぬことになるだろう。
ユーリはこの機会に手に入れた奴隷という存在を実地で知る事にした。
知識だけでも不快だった奴隷という存在が如何にしてその身の振り方を変えていくのか、見定める事にしたのである。
そのまま何も考えない人形同然に在り続けるのか、それとも奴隷の身分から解放され自由の身となる為に足掻くのか、奴隷という存在を間近で知ろうとしたのだ。
「そうだ…お前達のやる気を出せるような御褒美を用意しよう。
そのほうがお前達もやる気が出るだろうしな」
「ご、御褒美というのは…?」
「美味い食べ物だったり、綺麗な服を着たり…後は、お前達の辛い記憶を無くしたり…とかだな」
「「「「―――っ!?」」」」
闇魔法は精神―――突き詰めれば記憶を覗く事の更に延長線上には改竄が出来る。
ユーリはアネーシャたちにユーリが定めた合格基準をクリアできれば、盗賊たちに自分たちが受けた記憶の一切をなくす事を約束した。
アネーシャたちはユーリがかつて魔獣大侵攻を収束させた英雄だという事を知っていて、噂にある魔導師ギルドのギルドマスター、『魔道狂い』アドルフ・ピースマンと懇意の中であるというものだ。
未だ未発表の技術を多く抱えていると噂される彼の力なら、記憶の改竄など可能なのではないかとアネーシャは思ったのだ。
実際はそれらしい演出をしてアドルフに同席してもらうだけでユーリが記憶を改竄するのだが。
とはいえ、ヒューマンのミズリーともう1人の女奴隷ナマリアはアドルフの事を知らず、あの盗賊たちに嬲り者にされた記憶がなくなるという事に喜んだのだった。
「…それじゃあ、少し待ってろ。
念の為の逃亡防止の監視兼護衛を連れてくる。
あとは昨日世話をしてもらった商会があったな、あそこからも後日教育係が来る事になっている。
俺の方針…多少粗相をしても酷い事はしないように伝えておくから、励め。
以上だ」
ユーリは言い終えると立ち上がり、部屋から出て行く。
用は済んだとばかりの態度にアネーシャたちは呆気に取られたが、深く興味を持たれるよりはいいと思うことにして、口々にユーリの背中に感謝の言葉をぶつけたのだった。
その後アネーシャたちは監視兼護衛役のツァーリという冒険者と対面する。
が、失言を連発してユーリに耳を捻られて悲鳴を上げるなど、『これが監視兼護衛役なのか』と疑問を感じたが、思っていた以上に息苦しい生活になら済みそうだと思うのだった。
■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■
ソラージュ王国王都某所、そこではある影が忙しなく動いていた。
夜も更けているとあり、王都に住む殆どの者が寝静まった頃、ソレはいた。
「ウフフ、今日も良き夜ですねぇ…仕事のし甲斐があるというものです」
ユーリが召喚した下僕悪魔一号―――もとい、アルベルト。
否、現世では【水狂】シャークス・ベルバリンとして名を馳せているランク7の冒険者である。
数年前からこの肉体の権利を得たアルベルトはユーリの命を受け、第一王子アボリスに近付き、彼に近しい立場を得る為日々職務に邁進していた。
ここ最近は次期王太子と名高い第二王子エルライドに味方する貴族たちの切り崩しをアボリスたちから命じられ、各地の領地に赴いては貴族たちを襲っていたのだ。
今回訪れたのはベゾワール伯爵が治めるグイヨーム領である。
エルライドの才覚が見え始めてすぐに計算高い彼はエルライドに近付いた。
彼の令息であるゾンバーという青年は父と違い第一王子と同じ学院を過ごしたとあってか第一王子派であった。
アボリスはアルベルトに秘密裏にこのベゾワール伯爵を『引退』させ、息子であるゾンバーを当主に据えようとしたのである。
エルライドの派閥を切り崩した上に自らの派閥の強化することも出来る、一石二鳥だと笑ったアボリスだったが、笑っていられるのも今の内だとアルベルトはこの幸せな頭をした第一王子を嘲笑った。
第一王子の派閥はまるで気付いていなかった。
確かに何度か派閥の強化の為の工作は失敗したが、それは工作員―――アルベルト以外の者だから失敗したのだと思い込んでいたのだ。
アルベルトがユーリに流した情報のうち、今後のエルライドにとって必要な貴族以外は『不要』だからと見逃しただけであって、実の所政争の先、エルライドが王となった時本当に優秀な者さえいればいくら味方である貴族がいなくなろうと構わなかったのだ。
アボリスを支持するサウザー公爵家は魔獣大侵攻の被害が未だ回復しておらず失速していて、満足に派閥を維持できずにいた。
しかし、アルベルトがアボリスに『ある事』を吹き込んだ事で、派閥の結束力を強固なものにしたのだ。
「…たかが紙切れで勝った気になれるとは、人とはなんとも度し難い愚か者ですねぇ」
アルベルトが持っているのは『ソラージュ王国真王臣下録』という代物である。
この中には第一王子アボリスに味方する事で彼が王になった時、必ずその忠義に応えるという秘密同盟の帳簿なのである。
何故アルベルトがこの帳簿を持っているのかといえば、ゾンバーにこの帳簿に自らの名前を書かせる為だ。
仕事を終えたアルベルトはゾンバーに自らの名と血判を押させ契約を完了させたのだ。
契約魔法も兼ねているこの帳簿は一度出れば一切の抗弁も出来ないほどの重大な証拠になりえる。
それを一時的とはいえ持つ事を許されたアルベルト―――シャークスはアボリスにかなり近付いていたといってもいいだろう。
最後に裏切られると知らず、今頃王都で祝杯を挙げているだろうアボリスを、アルベルトは嗤った。
「ウフフ…せいぜい笑っているといいですよ無能な王子様。
我が主と…その主の栄えある未来の為に、貴方様に最後の花道を作って差し上げましょう」
アルベルトは『ソラージュ王国真王臣下録』に手をかける。
この決定的証拠を使い、最後を迎えるだろうアボリスの姿を想像しながら、彼は悪魔らしい哄笑をするのだった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
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