第02話 知識チート、難航中
第二話でございます。
一人称と三人称形式で執筆しております、何かおかしければご一報を。
前世にあった小説のジャンルに、異世界に来た主人公が現代技術を駆使して技術革新を起こすというものがある。
例えば羊皮紙を使っていれば植物紙に、味気ない料理を色鮮やかに、身を清潔にするために石鹸を作り、農業の効率を上げる為の肥料等々ナド、まさしく多岐に渡る。
ちなみに俺は料理くらいしかやっていないが広げてはいない、他は手間が掛かるし面倒だからだ。
だが、孤児院の院長になってからそうもいっていられなくなった。
院長職がメインになってしまった俺は本職の筈の冒険者業がやり難くなってしまったのである、本末転倒にも程がある。
2日も孤児院を空けて帰って来ると問題が山積みになっているのだ、のんびりとした冒険者生活は遥か彼方へと旅立った。
おかげで孤児院の庭でしか鍛錬が出来ない、魔法属性が大量にあるから自然と闇魔法―――影と水魔法を操る練度だけが上がっていく。
空間魔法は正直現在ネタ切れ中だ、それでも十分強いから普段から不可視の防御結界は自分の周りに張っているだけである。
話が逸れたな、戻すとしよう。
何が言いたいかというとだ、
「…金がどんどん減っていく…はぁ」
孤児院を運営して2年ちょっと、グリューシア孤児院の経済状況を記した帳簿はいつ見ても赤字である。
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休憩時間帯を狙って職員全員を呼び集めた。
現在は年長組が年少組と共に行動していて、こうした時間は最低集に二度はあった為、問題なく実行出来ていた。
全員が配られた月々の経費の書かれた書類を眺めて嘆息する。
商会―――会社の経済状況を全員が把握して嘆息するしかない。
「…相変わらず、酷いな」
全員が重苦しい空気を作り出している中でアッキーが肩を竦ませながら書類を机に置いた。
「まったくですね、月々の講義の収入など有って無きが如しですから。
本来孤児院運営が儲かるという道理は無いのも当然ですが、近くない将来、このグリューシア孤児院はアマリア教の孤児院と似たようなものとなってしまうのは目に見えています。
ユーリ様、ここはやはり毎週開いている講義の値段を上げるべきではありませんか?
ユーリ様の講義にはそれだけの『価値』がございます」
クリミナが少しでも孤児院に収入を得る為に日頃から行っている各講義の受講料の値上げを提案した。
この講義は本来知識の普及を目的とした俺が発案した計画だ。
が、低所得者たちで構成されている平民たちにとっていつ役に立つかも分からない知識を金を払ってまで得ようとする者は少ない。
そこで受講者を多く取り入れようと、提供する昼食と差し引いても赤字になるかならないかの値段で提供していたのだ。
この受講料はいわば客寄せの為の要素であり、それを今になって値上げしてしまえば今まで集めてきた受講者たちが段々と離れていくのは分かり切っていた。
一時期貴族や大商人を狙った高額の講義などを計画していたが、そもそも成り上がり者の俺に他の貴族が使用人に講義を受けさせる訳も無く、大商人たちも貴族の目を気にして講義を受ける者がいたとしても極少数となる為、計画の段階で白紙となったのだ。
「ダメだね、あの受講料は客寄せ効果が一番期待されているものだ。
おいしい昼食も出されて受講者たちは満足して帰り、また受講しに来るんだ。
尤もらしい理由で値上げしても、その内受講者たちは離れていくよ。
それよりももっと別のことに目を向けない?」
「…というと?
ユーリ様とアキラ様のいた世界の知識から何か得ようというのですか?」
クリミナたち側仕えも俺の前世について話している、ユーリとアッキーの関係が前世からの友人関係だった為に普段見せないほどアッキーを甘やかしていたのだと納得した。
別に甘やかしていたつもりはないんだが…まぁ、働くなくなっても養ってやるくらいは考えていたから、言われてみれば随分と甘い気がするな、改める気はないが。
俺の知識人としての一面にも深く感銘を受けて、受講者たちとは別にクリミナたちも俺から数学を始め物理学や科学などの知識を得る為、夜遅くの特別講義を受けていた。
寝る時間が減るから嫌なんだけど…本人たちのやる気と熱意に根負けして講義を実施していた。
「…そうは言うがなユーリ、お前の図書館並みの知識から何か出来るのか?
その手の知識が殆ど無い俺には手伝う事は難しいぞ?」
アッキーは俺と同じく工業高校出身で専攻していたのは情報系、主に電子機器等を扱う科だった。
情報的なスキルを発揮するのならともかく、まったく違う系統のスキルははっきり言って持っていない。
就職先もOA機器を取り扱う企業で異世界で役に立つ知識など小学生の頃の自由研究程度の知識しかないのである。
そもそも、転生してからも殆どの知識を欠損せずに継承している俺と自分を比べられては困ると、アッキーはクリミナ達に言外の線引きをした。
さすがに俺は父さんと母さんの遺伝子を継いでるだけあって、肉体性能は素晴らしいな、うん。
工業高校へとやってきた図書館並みの知識量を持つとされる俺とこの世界において役立たずの知識しか持っていないアッキーとでは同じ異世界人ではあるがまるで違うのだ。
まぁ、アッキーの知識は何時か何処かで役立つ………はずだ、たぶん。
「…アッキーは情報系だからねぇ…学校の図書館も工業系の書籍が大半で、娯楽小説も少なかったからなぁ。
もっと図書館で異世界にトリップしても安心なくらいの現代知識覚えておけばよかったのに」
高校時代の図書室を思い出すとももっと読書を勧めていればよかったが、まさか異世界にいくなんて想定していなかったから、無理もないか。
「無茶言うな、人との関わりを殆ど閉ざしていたお前と違って俺にだって立場っていうもんがあるんだよ。
第一、俺の小学生の頃の自由研究なんざパソコン一から組み立てるとか、簡単な表計算ソフト作るとか、それくらいしかやってねえっつうの」
さりげなく毒を吐いたアッキーにクリミナたちが軽く睨むと気付いたのかすぐさま顔をそらした。
別に怒ってないから睨まんでくれよ側仕えたち、アッキーの言い分もわかるから。
にしても、アッキーの特化振りには驚かされる。
「―――いや、小学生でパソコン一から組み立てるとか表計算ソフトをプログラミングするとか、アッキー情報系スキルに特化しすぎじゃない?
ちなみに俺が小学生の頃にやった自由研究は紙を一から作ったり、石鹸作ったり、火薬を作ったり、靴作ったり、あとは…」
過去の例を挙げていくと、アッキーが思わず席を立った。
「ちょっと待て、今お前火薬とか言ったか?
小学生がナニ危険物作ってるんだよ、材料どうした!?」
「ネット通販で簡単に買えたよ?
いやー、公開実験を小学校のグラウンドでしたんだけど、警察が来ちゃってすっごく大変だったなぁ。
テロ事件と間違われて通報されちゃった」
アキラは痛いものを見る目で呆れていた。
―――そして説教が始まった。
分別のつかない子供が人を簡単に殺傷できるものを簡単に作ってしまった事実に、それを止めようとしなかった周りの人間に呆れた。
特に一番身近にいただろう俺の姉さんがどうして止めなかったのか不思議で仕方なかったのだろうが、生憎と姉さんその頃高校が忙しくて俺にあんまり構ってくれなくてな、知らんのも当然だ。
危険だと理解していたはずの当人のバカさ加減に呆れ果てたと締めくくったアッキーだが、これでも動画投稿サイトで爆発物の危険性とか書籍を読んでその破壊力は想定していたから、別に脅威には感じなかったんだがなぁ。
ちなみに、この世界にも火薬はある。
とはいっても生産されているのは極少量で、主に使われているのは鉱山限定だな。
というかあんまり知られていない、軍人あたりが見れば間違いなく兵器に転用しそうなんだが、その気配はこの国では未だない。
他国は知らないが、まぁ銃火器が登場するのは当分先だろうと思う。
まぁ、魔法と比べてコストもあるし、資金のある国でもない限り揃えるのは難しいだろうが。
「……普通に事件だぞそれ。
よく鑑別所行かなかったな」
「厳重注意で終わったよ、日頃の行いってやつ?」
「イジメとかにならなかったのか?」
「逆に怖がってイジメてくる奴いなかったぞ?
俺に何かしたら火薬で殺されるって思われたみたい」
敬遠された俺は結局クラスで浮くことになり、図書館に篭る様になったのは巡り巡って今の状況に非常にありがたったな、面倒がなくなって俺の周りは静かになった。
まぁ、思い返せばボッチに自分からなっていったんだと表現するしかない。
クリミナたちは俺たちのやり取りを黙っていたが、俺がやらかし呆れられているのを見て、前世の世界でも変わらぬ生活をしていたのだと納得するのだった。
……まぁ、別にその納得の仕方に不満はないが、不本意だ。
話していくうちに、石鹸か植物紙のどちらかを作って販売していき、予算に充てていく事になった。
個人的には植物紙だが、アッキーは石鹸を推薦してきた。
「…火薬はともかく石鹸は良い案だと思うぞ。
紙もいいと思う。
この世界じゃ羊皮紙が主流だからな、植物紙を作れば間違いなく売れる、利益を丸々独占出来るな。
本は…活版印刷か、グーテンベルクのように金型から製作するのは骨だが、鍛冶屋とも提携を考えればどうにかなると思う。
……が、デメリットがある。
工業排水に関してはどう見通す予定だ?」
…そういえば、それがあったか。
「確かに…あっちの世界じゃ紙を作る過程で出ていた工業排水は環境にそれなりの悪影響を与えていたっけか…。
……植物紙は儲けの幅が広いから、レパートリーも増やせると思ったけど…悪手かな?」
「浄化の魔道具を作れるというのなら視野も入れておけ、多方面にも使えるだろうからな」
更に先の…再生紙を作る過程でも、リサイクルを名目に環境破壊の割が高くて本末転倒な事件もあった。
それを考えると、魔道具を作ってその手の問題を解決すればいい話だ。
とはいえ、植物紙に関しては材料を遠方にまで仕入れたりしなければならないし、契約に関しても問題が残っている、こちらは少し延期するしかないか。
まぁ、羊皮紙で装丁された本っていうのも趣があるし、別段嫌いじゃないからな、かさ張るのが面倒だが。
まぁ魔法でどうにかしようと思えば出来るが、俺の魔法頼りでこの新事業を続けていく訳にはいかない。
近い将来新たに出来るだろう孤児院では別の人間を立てなければならない、何でもかんでも俺がすればその分周りが成長しないからな。
魔道具なら…まぁ半永久的に稼動し続けるのは難しいだろうし、孤児院の中でも魔道具作りに興味のあるやつに教えればいいか。
その前に、浄化の魔道具を作らなきゃならんくなったが…まぁ、俺だし何とかなるだろ。
「石鹸に関しては一部の大商人が利益を独占しているらしいが、これは石鹸と似て非なる植物から出る泡で身体を洗うヴラムの実というものだ。
とはいえ、石鹸が出来たら間違いなくその市場を完全に独占できる。
この世界には独占禁止法なんてないからな、まぁあの王子様なら将来的に作ってしまいそうだが…それまでは…想像するだけで笑いが止まらなくなってくるな」
「……石鹸も作る過程で排水は出るんだけど……まぁ、紙の方と比べたことないからわからないなぁ」
あくどい顔をしている我が悪友に対してはノーコメントだが、まぁ言わんとする事は分かった。
正直言って工業排水に関してはどちらも出るんだ、そうなると問題なのはガキどもへの負担だ。
クリミナたちに聞いてみると、やはりアッキーの石鹸作りの方がガキどもの負担も軽いという事でアッキー側についた。
まぁ、別に不満もないから別に構わないけど…主人の俺に対して当たり前のように反対派に回るってどうなの?
「ユーリ様は世情に疎いので、我々が率先して主を支えさせていただきます。
その際、いくら主の願いであろうとダメな場合は却下いたしますので」
…母さん、うちの側仕えたちが厳しいです。
他の側仕えたちも同意していて、俺としても意固地になる気はないから決着がついた。
俺のやりすぎを理解した上での進言だし、控えることにした。
これ以上面倒を増やそうとは思っていないからな。
「となると、材料は油脂と苛性ソーダを反応させて…アッキー、苛性ソーダって劇物だ」
取り扱いを間違えると皮膚が爛れるし、下手したら失明の恐れもあるからな、当時の薬局でも身分証がないと売ってくれなかったのを覚えている。
…苛性ソーダ、水酸化ナトリウムか。
作れなくはないが…ガキどもにそんな危険物を使わせるのもなぁ。
原始的な石鹸を作るのなら話は別なんだが…前世の頃使ってみて使い心地いまいちだったんだよなぁ。
「冒険者になっていない年長組の孤児に説明するしかないだろう。
それか危険な担当を年長組にして、年少組は比較的安全な…型取りの作業とか、その辺りをしてもらえばマシなんじゃないか?」
なるほど、物の分別が出来た年長組ならそこまで心配する必要もないか。
苛性ソーダに関しても、厳重に保管しておけば間違っても持ち出すようなバカもいないだろうし。
俺の魔法で異空間にでも放り込んでおくか。
「となると、専用の工房も作らないと孤児院が臭くなるし…ゴム手袋はないから革手袋か、これも必要だ。
ああ、撹拌させたりする器具とか器もいる…出費がぁ」
「石鹸の儲けで取り返せ」
「初期投資で目を回してどうするのですユーリ様。
孤児院の未来の為です、頑張りましょう」
出費を軽く計算しただけで眉間にシワを寄せてしまった俺に、アッキーとクリミナたちから檄が飛んできた。
これといった収入も無いのに出費だけが嵩んでいくのだ、いくら豊富な資金があろうと限度というものがある。
頭が痛い…俺経営とか性に合わないんだがなぁ。
やっぱ切った張ったな魔獣討伐が性に合っていると思う。
「…材料はこの王都で揃うから遠出をする必要もないか。
植物紙ならそれに適した植物を探すために長期間遠出しないといけないと思うと、やっぱり石鹸の方が正しかったようだな。
俺が王都からいなくなると王子様の身辺が浮き立つ。
ただでさえもうすぐ王子様の成人の儀―――誕生会があるんだ、無能と評判のアボリス第一王子がちょっかいを出すのはまず間違いないだろうし」
俺が召喚した下僕悪魔、アルベルトは現在アボリスの周囲で護衛として雇われている。
ランク7の冒険者、【水狂】シャークス・ベルバリンとして活動していて、スパイ活動を命じていた。
かなり高位悪魔だったらしく、優秀で非の打ち所の無い功績で俺の印象は『口調以外は認めている』との評価を受けた悪魔である。
現在はアボリスの都合の良い暴力装置としてその役割を発揮していて、『お気に入り』になっていた。
具体的にいうと、エルライド側にいる貴族たちを暴力的に引退させるというお仕事だ。
正直エルライドが勝つのは間違いないんだが、その事に気付いて政争後いても邪魔な貴族がちらほらといる訳だ。
そうした連中を殺しはしないが表向き引退させて、『第一王子側につかなければ次はお前だ』的な、マフィアなやり取りをしているわけである。
まぁ、流石に看過できない時は邪魔しているがな、消えてもらっちゃ困る人材を消されちゃたまらんので、アルベルトからの連絡を受けて撃退するのだ。
第一王子の目論見も潰せられる上、助けた貴族には恩も売れる、一石二鳥である。
と考えてみたが、それを思うと手が足りないな。
「……じゃあ、もう一体悪魔召喚しようか?
孤児院の防衛力を低下させる訳にはいかないし、あの下僕悪魔よりも強い悪魔くらい今の俺なら召喚できるぞ?」
「あの司祭が気付くと思うんだが…」
アッキーの苦手なあのクソ司祭に関しては知らない。
別に敵対してもいい組織の人間だからな、化け物染みていてもどうとでもなる。
ステータスを見た限りじゃ、負ける気はないし、召喚する悪魔に関してもドミニクよりも強ければ問題ないはずだ。
「…大丈夫でしょ、受肉させるのはホムンクルスにするから嫌がられる程度じゃない?」
アマリア教において錬金術は忌避される異端の学問とされている。
その中でも『擬似生命創造』―――ホムンクルスと呼ばれる偽りの生命を与えられた魔法生物の創造は特に忌避されているものだ。
『神に創造された人が神を真似て偽りとはいえ生命を創造するなど言語道断』との事で、この世界において錬金術とは確立した学問ではあるが、さりとて万民に認められた学問とは言えずにいた。
要するに、宗教的にお前らの学問認めねえから、といわれているのだ。
俺はホムンクルスの創造に既に成功していて、一見して普通のヒューマンと変わらない身体的特徴を備えたホムンクルスを過去に創造していた。
とはいえ寿命が1年と短い為、一度きりである。
コストの割りに寿命が短過ぎる為にお蔵入りしていたが、ホムンクルスの肉体に悪魔を受肉させれば寿命など無くなり強力なホムンクルス、否、悪魔を手に入れる事が出来るのだ。
触媒に関しても残っている、1ヶ月もあれば再びホムンクルスが孤児院を歩く事になるだろう。
孤児院にいるガキどもはホムンクルスの事が苦手だった、何しろ人らしさのまるで無い機械人形同然の代物だったからな。
寿命の1年が経っても孤児たちから好かれていない為、尚更お蔵入りしていたのも原因の1つである。
「…まぁ、事情を説明すればどうにかなるか?」
「人材確保も急務だけど、経費のかからない悪魔を人員として確保する…ねぇ。
まぁ王都は人の出入りが激しい都市でもあるからな、身分証も用意すればおかしくは見られないか?
別の都市で少しばかり冒険者ランクを上げてそれから王都に来るっていう中期的な計画も立てれば誤魔化しは効くはずだ」
アッキーの意見を採用することにしよう。
いきなり現れてきても怪しまれるからな、王都に進出してきた有望株の冒険者を貴族兼冒険者である俺がチームに誘う。
実力的にもそれに見合う物にするつもりだし、問題ないだろ。
こういった場合、俺はいつもクリミナ達側仕えにも意見の同意、または他にも提案がないのか確認を怠らない。
何しろ政治的な見方などまるで知らない素人2人組だからな、他国とはいえ100年以上政治と関わってきたクリミナを筆頭とした側仕えたちの意見は俺にとって貴重であった。
「何の問題もないかと思われます。
石鹸を作ることについては更に綿密な計画が必要となるでしょう、早急に市場調査を行い必要経費などを確かめてまいります。
新たな人材については強さも必要ですが孤児たちを不安にさせないホムンクルスの創造を強く希望致します。
以前の作品にはいささか肉人形を見ているようで気味が悪かったので」
クリミナから的確でいて正直な意見が帰ってきて、他の側仕えたちも同意していた。
石鹸を作ることに関しては賛同していたが、人材確保について悪魔の受肉するホムンクルス創造については硬い声である。
どうやら孤児たちだけでなく現場で働く側仕えたちからも不評だったようだ。
クリミナたちからの声に頷いて、今回創造することとなったホムンクルスについては性能も含めて改良が必要だと感じ、俺は早急に錬金術の書籍を集めるようクリミナに追加注文するのだった。
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後日、ユーリは王宮へとあがると自らの主人である第二王子エルライドの元へと訪れていた。
隻眼の近衛騎士フィリップが傍らに控えていて、ユーリの差し入れである焼き菓子を苦い顔をして食べている。
以前の衝撃的な味を思い出しているのか、なんの細工も施していない焼き菓子は材料特有の仄かな甘みを醸し出していて、その文句の付け所のない味の所為か尚更苦い顔をしていた。
「……その新しい商売―――石鹸はいいね、物次第だけど王宮で買って宣伝に協力してあげるよ。
とはいえユーリ、貴族が表立って商売をするというのはあまり外聞が良くないね。
信頼出来る商会に任せて、そこで働ける孤児たちを働かせる、というやり方が貴族たちからの雑音を最小限になるよ。
あと孤児院の子供たちに仕事をさせるというのなら希望者だけにして、別の事をしたい子供もいるかもしれないからね。
参考にするといい」
石鹸の可能性に興味が湧いたのか、差し入れの菓子を頬張る美少年王子はユーリにアドバイスを与えながら報告を受け入れた。
かつて自分も石鹸の効果にその実で実感しているエルライドはあの時の感覚を思い出したのだろう。
エルライドはフィリップに近衛騎士団総団長フラウ・フォン・ミュンハウゼン子爵に身辺警護の人員を増やすように打診してくるように命じると、フィリップは手元に残った菓子を急いで飲み込むと執務室から出て行った。
そしてフィリップの気配が完全に遠のいた時、ようやくエルライドの口が再び開いた。
「……そういえば、いつまであの連絡無視するの?
僕の方にも抗議文がきて困ってるんだけど?」
「……本部の連中、なんて?」
「『将来有望な冒険者の一刻も早いランク昇進のため、ソラージュ王国所属ユーリ・フォン・ミツミネ殿の冒険者ギルド総本部まで召喚の御協力を願いたいたく』…要するに、『さっさと冒険者ギルドの総本部に来い』っていう事だね」
冒険者ランクの中でも7以上となると通常の実績だけでなく、評判、人柄、周囲への影響なども評価対象となる。
その全てに一定以上の評価されない限り、ランク7以上になる資格はないとされていた。
ユーリに照らし合わせると、実績はこの2年で数え切れないほどに上げられている。
ソラージュ王国内限定ではあるが、魔獣大侵攻における地竜討伐をはじめ焔竜討伐、王国南部におけるゴブリンキング襲来における平定、東海部におけるシーライガー撃破など、多岐にわたる。
大陸広しといえど、この2年足らずでこれだけの実績を上げた者は早々お目にかかれないだろう。
他の冒険者たちからの評判も良く、礼儀を守ってさえいれば何の危害も加えられず、なおかつ気が向けば新米冒険者に生き残るための助言などもしていた。
人柄に関しては先の通り礼儀を守れば何の害もない。
―――が、その礼儀が守られなかった場合、たとえ高位の冒険者であろうと容赦なく血祭りにあげるという残酷な人柄はソラージュ王国では平民から貴族まで広く知れ渡っている。
たとえ高位貴族であろうとユーリに対して居丈高な態度をとる事はないと噂されており、進んで近づく者はあまりいない。
貴族でもあり、国営の孤児院の院長でもあるユーリは他国へと訪れるという事はまずないだろう。
すでに各国を旅するという気もないユーリにとって問題ではない。
するとなればユーリの主人であるエルライドが訪問する場合だ。
護衛としてエルライドに同行する、もしくはエルライドの護衛を考える限り鉄壁の防御陣を作り上げた上で何らかの密命を受けない限り、ユーリがこのソラージュ王国の王都からは一歩も出ることはないだろう。
そもそもユーリは金銭を稼ぐために冒険者になったのであって、高位の冒険者、ランク7以上の冒険者になる気など元々なかったのだ。
冒険者ギルドの総本部は大陸中央にある自治州にあり、険しい山岳地帯にある為に到着するのに2ヶ月以上もかかってしまうだろう。
ユーリの空間転移であれば数時間どころか一瞬で着くだろうが、大陸東部にあるソラージュ王国から気付かない内に着いたとなれば当然その疑問が真っ先に浮かび指摘されるだろう。
それらしい嘘を用意すればどうにかなるかもしれないが、緊急事態が起きた時それを考慮しなければならないとなれば間違いなく破ってしまう自信がユーリにはあった。
だからといって、王都から、ソラージュ王国から2ヶ月以上離れるなど有り得ないと、『行く必要がない』とユーリは結論付けてしまったのである。
ランク6でも十分高位冒険者でもあるし、ランク7以上の冒険者となるとこれ以上の制約が課せられてしまうのだ。
となれば、デメリットしかないランクに魅力などある訳もなく、ユーリは再三この要請を無視していた。
それがどういう訳か飛び火して主人であるエルライドにも迷惑をかけてしまったことに素直に頭を下げた。
「……悪い、まさか連中がそんなに必死になって俺を呼んでるとは思ってなかった。
ったく、何度も言ってるのに『仕えている主人の元を離れる気はない』って」
「それがすごいよ総本部の方々、ユーリが総本部に行ってる間、ランク7以上の冒険者を5人僕に派遣してでも来て欲しいみたい。
もちろん、向こうが先に僕の護衛になった状態で、総本部に向かってもらう状態でね。
……なんだか必死過ぎて怖いね、何企んでるんだろう?」
「破格過ぎて怖いわソレ、余計行きたくなくなった」
むしろそこまで召喚したいのなら自分たちが来ればいいのに、などと思ったユーリだが、そんな返信をしてしまえば間違いなく何らかのアクションが起こるだろう事は予想出来た。
ただでさえ総本部は痺れを切らしてここまでの譲歩を出しているのである、これ以上余計な事をすれば、間違いなく乗り込んでくるだろう。
当面の間、国内の問題―――エルライドの成人の儀―――に集中したいユーリは面倒を起こしたくない為、エルライドに届いた召喚状を問題が解決するまで保留にした方がいいと提言した。
無視を決め込むよりはマシだという事で、『熟慮した上で再度返信する』と総本部には通達することとなった。
それが問題を抱える事になるのはユーリもエルライドも分かっていたが、万全を期する為、あえて後回しにしたのだ。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
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