第01話 成金だからって、散財できません。
本日2話目でございます。
プロローグをお読みでない方は、そちらからどうぞです。
今年は特に目まぐるしい年になると俺以外の誰もが気付いている、この国の節目となる重要な年だ。
今年は俺のご主人様でもあるソラージュ王国第二王子エルライド・ウル・ソラージュが成人、15歳になる。
そして王国どころか他国でさえ分かりきっているが、次期王を決める発表が間違いなくあるからだ。
貴族にされちまってはいるが、俺の立場は相変わらずエルライドの影の護衛だ、その点俺はある意味王からも特別扱いされた存在で、その分嫉妬も大きい。
まぁ、一応俺無理矢理だがこの国でも特記戦力に数えられてるし…ステータスを見てもそうだが、俺以外の奴を特別扱いっていうのも正直無理があるからなぁ。
久しぶりに自分のステータスを見てみる。
―――――――――――――――――――――
名前:ユーリ・フォン・ミツミネ(葵・三峰)
種族:ハーフエルフ
称号
受け継ぎし者
秘術継承者
灰銀の魔王
白金の魔王 *Lost
災厄の魔王 *Lost
万象の賢者
性別:男
年齢:14
魔法適正値
火:100
地:100
水:100
風:100
無:100
樹:100
闇:100
光:80
空間:100
精霊:100
―――――――――――――――――――――
相変わらずのチートぶりだ、見ていて卒倒したくなる。
暴走覚醒した時に光魔法と精霊魔法が増えた、さらにチートぶりが上がってしまった、どうしてくれる。
光魔法は正直獲得出来るとは思っていなかった、だって俺称号にある通り魔王だし。
この光魔法、適正値は80ながら応用すればかなりのチートができる、さすが勇者が発現しているチート魔法だ、そしてそれを手に入れてしまった俺は更にチートである。
前世の技術を転用して高圧縮した光線、有り体にいえば『レーザー光線』をぶっぱできるのだ。
もちろん光の速度だから、使用者である俺でも冷や汗が止まらない、当たれば絶対必殺だ。
アッキーはこの光魔法の適正値が100だから、本気で殺し合いになると俺の体が穴だらけになるのは確実だろう、もしもの時は空間魔法で屈折させて逸らすからそこまで心配はしていないが。
更には光学迷彩で透明人間なんて真似事も出来たりする、女子風呂覗けるんじゃないかと不埒な考えが浮かんだが、呆気なく無理だとわかった。
光の屈折によって姿を隠すのだから、湯気が邪魔してバレルのだ。
いや、元々する気はなかったから別にいいんだが、いざ白昼堂々暗殺する時のデメリットが分かってよかった、うん。
そして精霊魔法、これは少し扱い辛い魔法だ。
何しろ『精霊』にお願いして魔法を行使してもらわないといけない、不安定な魔法だからだ。
とはいえ、五大属性と比べてみるが威力はとんでもない。
適正値大体10、そしてそれに見合った魔力を供物した結果、五大属性だと大体20の魔法が発動した。
皮算用だがおおよそ2倍である、これはもう星を滅ぼせるレベルの威力だ、俺は時間があれば異空間の中でこの精霊魔法を猛特訓した。
使わなければいい話だが、死蔵していると精霊たちが不機嫌になってしまうのだ、普段孤児院のガキどもの護衛を任せているとあって、機嫌を損ねてどっかいかれても困る。
1年ほどでようやく形になった。
適正値100になると王冠をした精霊が出てきた時は異空間がずっと震え続けていて、いつ壊れるかと思うほど怖かった。
《精霊王》と名乗った良い感じの奴だったが茶飲み友達には出来そうにない、怖いし。
けどあいつら暇なのか、たまに俺の運営している孤児院の院長室で茶しばきにくる、マジやめてほしい。
そしていくつかの称号が増えた。
消えちまった称号【災厄の魔王】は初代魔王バアルのものだ、どうにか暴走した欠片を破壊したお陰か、あれから一度も勇者であるアッキーを殺そうという気にはならない、別件で自発的にぶっ殺したくなる時はたまにあるが。
この称号は使い物にならなくなっている、どうやら『Lost』となるとその機能を完全に停止してしまうらしい。
そして生きている称号がもう1つ、【万象の賢者】だ。
精密な魔法制御の補正とでもいえばいいんだろうか、少し訓練すれば大抵の魔法を効率よく使う事が出来ている。
あの制御の難しい精霊魔法を1年くらいで形にする事なんて出来なかったろう、今のところ一番活躍している称号だな。
「センセーあそぼー!!」
「ちっ、きやがったなあいつら、仕事中なのに」
現在アッキーや俺の側仕え達は今は出払っている、買い出した。
孤児達のうち現在扱っているのは60人、0歳から10歳までのガキが8割以上を占めている。
まだ物事を理解出来ていない奴らだから俺が貴族…というか俺を同じ子供としか見てない、視察に来た貴族がその光景を見て『舐められていますね』的な嫌味を吐き出すのは恒例だ。
とはいえ、9歳10歳くらい以降のガキはいい加減理解出来ているのか少しは控えるようになっていた。
11歳から15歳までの孤児は2割といったところだ、こいつらは年少組の纏め役を任せていた。
側仕えとアッキー、そして俺だけじゃ孤児院は回らない、そこでこの年長組の出番だ。
こいつらは正規の職員として孤児院で雇った。
側仕え達の家事手伝い、年少組の管理はあいつらの仕事だ、食事付き個室の寝床付きで月金貨2枚、2万コルドで雇っている。
休みもローテーションで確保しているし、ブラックとは程遠いホワイト企業だ、院長を除いてだが。
「ちっ、ガキども、俺は今忙しいんだ…おとなしくっ!?」
「「「「キャーーーーっ!!」」」」
扉を勢いよく飛び込んできて、年少組の、大体5歳から8歳のイタズラ大好きな問題児4人が院長室へとやってきた。
纏め役を撒いてきたのか、元気な奴らだ。
「ユーリ、遊ぼうぜ!!」
「砂場いこー!!」
「ダメー、ユーリはあたしとお人形さんごっこするの!!」
「あそんであそんでー!!」
人の話を聞かない、感情的なガキっていうのは前世もそうだがどこの世界も変わらない、世界共通なんだろうな。
最初この孤児院に来た時は俺達に怯えていたがうまい飯と安心して眠れる寝床で1週間で懐いてきた、チョロイのは楽でいいんだが懐き具合が鬱陶しい。
「…シドッ!!
てめえ、お守りもロクに出来ないのかこのバカがっ!!
給料差っ引くぞ!!」
とりあえず砂場へは行かない、俺はノーといえる人間だ。
シドは孤児院の纏め役の1人、随分前に王都守備隊のクズとやりあった時に出会った孤児だ、孤児を募集したとき、こいつのグループが一番に俺の孤児院にやってきた。
纏め役でもリーダー格で、休みの日は冒険者見習いとしても活動している働き者だ。
はじめて会った時は俺の財布から掏ろうとしたアホだったが、今では足を洗っている。
ていうか、俺の孤児院ではそういう犯罪行為をしなくてもいいと言い聞かせた、物理的に。
昔の癖でスリとかかっぱらいとかされたら、口うるさい貴族から孤児院でどういう教育をしているんだと言われたら困るからな。
生きていく上でそういう事をしないといけなかったんだ、もうしなくてもいいと言えば大抵のガキは納得した。
とはいえ、スラムとの関係は意外と根深く、引き取ったガキどもに接触したバカどもがいる。
俺が金を持っているからって、ガキどもを使って金を盗ませようとしていた。
ガキからすればそういった連中からの指示は受けないといけないと本気で思っていたからな、言い聞かせるのに大変だった。
面倒だったから、俺はガキどもに命令したバカどもと話し合いで解決した、物理的な楽しいお話だ。
コブシを使ったコミュニケーションである、小1時間ほど話し合えばどいつもこいつも笑顔で納得してくれた、やっぱ話し合いで解決したのは良い事だ、平和が一番だな。
ドタバタと院長室へと走ってくる足音が聞こえてくる。
曲がり角から現れたのは赤毛とそばかすが特徴的なヒューマンのガキがいた。
シド・アドヴァンスというこのガキは支給しているエプロンに泡をつけて、手もどこか濡れていて洗濯中だったんだろう。
大方洗濯中に夢中になって目を離した隙に逃げられたんだな、冒険者見習いを抜けてもマトモに仕事をこなせるか心配になって来る不注意っぷりだ。
個人的にはシドが冒険者になっても中級に上がれるか不安で仕方ない。
あぁ、ちなみに俺は少し前にランク6になった、相変わらず史上最年少記録を更新中である。
二つ名も『黒き狂戦士』と呼ばれていても最近は怒らなくなった、身長が伸びるまでこの不名誉な二つ名は甘んじて受けようと思う。
アッキーはのらりくらりとしているがランク4になっていて、俺とよく行動していてその美貌も相まって有名人だ。
不愉快な事にハロルドさんとアッキーと俺がただならぬ仲と噂も出てきていて、ノエルに揉み消しを頼むのもバカにならない経費が出ている、自腹だが。
「わ、悪いユーリ院長!!
洗濯してたら逃げられた!!」
「開口一番言い訳かよ、ったく情けない。
冒険者なら気配ダダ漏れなガキ4人くらい気を配れ!!
スラム育ちは気配に敏感だとか言ってたのはホラか!?」
殺伐とした環境で生きてきたスラム育ちのシドは気配に敏感ではある。
だが、マルチタスク…同時にいくつもの処理をするのは苦手で、1つのことにしか集中する事しか出来ない。
これで纏め役でもリーダー格とかどうやってこなせているか不明だ、不満が上がってこないようだからほっといているが、いつ問題が起きないかこの2年ほどハラハラしっ放しである。
「うっ…す、すんません」
しょぼくれるシドははじめて会った時と比べて素直になった、あの頃は突っ張っていないと生きていけなかったからだろう、随分と丸くなったもんである。
「ほれ、ガキども、俺は今忙しいんだ。
あとでシドが砂場で遊んでくれるからそれまで待ってろ」
前世の姪っ子ほど可愛いとは思っていないが、何年も一緒にいれば情も湧くものなのか、俺から離れようとしないガキどもを1人ずつ引っぺがすと、シドに渡した。
「えーシド洗濯してて遊んでくれないよー」
「つまんないー」
「いつまで待てばいいのー?」
「ユーリあそんでくれないの?」
ピヨピヨと小うるさいガキ共である、とはいえ怒鳴っても理解出来ないので噛み砕いて教えることにした。
「洗濯が終わるまで先に砂場にいろ、そうすりゃそのうちシドの奴が来る。
間違ってもお前らだけで孤児院から出るなよ?
怖い奴がお前らを食べちゃうんだからな?」
少し前に孤児院のガキを誘拐して俺から身代金をふんだくろうとしたクズがいて、冒険者の依頼を受けていた俺は急遽王都に戻って誘拐騒ぎを解決した。
あれ以来、孤児院から出てもいいのは冒険者見習いをしている年長組だけだ。
年少組は許可制で一回につき3人まで、保護者を2人つけての外出を絶対の基準にしていた。
「コワいのはヤダー!!」
「すなばであそんでるよっ!!」
「シド、はやくきてねー!!」
「すなばまできょうそー!!」
俺はシドに目配せすると院長室へと戻っていく。
ったく、面倒ばかりこの孤児院は起きる、人材不足のせいだ。
アマリア教の連中も何度もここに来てガキどもを引き取ろうと鬱陶しいし、商業ギルドは希望している人材を送ってこないし、アドルフは魔道具開発を誘ってくるし、冒険者ギルドは俺を舐めたバカが一定数いるし。
「…はぁ、最近溜息ついてばっかだな俺って…」
ため息をついたら幸せが減っていくという言葉が前世でもあったが、それを思うとこの2年ちょっとで俺はどれだけの幸せが逃げていってるのやら、考えるだけでも恐ろしい
最後の書類のサインを終えて最近仕入れた紅茶を飲んで一息ついていた。
すっかり冷めている、温かかったらもう少し味がしたんだろうが、今更である。
すると、下の階から孤児院が揺れるほどの大声が聞こえてくる。
「―――失礼する!!
ここにユーリ・フォン・ミツミネ名誉男爵閣下はおられるか!?
自分はドミニク・ヴァレッティーノ司祭である、面会を願いたい!!」
「……またきたのか、あのクソ司祭」
ここ数日、仕事の邪魔をしてくる頭痛の種がまたやってきた。
先月からアマリア教国の赴任してきた司祭だ。
人格者で信者に慕われている裏でかつて勇者であったアッキーに剣術のみならず、あらゆる武術を叩き込んだ聖騎士の1人でもある。
どう考えても本国からこの国を調べろと言われたとしか思えない人選だった。
通称『撲殺司祭』と呼ばれていて、25年前にアマリア教国で起きた自然発生した魔獣大侵攻で生き残った聖騎士。
エルライド経由からきた情報では、武術の達人として有名で巨大な棍棒を操って魔獣の群れを撲殺しまくって物騒な呼ばれ方をされていた。
第一印象は筋骨隆々、熱血親父という獅子の獣人だ、激しく係わり合いになりたくない。
狂信者でない事が救いだが、アポも取り付けずに孤児院に来ては入り浸って俺の仕事の邪魔をする空気の読めないバカだ。
何の狙いかは未だに読めない撲殺司祭は何度も俺の名前を呼んでいた。
「…居留守使いてぇなぁ」
気配でバレると分かっていても逃げ出したくなる面倒事の所為で、頭の後ろが痛くなってくる俺なのだった。
■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■
まるで似合っていない特注の司祭服を着込んだ筋肉質の大男が院長室をノックした。
『どうぞ』
一言、若い子供の了承した声を確認すると、アマリア教国司祭、ドミニク・ヴァレッティーノは扉を開けた。
「失礼するのである!!」
大砲のような声が扉を開けて最初に向けられると、ハーフエルフの少年、ユーリは心底嫌そうな顔をしてドミニクを迎え入れた。
いまさら取り繕ったところで、混血児とされるユーリがアマリア教を嫌っているのは周知の事実であって、面と向かって暴言を吐かない限り教会側も抗議しなくなっていたのである。
「ドミニク司祭、今日はどういったご用件で?」
アポも取らずにやってきたドミニクに、なるべく嫌味のない言葉をかけたユーリは執務机から応接用のソファーに座った。
ドミニクも連日の訪問で図々しくなっているようで、挨拶もそこそこに、備え付けの焼き菓子をバリバリと頬張っていた。
その姿に青筋を浮かべたユーリであったが、いつもの事だと思いドミニクが焼き菓子の皿を空にするまで待つことにした。
この時、本来はメイドが紅茶を運んできたりするのだが、孤児院という場所もあって、紅茶を運んできたのはエプロン姿のシドであった。
シドもドミニクが苦手なのか、紅茶を置くとそそくさと出て行く。
孤児たちとの相手を抜け出してきたのか、扉を閉めると気配があっという間に遠くなったのに気付き、ユーリは仕事の邪魔をしたドミニクをうっすらと睨むのだった。
「相変わらずこの孤児院の菓子はうまいな!!
専属の料理人を雇っているのであるか?」
「側仕えに料理好きな奴がいて、俺も一緒に考案した焼き菓子だ。
下賎なハーフエルフが作った菓子をアマリア教国でも有名な司祭が食べるとは思ってもいなかったな」
嫌味満載でつっけんどんな口調のユーリではあるが、ドミニクはまるで気にした様子もなく豪快に笑ってみせた。
ドミニクはユーリが警戒心の強い子供としか見ておらず、そこにはユーリを汚い物を見るような穢れが一切ない。
アマリア教国でも高潔な人物としても知られているドミニクは、ある意味では異端的な人物としても有名であった。
教会の見解である『混血は神が生み出した種族じゃない、よって不吉』という見解を真っ向から否定しているのだ。
本国の上層部からも煙たがれていて、それが原因でソラージュ王国への調査と銘打った左遷ではという推測も立っているほどで、ユーリとしてはこの暑苦しい獣人に対して未だどう対処していいのか分からず、きつい態度をとっていたのだ。
決して食事時やおやつの時間を狙って来ているドミニクの計算高さに苛立っている訳ではない、筈である。
「そうか、ユーリ殿は菓子も作れるのであるな!!
自分は料理といえば焼く位しか出来ないので、羨ましい限りである!!
前から言っているが、自分はユーリ殿を下賎などと微塵も思っておらんぞ、心配無用だ!!」
「…ではいい加減ご用件をお聞きしましょうか?
いつもの件でしたらお断りしますよ」
態度を改めず、軽く聞き流したユーリにドミニクも頭を掻いてしまった。
「むぅ、取り付くしまもないとはこの事であるな、参ったものである…」
『いつもの件』というのは、このグリューシア孤児院にいる孤児たちの引取りである。
本来孤児院は教会の領分であり、スラムにいた孤児たちに救いの手を差し伸べるのは教会関係者たちからすれば当然のことであった。
しかし、最近になってその領分を侵したのがソラージュ王国である。
新たな国営事業として、スラムにいる孤児たちを将来の犯罪者にしない為、または将来の人材確保の為に孤児院を独自に運営しようとしたのである。
この孤児院にいる孤児たちは将来的に貴族が受ける様な高度な教育を施され、様々な得意分野毎に王国に関わっていく事が決まっていた。
とはいえ、文官や騎士になることでも、宮廷魔導師になる事が決まっているという訳ではない。
民間の冒険者や商会などが中心で、本人の努力次第で王宮に仕えるという選択肢があるだけなのだ。
王国はこの国の人間全てに対して『誰もが幸福になれる権利』、突き詰めていけば、『公平』になれる機会を与えたのである。
この絶対王政という厳然たる階級社会の中で、どうしても『平等』という言葉は誰しもが信じていなければ期待してもいないものであった。
底辺の者は底辺で一生を過ごし、富貴なる者はよほどの下手を打たない限りその一生を過ごす。
極端な不平等が蔓延したこの社会を少しでも改善しようとした王国が打ち出したのが、この孤児院なのである。
孤児たちは一定数ではあるが安定した食事と安心して眠れる寝床を提供され、一定の年齢に達すれば最高学府である学院と負けず劣らずの高度な教育を受ける事が出来る。
この教育に関してはユーリをはじめとした孤児院関係者たちが週に三度実施していて、誰もがその教育水準に驚いていた。
戦闘、魔法、作法、歴史、計算、料理と様々な教育を無料で受ける事が出来るのだ。
しかもこの勉強会は孤児院の孤児たちだけでなく、一般の人間でも受講することが可能だ。
こちらは有料ではあるが、学院に対して毎月払う授業料の10分の1にもならない金額でしかなく、家計の負担にもならない程度であって問題とされていなかった。
この授業料は受講者の昼食代になると事前に通達されていて、この昼食だけの為に受講する者も少なくないほどの料理が出されていたのである。
ここで面白くないのがアマリア教、そして学院である。
彼らは確かに孤児院を運営してはいるが、それは最低限度の食事の提供や寝床の提供であって、
一定の年齢になれば何の援助もなく卒院―――実も蓋もなく言えば追い出すのだ―――する事となるのだ。
グリューシア孤児院の様に将来の為の手助けなど教会の孤児院は一切していない。
ただ生かして、アマリア教の教えを教会関係者が教え込むだけである。
いわば信者を獲得する為に孤児院を運営するだけで、本当に生かしているだけなのである。
学院にしても権力者や大商人といった者たちが幅を利かせていて平民からすれば居辛い環境が出来上がっていて、一部の教育者がいくら奮闘しようと、中々に成果が上がっていなかった。
そのどちらのお株を奪ったのがユーリが運営しているグリューシア孤児院なのである。
おかげで週に何度かアマリア教、学院の関係者が面会の要望を出さずに訪問しては難癖をつけて帰ってくのだ。
ユーリとしては仕事の邪魔だとしか思っていない。
眼中にない、その態度がまた相手の態度を硬化させてしまっているが、自分たちのやっている事を間違っていないと自信を以って言えるユーリは譲歩など欠片たりともしようとしなかった。
目の前にいる鬱陶しい司祭が一刻も早く消え去ることだけを願っていたのである。
「そちらの孤児院に引き渡したところで、あの孤児たちはすぐに脱走してここに戻ってくるだろうさ。
第一、ロクな教育もせずただ生かして一定の年になったら追い出すような施設にこの国の人間を置きたいと思う筈がないだろうが?
それを領分を侵すなだとか戯けた事言いやがって、お前らが孤児院を信者集めの延長線上でしか扱っていないのなんて誰も言っていないが丸分かりなんだよ。
よほどの才能がない限り、追い出された孤児たちは十中八九スラムに逆戻りだ、闇社会に飲み込まれてロクでもない運命を辿るしかない。
……で、教会はそんな事になってもいいから孤児をよこせって言ってるんだよな?」
「…むぅ、耳の痛い言葉であるな。
反論の仕様が無いのである」
ここまでがいつも通りの応酬だ、使う言葉が段々と荒れていき、現在ではここまでズケズケと言う様になったユーリはドミニクではなく教会を批判した。
実際ドミニク自体は評判通りの高潔な人物なのは確かだが、所属しているのが教会な以上はユーリはドミニクに対して頑としてこの提案に頷く訳にはいかないのだ。
「では…洗礼の方はどうであるか?
大聖堂もユーリ殿のお布施次第で…」
「誰が差別意識満載の生臭坊主どもに大切な金を出すかっ!!
寝言は寝て言えっ!!」
貴族のみならず、教会の方でもユーリから金貨を掠め取ろうと企んでいて、特別にハーフエルフであるユーリにもアマリア教への入信を認めようとしていて、その代償として高いお布施を求めていたのである。
魂胆が見え見えだと鼻で嗤ったユーリだが、懸念している事はあった。
ソラージュ王国の国教はいわずと知れたアマリア教であるが、国に仕えている貴族たちは揃ってアマリア教へ入信、洗礼を受けているのだ。
とはいえ、ユーリのようなハーフではなく、ヒューマンの貴族、エルフの貴族といった『純血』の貴族たちばかりな為に、これまで問題にすらされていなかったのである。
しかし、ハーフエルフであるユーリが一代限りとはいえ貴族になった以上は洗礼を受ける必要があったのだが、通常のお布施の何十倍と高い金額を要求されてしまえば、嫌でもその狙いが何なのか、分かるというものである。
その場に居合わせた司祭や司教、そして洗礼を執り行おうとしていた大司教などは尤もらしく、『混血であるミツミネ卿にはより深い信心が必要なのです』とユーリの頭には理解出来ない言い訳をしたが、逆にユーリの怒りを買ってしまい洗礼を前に帰ってしまったのである。
もちろんこれは王宮でも問題に上がった。
教会の露骨な金銭目的の行為に王宮も厳重な抗議をして以降、教会はドミニクを通してユーリに洗礼の値段交渉している次第なのだ。
とはいえ、ユーリはいくら減額されても首を縦に振らない。
教会も本国から厳重注意を受け、通常以下のお布施で手を打とうとしたが、最初の一件以降ユーリは『洗礼』という言葉を聞くとこれ以上の交渉が完全に止まってしまうのである。
国からも文句は今のところ大きな声は一部でしか上がっていないが、それは元々ユーリの一代限りの名誉貴族叙爵に反対している者なので考慮には入っていない。
ドミニクは今日の交渉は終わったなと諦めるしかなかった。
「…ところで、今日はユーリ殿の護衛隊長であるアキラ殿はいないのであるか?
自分のような立場の者が来て、護衛も無しに会うのというのはあまり感心しないのである」
話題を変えるため、ドミニクはこの場にいないアキラがどこに行ったのかを尋ねた。
「…彼は孤児たちと共に本宅の方にいる。
手合わせをしたかったのだろうが、またの機会にしてもらおう。
…というか、本人が嫌がっているのに手合わせを申し込むのはやめてもらおうか」
ドミニクがこの孤児院に来た理由の1つがアキラである。
ユーリが名誉男爵となった際にまず行ったのが家臣を作る事であった。
大金を持った新興の、一代限りの貴族に他の貴族たちがこぞって身内を推薦して家臣にと勧めてきたのである。
当然だが思惑もあり、ユーリと関係を持つことでその延長線上にいるエルライドと関係を持ちたいのだが、ユーリとしてはエルライドに迷惑をかける気など一切無かった。
そこでアキラを自らの家臣に取り立てたのである。
とはいえ、形だけであるのは本人たちも了承しており、お互いが普段と変わらぬ気安い関係を保っていた。
大事なのは、ユーリの周りに有害な存在を置かずに済む為の対処だったのだ。
公の場でない限り、2人は堅苦しい敬語も何も使わない、気の置ける悪友同士の関係である。
本人は武者修業の旅に出たいのにと愚痴っていたが、戦闘経験豊富な面々がこのソラージュ王国には多くいる。
その筆頭がこの魔王なのだから、この孤児院で戦闘経験を積んだ方が成長も早いだろうと説得したのである。
もちろん側仕えであるエルフ達、クリミナ、エルロイ、フラム、クリュシナ、ゼハースは当然の如くユーリは家臣へと迎え入れていた。
ユーリが爵位を持った事を一番喜んでいたのは彼らであり、また複雑そうに感じていたのも彼らである。
それもその筈で、本来ユーリは一貴族では収まらない血筋を持った、いわば『貴種の中の貴種』ともいえる血を受け継いだ存在なのだ。
ソラージュ王国元第一王子であるラインハルトと、 エルミナ神樹国第二皇女にして最高位の巫女、カリュラリシアという本来ありえない2人から生まれたユーリは、世が世ならばどちらかの国で時期国王候補、皇帝候補になったかもしれないのだから、当然といえよう。
とはいえ、本来ユーリはそんな面倒事と関わりたくないからこそエルライドを影から支援しようと決めていたのに、いつの間にか名誉貴族となってしまったのだから運命は思わぬ悪戯を仕掛けてくるものであるとユーリはぼやいていた。
―――話を戻して、ドミニクがどうしてアキラとも会いたがっていたかといえば、それはアキラの前歴にドミニクが興味を持ったからだ。
アキラはこの世界に来て一時期ドミニクから『勇者シャイン』として武術指南を受けていたという事もあり、その中でアキラの仕草が、具体的にいうと『体の運び方』に興味を持ったのである。
ドミニクはその仕草にアキラが聖騎士の武術に通じていると気付き、アキラにどこでその技術を学んだのかと仕切りに尋ねてきたのである。
異世界にきた恩恵なのか、アキラの武術の腕前は達人級と称してもいいほどで、あまりの出来にアキラが元聖騎士団に所属していたのかと考えたのである。
しかし、アキラは聖騎士の技術は封印して、現在はソラージュ王国に伝わる剣術を主体とした戦闘スタイルでいたため、どうやって気付かれたのか分かっていなかったのだ。
簡単な事で、ドミニクの武術家としての並外れた才能が常識外れの領域に達していて、微かな仕草を見ただけでアキラが聖騎士の技術を持っていると直感で知ったのである。
アキラは苦し紛れに『以前旅をした時に聖騎士の戦闘を見て、それを真似た』と返したのだが、見ただけでそれを習得してみせたアキラにドミニクが感銘を受けて、手合わせを申し出たのである。
結果は引き分け、冒険者ギルドの練兵場が1週間の使い物にならなくなり継続不可能になった。
以来アキラとドミニクの模擬戦闘は冒険者ギルドから許可は下りず、またユーリとアキラの戦闘も同様に許可は下りなかった。
現在アキラの冒険者ランクは4で、ユーリの最年少記録を塗り替えようとせずのらりくらりとしながら冒険者としての評価を受けていたのだ。
過去に魔獣大侵攻で特例として戦闘能力を買われて参加したアキラが、高名な聖騎士であるドミニクが戦ったことで起きた事態に、冒険者ギルドの対応は正しかったといえよう。
高位冒険者に匹敵する力を持つ2人に、冒険者ギルドの練兵場では役不足なのである。
よって出禁ではないものの、模擬戦闘を行うにしても厳重な審査が通らない限りユーリ、アキラ、そして部外者であるドミニクは練兵場を使う事を固く禁じられていたのだった。
以来ドミニクは王都の外で戦おうと孤児院に来てはアキラを誘っているのだが、その誘いに一切応じないアキラはいつしかドミニクが来訪しそうな時間帯には外出するようになっていた。
別段ユーリは護衛を必要としない戦闘能力を持っていた為、気にはしていない。
とはいえ、表面上護衛であるアキラが護衛対象であるユーリから離れて孤児院にいないという事が知れてしまうという問題が発生している。
だが、孤児院の周りにはユーリが空間魔法と闇魔法を組合わせた結界が張られており、害意ある存在がこの孤児院に近寄ることは出来なくなっていた為、過剰な防衛戦力は必要としていないのだ。
近付こうとしても、目的を忘れて雇い主の下へと戻っていくだけで、孤児院にいる以上は何の心配も無いのである。
とはいえ、最近は約束も取り付けずやってくる来訪者の所為でその結界の効果を減衰するしかない。
おかげでこの孤児院の防衛戦力は緊急時以外最低限の防御力しかない、一時的に敵を招き入れる恐れがあるのだ。
その為、普段からユーリは冒険者としての仕事を受けるにしても短期間に終わる討伐依頼しか受けられず、ストレスの溜まる日々を送っていたが。
「……仕方ない、また機会を伺うのである。
それでは、長居してしまうとユーリ殿に迷惑がかかってしまうから、これでお暇するのである!!
またうまい菓子を期待するのである!!」
「タダ飯喰らいめ、次からは絶対に茶菓子なんて置いてやらないからな」
「ははっ!!
そういってはいつも院長室に菓子を置いていては説得力が無いのであるな!!」
本来はユーリ自身の糖分補給の為の菓子なのだが、ドミニクが勝手に食べているだけである。
「で、でていけえーーーっ!!」
「失礼するのである!!」
ユーリの顔が真っ赤に染まってドミニクを怒鳴り散らすと、意に返さずに豪快に笑った獣人司祭は院長室から出て行くのだった。
未だに怒りで高ぶっているユーリは院長室から外を眺めた。
ドミニクが孤児達やシドと軽く挨拶を交わして『また来るのである』と言って孤児院を去っていくのが見えて、ユーリは頭を抱えてしまった。
「…もうヤダあいつ、あいつの所為で俺の菓子がなくなったじゃねえかよぉ。
また来た時にクソ不味い菓子を置いて…いや、それは俺の矜持が許さない。
作るなら美味い物だ、ワザと不味い物を作って材料を無駄にするとか孤児院での俺の教育方針に反している。
…ということは、またたかりに来るクソ司祭には材料が足りないとか言って諦めさせて、料理も人数分しかないと言って食わせなかったら…あの食い意地の張ったクソ司祭に食わせなくても良くなる筈……だよな?」
成功するかも怪しいと思ってしまったユーリは、疲れた溜息をついてしまうのだった。
後日、材料が足りないとドミニクに食べさせる料理は無いと冷たくあしらったユーリは何十分かして市場から山のような材料を持ってきたドミニクに『これで料理を作ってほしいのである』と言われて、何故かユーリまで調理場で料理をする羽目になったのは蛇足といえよう。
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