9 負けないわよ
結論から言うと、セドリック殿下と私の初めての顔合わせは何事もなく終了した。
何しろ私たちは初対面だったので、お互いに「踏み込んだ話題はやめよう」という意識が働いたのだ。
だから自然と会話は無難なものになり、殿下の話は生まれたばかりの弟王子、ジェレミー殿下に集中した。
手も顔もすごく小さくて可愛いとか。
やっと立つようになったけど、すぐに転んでしまうとか。
私はセドリック殿下の話を聞きながら、王太子に選ばれるのはどちらだろうかと打算的なことを考えていた。
(お二人とも王妃様のお子で、年齢差は七歳……。順当にいけば、セドリック殿下が王太子となられるでしょうね)
ルヴァルノ王国においては、王侯貴族の当主は正妻が産んだ長子が選ばれるのが普通だ。
下の子に家督を譲るケースは相当珍しく、余程の能力差がなければまず起こりえない。
現国王陛下には側妃はおられないから、ジェレミー殿下が奇跡のような能力を保持していない限り、セドリック殿下が王太子となるだろう。
「今日は楽しかったよ、ありがとう。また手紙を送るね」
「こちらこそ、ありがとうございました。またお会いできる日を、お待ち申し上げております」
かなり気を遣って話しただろうに、セドリック殿下の顔には疲れの色はなかった。
相変わらず笑っているのは口元だけだったけど、私は殿下のことをさすが王族だと尊敬した。
(王族になったら、いま以上に他人の目線を気にしないといけないのね。私がミスしたら、殿下の恥になるんだわ)
セドリック殿下が乗った馬車が正門を出てから、私はユリウスの方に体を向けた。
「ご苦労さま、ユリウス。護衛騎士としてよく仕えてくれたわ」
「はい! 姉上のために頑張りました!」
今日だけの護衛とはいえ、私の後ろでずっと立ちっぱなしなのは辛かっただろう。
最初こそ変な言動で私をヒヤヒヤさせたユリウスだけど、お茶会での彼は口を挟むこともなくとても静かで、立派な騎士だった。
「もうひと頑張りできそう? これからダンスの特訓をしたいのだけど、あなたが私のパートナーになってくれないかしら」
これまでは頭に教養を詰め込むことを重点的にしてきたけど、今後はセドリック殿下のパートナーとして相応しい言動を身につけなければならない。
早い話が、セドリック殿下と一緒に夜会に参加した時に、ダンスでのミスは許されないということだ。
大勢の貴族が見守っている中で殿下に恥をかかせてはならない。
「……! 僕がですか? 僕が姉上のパートナーなんですか?」
「練習ではね。あと何年かしたら夜会に出る機会があるでしょうし、その時にセドリック殿下に恥をかかせる訳にはいかないもの」
私が言うと、ユリウスは急に暗い表情になってしまった。
本当に私は意地悪な姉だ。
弟を踏み台にしようとしているのだから。
「……」
ユリウスは俯いて、地面をじっと睨んでいる。
怒らせてしまったかもしれない。
「あなたを練習台にして申し訳ないとは思っているわ。無理ならいいのよ」
「……いいえ、無理ではありません」
ユリウスはぼそぼそと言ってから、顔を上げた。
「たとえ練習だけでも、姉上のパートナーになりたいです」
「ありがとう。私と一緒にダンスするのは、あなたのためにもなるはずよ」
いずれコンテルノ公爵家を継ぐユリウスは、どこかの貴族の令嬢を妻として娶るはずだ。
夜会に参加する機会は数えきれないほどあるだろうし、ダンスの技術を磨いて損なことはない。
「そうですね、僕にとってはご褒美です」
(前向きね……。あなたも私を踏み台にするつもりなのね? 公爵家の跡取りらしくなってきたわね、ユリウス)
自分の技術を磨くためなら、姉だろうと利用する。
いかにも貴族らしい考え方だ。そうこなくては。
(でも私だって、そう簡単に利用されたりしないわよ。ダンスの練習量は私の方が多いのだから)
公爵令嬢として研鑽を積んできた私には、「姉として負けるもんですか」という変な意地があった。
ユリウスがここに来てからまだ一年たらずだったし、魔力の質も量も負けている上に、彼は着実に騎士として成長しつつあるのだ。
それでダンスまで負けていたら、私の矜持は粉々になってしまう。
(負けないわよ、ユリウス)
私は闘争心を燃やしながら、弟を連れて屋敷に入った。




