8 ああ弟よ
午後になり、王宮から四頭立ての立派な馬車がやってきた。
「私は後ろで見ているよ。リアーナだけで殿下をご案内しなさい」
「はい、お父様」
お父様は両開きの玄関の前に立ち、私を見守ることにしたようだ。
馬車は正門をくぐり、ゆっくりと私たちの方へ近づいてくる。
ふと後ろを見ると、ユリウスが大真面目な顔で私の背後に控えていて、緊張がどこかに飛んでいってしまった。
(いけない、笑っている場合じゃないわ)
口元の緩みをまた引き締めて、顔を下げたまま馬車の扉が開くのを待つ。
従者が扉を開けるとこつこつと足音がして、私の視界に上等な服を着た少年の足が映った。
「顔を上げて。きみがリアーナだね?」
少年らしい、澄んだ高い声だった。
私はゆっくりと顔を上げて、その人を見た。
(この方がセドリック殿下ね。確かに王家の特徴を受け継いでおられるわ)
ルヴァルノ王家に生まれた王子や王女は、蜂蜜のような濃い金髪――ハニーブロンドを持つらしい。
セドリック殿下もふわふわとしたくせっ毛のハニーブロンドで、瞳は晴れた空のような水色だった。
(ユリウスとは真逆の印象を受けるわね……)
ユリウスは最初は少女のような儚さがあったものの、この一年で顔立ちが精悍になってきて、もう数年もすればクールな美少年としてさぞかし令嬢たちにモテるでしょうねと私は考えていた。
一見冷ややかに感じる美貌だけど、そこが逆に令嬢たちに受けるような気がするのだ。
そしてセドリック殿下はというと、髪の毛がふわふわしたくせっ毛な上に、少し垂れた目元が絶妙な甘さを醸し出している。
優しく話しかけるだけで、大半の令嬢はコロッと殿下を好きになるだろう。
私は数秒間セドリック殿下を観察してから、カーテシーを披露した。
「我がコンテルノ公爵家へ、ようこそお越しくださいました。リアーナ・コンテルノと申します」
「僕はセドリック・ルヴァルノだ。今日はよろしくね」
そう言って微笑む殿下だけど、よく観察すると彼の目は笑っていなかった。
(さすが王族ね。私が妃として相応しいかどうか、見極めようとしているんだわ)
セドリック殿下はわずか八歳にして、自分の立場をよく理解しているらしい。
これは単なる顔合わせではない。
将来を決める戦いだ――と緊張が高まった瞬間、殿下は私の後ろをすっと指さした。
「そこの彼は、きみの弟?」
まさかユリウスに話の矛先が向くとは思っていなくて、私は慌てて「はい」と返事をした。
「私の弟の、ユリウスです。ユリウス、セドリック殿下にご挨拶なさい」
私が言うとユリウスは一歩前に踏み出し、美しい所作で騎士の礼をした。
この一年でユリウスの言動はかなり洗練されてきたようだ。
「ユリウス・コンテルノです。姉上の護衛騎士です」
「えっ……!」
ユリウスが勝手に護衛騎士を名乗ったので、私は頭が真っ白になった。
(何を勝手なことを……! 護衛は今日だけと言ったでしょう!)
私の護衛騎士になるには、正規の騎士として認められた人間がコンテルノ公爵家と契約する必要がある。
そこには金銭のやり取りがある訳で、決して一日だけの子どもの遊びではないのだ。
「も、申し訳ございません……! 弟は正式な護衛ではないのです。今日だけという約束で……」
「あははっ! 面白い子だね。僕は構わないよ、義理の弟になるかもしれないのだし」
殿下が明るく笑っているので、私はほっと胸を撫でおろした。
ちらりとユリウスの様子をうかがえば、彼は満足そうな顔で、騎士らしく背筋を伸ばしてびしっと立っている。
(可愛い弟だとは思うけれど……)
これ以上ユリウスに何か発言させるのは危険だ。
私はそう判断して、殿下に「ご案内します」と声を掛けた。
今日はよく晴れていたので、中庭のガセボにお茶の用意をしてもらったのだ。
殿下と私、そしてユリウスの三人で歩き出すと、視界の端で笑いをこらえているお父様の姿が見えた。
(もう、お父様ったら……! 他人事だと思って)
八歳の少年が木剣を腰に差して大真面目な顔で歩いているのは、大人からすれば微笑ましい光景だろう。
でも当事者の私からすると、また何かするのでは、とヒヤヒヤするだけだ。
(お父様はあてにならない。ユリウスが何か不敬をしでかしたら、私が全ての責任を取るしかないわ)
土下座でも何でもして、殿下に許していただこう。
とりあえずユリウスには静かにしていてほしい。
願いを込めて背後をちらりと見やれば、私と視線が合ったユリウスはにこっと笑ってから、慌てたように顔を引き締めた。
(一応、護衛の仕事中だという意識はあるみたいね。その調子よ、ユリウス)
そうしてセドリック殿下と私の顔合わせは進んでいった。




