10 愛せそうですか?
コンテルノ公爵家が王都に構える屋敷には、大ホールと小ホールがあった。
大ホールは主に我が家が開催する夜会で使用され、小ホールは演奏家を招いた小規模なコンサート等で使っている。
どちらも床は絨毯ではなく、ダンスに向いた素材が使用されているから、私は小ホールの方でダンスのレッスンをすることにした。
「ユリウスは、ダンスのレッスンは受けているの?」
私とユリウスは一般教養はいつも一緒に授業を受けているものの、それ以外の時間は別々に行動している。
ユリウスが剣の稽古をしている間に、私はダンスやピアノのレッスン、そして護身術を習ったりと様々だ。
私がダンスについて尋ねると、彼は自信なさそうな様子で答えた。
「ワルツを、数回だけです」
「定番の曲ね。じゃあまずは、私とクリストフでダンスするわ。あなたはそこに立って、男性パートの動きを観察していなさい」
私はクリストフと侍女長のマーサを呼んで、ダンスのレッスンの手伝いをさせることにした。
マーサが小ホールの隅に置かれたピアノの前に座り、ワルツを弾き始める。
「クリストフ、よろしく頼むわね」
「はっ、お任せください」
執事の経験が長いクリストフは、相手がどんな身長、体型だろうと見事に合わせてくれる。
二回踊ってからユリウスの様子を窺った。
「どう? 覚えられそう?」
「足の動きがよく見えなくて……。うまく踊れないかもしれないです」
「まぁ、最初はそうよね。私も足の運びには苦労したもの。……あっ、そうだわ。チョークを使って目印をつけましょう」
「目印って、この薄く残っている円のことですか?」
ユリウスが床にうっすらと残るチョークの線を指差している。
「そうよ。これは去年私が床に描いた目印なの。今日はあなたのために、青いチョークを使いましょう。まずは基本のステップからよ。足の幅はこれくらいかしらね……」
私は青いチョークを使って、床にいくつかの楕円を描いた。
「楕円の横に、数字も記しておくわね。ここが最初よ」
全部を描いてから、ユリウスを呼んだ。
「いらっしゃい、ユリウス。踊ってみましょう」
「は、はいっ……!」
ユリウスはがちがちに緊張していた。
手も足も木の棒みたいにかちんこちんになって、恥ずかしそうに俯いている。
もっと体を寄せないといけないのに、私とユリウスの間にはがばっと隙間が空いていた。
「顔を上げなさい。あなたはユリウス・コンテルノでしょう。私に恥をかかせないで」
びしっと言って、ユリウスの肩をぐっとこちらに引き寄せる。
彼はハッとした様子で慌てて顔を上げた。
「も、申し訳、ありません」
「その姿勢を維持しなさい。さぁ、いくわよ」
我ながら、ひどいことを言っているわねと思った。
ユリウスは恐らく男性パートを一人で踊る訓練だけで、女性と組んで踊ったことはないはずだ。
ユリウスが覚えるまで何度もステップを繰り返していると、次第に足首にズキズキと痛みが走るようになった。
(また靴ずれになってしまったわ)
私の異変に目ざとく気付いたクリストフが、「今日はここまでにしましょう」とダンスを止める。
そして私を横抱きにすると、部屋の隅に置かれたソファに座らせてくれた。
「お嬢様、足が痛いのではないですか?」
「え……!? 姉上、怪我をしたのですか!?」
何が起こったのか分からない様子だったユリウスは、慌てて私の足元にしゃがみこんだ。
「血が出てる……。無理をさせてごめんなさい」
「あなたのせいじゃないわよ。合わない靴を履いていた私が愚かだっただけよ」
マーサが薬箱を持ってきて、私の傷に軟膏を塗り、丁寧に包帯を巻いてくれる。
だんだん痛みが強くなってきたけど、私はやせ我慢で笑っていた。
ユリウスは泣きそうな顔をしていたものの、何かを思い出したかのように右の手の平を上に向けた。
ぱきぱきと何かが氷るような音がして、少しずつユリウスの右手に氷の塊が出来上がっていく。
「すごいわ、ユリウス……! 上手に氷を作れるようになったのね」
「これを使って、傷を冷やしてください」
「ありがとう」
マーサが氷を布でぐるぐると巻いて、包帯の上から固定してくれた。
そして「休憩いたしましょう」と言って、テーブルに紅茶とお菓子を運んでくれた。
「どう、ユリウス。男性のパートは覚えられそう?」
「はい。ちゃんと練習して、今度こそ立派なパートナーを務めてみせます。姉上のために……」
彼はそう言ってお菓子を一口食べると、しばらく考え込む様子を見せてから顔を上げた。
「姉上は、セドリック殿下を愛せそうですか?」
いきなり変なことを言うので、私は飲んでいた紅茶が喉の奥に入って盛大にむせた。
「きゅっ、急に何を言うのよ! お茶を零すところだったわ」
「すみません。でもどうしても確認しておきたくて……」
俯いてモジモジしてから、さらに言葉を続ける。
「僕は後ろからずっとセドリック殿下を見ていましたけど、殿下は少しも楽しくなさそうでした。目が笑っていませんでした」
(よく見ているわね……)
私はユリウスの観察眼に感心してしまって、しばらく何も言葉が出てこなかった。
私が殿下に対して感じたことと全く同じ感想を、弟は口にしたのだ。
「そういうことを言うのは、ここだけにするのよ」
「はい、分かっています」
「今日はお互いに初対面だったから、セドリック殿下が楽しくなさそうでも無理はないでしょう。それにね、王族と貴族の結婚なんてそんなものよ」
「好きじゃない人と結婚してもいいんですか?」
ユリウスの問いに、私は「あら?」と疑問を覚えた。
(ユリウスのご両親は、恋愛結婚だったのかしら。やっぱりこの子は市井で暮らしてきたのね)
私のお父様とお母様も仲のいい夫婦だったけど、家の都合による結婚だった。
家格が合うから二人は夫婦になったのだ。
私の両親は運よく愛し合う仲になれたけど、そうでない夫婦も貴族には大勢いることを私は知っている。
だからユリウスに淡々と答えた。
「いいも何も、そういうものと私は割り切っているわ。愛はなくても尊敬できる相手ならいいかなって」
本音を言えば、お互いに愛し合って夫婦になれたら最高だろう……とは私も思うけれど。
現実はそこまで甘くない。
「……僕は割り切ったりできなさそうです」
弟はぼそぼそと言うと、まっすぐに私を見つめた。
「好きな人と結婚できないなら、ずっと一人でいいです」
「ちょ……、ちょっと落ち着きなさい、ユリウス。結論を出すのは、まだ先でいいんじゃないかしら?」
これから先、あなたはたくさんの令嬢たちと出会うでしょう。
きっと気の合う誰かを見つけるはずよ。
(……と言いたいところだけど、貴族は政略結婚が普通よと宣言した私がそれを言ってもね……)
説得力がなさすぎる。
自分は恋愛を諦めているのに、ユリウスには「いい出会いがあるわよ!」なんて。
すごく白々しい。
(でも跡継ぎのユリウスが結婚を諦めているなんて、由々しき事態だわ。そのうちユリウスも割り切れるようになるかしら……。親から受け継ぐ価値観は侮れないのよね)
どう説得するべきか悩んでいると、彼は私の手をそっと握った。
「僕は姉上の騎士として生きていきたいです。あなたの傍にいるのが望みです」
(そこまで騎士になりきらなくていいわよ……!)
たった一日の護衛で、すっかり騎士道精神に目覚めてしまったんだろうか。
(困ったわ。どこで教育を間違えたのかしら……)
「あなたの意思は騎士として立派だとは思うわ。でも今は、気持ちだけ受け取っておくわね」
「はい。ずっと忘れないでください」
ユリウスはにこにこしながら私の手を握っていた。
そして彼は宣言通り、騎士学校に行くまでずっと私の傍にいたのだ。
すみません!
書き溜めするのでしばらく更新が途絶えます。
再開をお待ちくださいませ・・・!
書き終えたら一気にドバドバ更新するのでよろしくお願いします~




