6 立派な令息に育てます
ユリウスを立派な貴族の令息に育てる!
……と意気込んだまではよかったものの、それは思ったよりも大変な作業だった。
お父様は家にいないことの方が多かったから、ユリウスの指導は私がやらなければと必死だった。
「ユリウス。食事中は、テーブルに肘をついては駄目よ」
やはりというべきなのか、ユリウスには貴族として身につけるべきマナーが何一つ備わっていなかった。
パンを食べる時、片手でつかんでそのままかじって食べてしまう。
ステーキが出たらナイフを使わず、フォークに刺して口で噛みちぎって食べようとする。
食事のたびに頭痛がする思いだった。
何よりも困るのは、私が指導するためにユリウスの手を握ると、彼は真っ赤になって固まってしまうことだ。
「お肉を切るときは、まず左手のフォークで固定するのよ。そして右手のナイフで押し付けるようにして切るの」
あまりにも切りにくそうにしているので、私はユリウスの背後に立ち、後ろから彼の手を握って力加減を教えようとした。
でもそうするとユリウスは首まで真っ赤になって、手から力を抜いてしまうのだ。
「ユリウス、真面目にやりなさい」
「は、はい……」
頼りなく返事はするものの、手が震えている。
(私の指導は、怖いのかしら?)
自分では精いっぱい優しくしているつもりだけど、震えるユリウスを見ると、指導が行き過ぎているのか不安になる。
それとも、叱られて何くそと怒っているから顔が赤いのだろうか。
(でもこれぐらいは乗り越えてもらわないと困るわ。この子は今後、コンテルノ公爵家の令息として社交界に出るのだから)
最初はユリウスのことを魔術師の卵だと勘違いしていた私だけど、彼が男児だと知って以来、考えを改めた。
この国では女性でも爵位を継承できるけど、コンテルノ公爵家は騎士団長を任されてきた名家だ。
魔力が弱い私を当主にする理由はない。
(やっぱりお父様は、ユリウスを後継者にするつもりで連れて来たのだわ)
お父様も風属性の強い魔力を持っている。
風・氷・炎属性は魔物に対する攻撃と相性がいいから、魔術師よりは騎士になるように誘導するつもりなのだろう。
魔物の討伐は、ほぼ騎士団だけで請け負っているから。
ユリウスは複数の属性持ちのようだけど、特に氷の属性が強いようだった。
触れただけでコップの飲み物を凍らせたり、花瓶ごと花を氷柱にしたり。
何か凍らせる度に泣きそうな顔で謝るから、私は数えきれないほど「気にしなくいいのよ」としつこく伝え続けてきた。
その甲斐あってか、数週間もたつとユリウスは魔力をコントロールできるようになったようだ。
(とりあえず、一歩前進というところかしら。でも今のままでは社交界で生き抜けないわよ、ユリウス)
お父様とユリウスは全く似ていないし、後から急に公爵家に加わった息子について貴族たちはよからぬ噂をするかもしれない。
コンテルノ公爵家を継ぐユリウスには、そんな噂を吹き飛ばすような強い精神力と社交術を身につけてもらわないと困るのだ。
(私が身につけた教養の全てを、この子に受け継がせるわ。今はまだ何もかも足りていないけど、そんなものは努力さえしていればいずれ身につくはずよ)
そして公爵令嬢という価値だけが残った私は、王家かどこかの貴族に嫁ぐことになるだろう。
貴族の結婚とは、そういうものだ。
(ユリウス、ずっと一緒にいて守ってあげるのは無理なのよ。他の貴族につけ入る隙を与えないくらい、完璧なマナーと教養は会得してもらわないと困るわ)
私は覚悟を決めて、わざと冷ややかな声を出した。
「お肉が切れるようになるまで、私とあなたの食事は別々にしようかしら」
「……!」
きっぱりと宣言すれば、ユリウスは捨てられた子犬のような目でこちらを見つめる。
(ひどいことを言ってごめんね。でもあなたのためなのよ)
胸がきりきりと痛む……けど、ここは我慢だ。
「ちゃんと切ってみせます。見ていてください……!」
ユリウスは必死な様子で言うと、ぎこちない手つきでナイフを動かし始めた。
私が食べ終わる頃に何とか切れるようになったけど、その日の食事はいつもの時間を大幅に超えてしまった。
(でも初めてなら、こんなものよね)
「よくできたわ、ユリウス」
ステーキが切れてほっとしている彼の頭を、優しく撫でてあげる。
すると彼は、思いもよらないことを言い出した。
「姉上に、お願いがあります」
「なぁに? 欲しいものでもあるの?」
「はい。これからも頑張れるように、姉上のリボンをくださいませんか」
「え? これのこと?」
私が髪に結ばれたリボンを触ると、ユリウスはこくりと頷いた。
普段は銀髪をハーフアップの編み込みにして、ラベンダー色のリボンで結んでいるのだ。
「大事にするので……。駄目ですか?」
上目遣いで頼まれて、私は胸がきゅんとしてしまった。
「し、仕方ないわね。こんなことをするのは、あなたにだけよ」
怖い教官みたいな姉のリボンが欲しいなんて、この子は本当に変わっている。
それとも憎い姉を乗り越えてみせるぞと自分を鼓舞するために、リボンが欲しいんだろうか?
ユリウスの狙いが分からないままリボンを手渡すと、彼はしみじみと呟いた。
「僕だけ……。僕だけのご褒美ですね」
手の平にリボンを乗せてニコニコしている。
(この反応はどういう意味? ユリウスって、すごく打たれ強い子ね……)
そして彼は私に言った。
「大人になっても、大切にします」
その大人になった時、私たちはきっと離ればなれになっているだろう。
私はほんの少し寂しい気持ちになりながら、ユリウスの頭を撫でていた。




