5 ユリウスが公爵家に来た日
弟がいかにしてシスコン化したのか
じっくりと書いてまいります
私の家――コンテルノ公爵家は、ルヴァルノ王国において代々王宮騎士団の長を任されてきた名家だ。
私のお父様も団長で体つきはがっしりしていて、両腕に子どもがぶら下がっても平気なくらい力持ちだった。
そしてお母様はというと、天草色の柔らかな髪の人で、おぼろげに残る記憶の中ではいつも穏やかに微笑んでいる。
あまりはっきりと覚えていないのは、六歳の時にお母様を流行り病で亡くしたからだ。
私は外見はお父様に似たんだけど、子どもの頃は母にべったりだったので、それはもう世界の終りのように落ち込んでかなり父を心配させたらしい。
そしてお父様は何を思ったのか、どこからか綺麗な顔の子どもを一人連れて来たのだった。
「この子も今日からここで暮らすことになった。仲良くするんだよ」
お父様が明るい声で言っても、その子は自己紹介もせずお父様の陰に隠れてモジモジしていた。
顔立ちは整っているのに、黒い髪は伸び放題のボサボサ。
長い前髪の隙間から覗く瞳は海のような紺碧で、服装はというと、市井で暮らしてきた子なのか庶民がよく着るような簡素な衣装を身に着けている。
ただしその服も、何日も洗っていないのか汚れが目立っていた。
(女の子……よね? どこの子?)
髪が肩の下くらいまで伸びていたし、顔つきも中性的だったので、私は勝手に女の子だろうと判断した。
このガリガリに痩せた小さな子はどこの誰なのか。
なぜお父様は急にこの子を連れてきたのか。
(孤児院で訳アリの子を見つけた、とかかしら? 孤児院にいたにしては、痩せすぎのような気もするけれど……)
コンテルノ公爵家は、いくつかの孤児院を経営している。
そして孤児院という場所には、貴族と平民の間に生まれた訳アリの子もいるのだと、当時の私は幼いながらも知っていたのだ。
(何にせよ、この子には何の罪もないわ。私よりも年下のようだし、こちらがリードしてあげないとね)
その使命感によってようやく、私は母を亡くした悲しみから一歩前に進んだのだった。
私が近づくたびにその子はびくびくしていたから、怯えさせまいと私は精いっぱいの笑顔を作った。
「こんにちは。私はリアーナ・コンテルノよ。あなたは?」
「ユ、ユリ……」
「ユリ? 変わった名前ね。じゃあユリ、私と一緒にいらっしゃい。まずはお風呂に入りましょう」
ユリの手を引いて屋敷に入ろうとすると、お父様が小さな声で「まぁいいか、何とかなるだろう」と呟いた。
どういう意味かと気になったけど、それ以上に私はユリの手から感じる魔力の強さに驚いていた。
(触れた部分が熱く感じるくらい、強い魔力だわ……。お父様はこの子を魔術師にするつもりで連れてきたのかしら?)
王都には騎士団の他に、魔術師たちが集まる高い塔がある。
そこは魔術院と呼ばれていて、魔術でないと解決不可能な仕事を主に請け負っているらしい。
強い魔物の討伐では、騎士団と魔術師が連携することもあるとお父様から聞いていた。
(お父様は、優秀な魔術師はいつも不足していると言っていたわ)
ユリほど強い魔力をもつ子どもはそうそういない。
この子は一万人に一人くらいの逸材だろう。
それほどの能力を持つ子であれば魔術師がユリを引き取ればいいのでは、と思うところだけど、彼らは研究に没頭して寝食を忘れるような人が多いらしい。
自分の世話さえ忘れる人間が、子育てなんかできるわけがない。
そういう流れでお父様が引き取ったのだろう。
(優秀な魔術師の卵なら、綺麗な格好をさせなくては)
私はユリの手を握ったまま浴室へと連れて行った。
「クリストフ、お風呂の用意をしてちょうだい。私がユリを洗ってあげたいの」
「失礼ながら、お嬢様。それはなりません」
浴室のドアの前には、まるでとおせんぼするように執事のクリストフと侍女長のマーサが並んで立っていた。
どうして駄目なのか理解できなくて、私はムッと口を尖らせた。
「なぜ駄目なの? 私もユリも女の子なのだから、問題ないでしょう」
「あ、あの……」
ユリがびくびくしながら何か言いかけたものの、クリストフはぴしゃりと私に言った。
「駄目と言ったら駄目です。その子の用意が整った時に、答えは分かるかと存じます」
「どうかご了承くださいませ、リアーナお嬢様」
マーサが困ったように微笑みながら言うので、私は仕方なく諦めた。
我が儘を言って使用人を困らせるのは、貴族として恥ずべきことだから。
(仕方ないわ。公爵令嬢として、みっともない態度は見せられないもの)
本当は悔しくて全然納得もしていなかったんだけど、私はおとなしく自室で読書をしてユリの用意が整うのを待った。
待っている間は、一分一秒がやけに長く感じられた。
読んでいる本の内容も頭に入ってこなくて、私はじりじりしながらユリが来るのを待ち続けた。
そして一時間もたった頃だろうか、部屋のドアがノックされて、私は喜び勇んで椅子からぴょんと飛び降りてドアを開けた。
「ユリのお風呂が終わったのね! 可愛いドレスを着せてあげた?」
きっと私の衣装から、ユリの体型に合うものを選んでくれているだろう。
そう期待してワクワクしながら視線を巡らせると、クリストフの横に所在なさげに佇む子どもの姿が見えた。
ボサボサだった黒髪は短く切り揃えられて、白いシャツと濃紺のベスト、そして黒いズボンを履いている。
……ズボンを、履いている。
「あっ、ああ、あなたっ……! 男だったの!?」
ようやくクリストフとマーサの言動の意味を理解して、私は口を魚のようにぱくぱくさせた。
何か言いたいのに、うまい言葉が見つからない。
「あの……ご、ごめんなさい」
ユリがしゅんとした顔で謝って、私はハッとして口をつぐんだ。
(なんて情けないの、年下の子に謝らせるなんて)
「あなたは何も悪くないわ。私が勝手に勘違いしただけよ……。こちらこそ、ごめんなさい」
「お嬢様、この子はユリウス様です。同い年ですが、お嬢様の方が少し早くお生まれです。さぁユリウス様、リアーナ様にご挨拶を」
クリストフがそっとユリウスの背中を押して、ユリウスは私の方に一歩踏み出して礼をした。
貴族の令息としては赤点のぎこちないお辞儀だったけど、彼はがちがちに緊張しているようなので、私は黙って見守った。
「ユ……、ユリウスです。よろしくお願いします、姉上」
姉上、と呼ばれた時、全身に雷のような衝撃が走った。
(姉上。私が、姉上……!)
そして次の瞬間には、ユリウスを立派な令息に育てようという決意を胸に燃やしていた。
(この子を、どこに出しても恥ずかしくない令息に育ててみせるわ。お父様は多忙だから、私がやるのよ!)
使命感に燃えていると、ユリウスのお腹が「ぐう~」と音を立てる。
彼は真っ赤になって俯き、私はふふっと笑って彼の手を取った。
「とにかくしっかり食べないとね。あなたは痩せすぎよ、ユリウス」
初めて名を呼んだ時のユリウスの顔は、きっと一生忘れないだろう。
やっと自分を受け入れてもらえたという喜びと安堵が、幼い少年の顔に溢れていた。
「姉上は、お姫さまみたいです」
「ふふ、おかしなユリウス。私は王家の人間ではないわよ?」
「じゃあ僕だけのお姫さまです」
私とユリウスが姉弟として歩み出した瞬間だった。
そのうちユリウスが何者かも書きたいと思います~
執筆しながらの更新なので、気長にお待ちいただけるとありがたいです




