38 断罪
その後、魔女は自らキャンベル男爵家に赴いたらしい。
アリサさんの母を「治療のため」という口実で離れから連れ出したので、アリサさんは男爵と義兄に脅される心配はなくなり、陛下はすぐに王宮騎士団をキャンベル男爵家に向かわせた。
ユリウスも強制捜査に加わったようだけど、男爵と義兄はずっと「アリサが裏切った」、「恩知らずが」とわめいていたらしい。
キャンベル男爵とその息子は、聖女を脅して彼女の給金を横取りし、さらに王太子を洗脳した罪でひっそりと処刑された。
モモさんがこの世界のことを記した手帳は、魔女の手によって秘密裏に処理された。
私は今、陛下の呼び出しを受けて謁見の間に佇んでいる。
素直な気持ちを吐露すれば、少々気が重かった。
これからここに現れる人物は、長い間私を苦しめた王子様だからだ。
何を言われるんだろう。
どんな言葉で責められるんだろう。
想像すると今すぐにでもここから逃げ出したくなるんだけど、後ろにユリウスがいて、私の肩にそっと手を置いてくれているから何とか耐えている。
やがて騎士が扉を開けて、その人物が姿を現した。
「父上、お呼びでしょうか」
王太子の衣装に身を包んだセドリック殿下は、普通の人間なら堂々とした王族の姿に見えているのだろう。
でも私の目には、彼はやっぱり無数の蝶に取り囲まれて、どんな表情をしているのかさえ判別できない。
(セドリック殿下……)
殿下が私に浴びせたひどい言葉は、洗脳されていたからだったのだろうか。
元のままの彼であれば、私を裏切らなかったのだろうか……。
(彼は正気に戻った時、私に何を言うのかしら)
悪かったと謝るのか。
全てはアリサのせいだと言って、自分は罪から逃げようとするのか。
口を引き結んで様子を見守っていると、セドリック殿下は陛下の傍に佇むアリサさんに気づいたようだった。
「アリサも呼ばれていたのか。……そうか、とうとう僕たちの婚約を認めてくださるのですね!」
陛下に向かって底抜けに明るい声で言う姿に、私は胸の奥に重たい石が沈むような心地がした。
彼は自分の未来には何の問題もないと信じている。
望む道を歩いて行けると信じている……。
「私も議会も、お前たちの婚約など認める気はない」
陛下がきっぱりと告げると、セドリック殿下は呆けた表情になった。
「ではなぜ僕を呼んだのですか?」
そう言ってから謁見の間を見渡し、壁際に立っていた私とセドリック殿下に視線を向けた。
目が合った途端、セドリック殿下の顔は瞬く間に険しくなった。
「なぜここにリアーナがいるんだ! 最後まで僕とアリサの邪魔をする気か!?」
私に向かって歩き出すセドリック殿下を、騎士たちが取り囲む。
婚約破棄された時の私を見ているようだった。
でも今は真逆の状況だ。
「暴れないように、床に膝をつかせろ」
陛下が重苦しい口調で言い、騎士が力づくでセドリック殿下の体を押さえつける。
数人がかりで拘束された殿下は、床にがくりと膝をついた。
「な、何をする……!? 父上、これは何事ですか!?」
「頼む、リアーナ嬢」
「……畏まりました」
この感情を、どう言葉にすればいいのか分からない。
悲しいのか、憎らしいのか。
ただ一つ確かなのは、今の私はセドリック殿下を憐れに思っていることだった。
ゆっくりと歩き出せば、後ろからユリウスが付いて来る。
セドリック殿下が暴れるようなら、彼から私を守ろうというのだろう。
それを少し頼もしく感じながらセドリック殿下に近づき、彼の顔にそっと手を伸ばした。
「……っ、やめろ! 僕に触れるな!」
殿下の言葉は、容赦なく私の胸をざくりと抉った。
十年も婚約者として過ごした相手に、こんなにも疎まれている――それを心底悲しく思いながら、セドリック殿下の頬に触れた。
すると蝶が、まるで霧に姿を変えたかのように空気に溶けて消えていく。
恐るべき早さで私の手に吸い込まれているから、水蒸気のようにしか見えないのだ。
「な……、何だ、これは……」
蝶が消えるにつれて、セドリック殿下のどろりと濁っていた瞳が澄んでいった。
怪しい光は消え、元の空色の瞳に戻っていく。
やがて殿下は全身から脱力したようで、彼の両腕がぱたりと床に落ちた。
「僕は……何を……」
呆けた声で言い、のろのろと視線を上げる。
まるで途方に暮れた迷子のような顔で、全てを見ていた陛下が厳かに言い放った。
「アリサ嬢の髪飾りは魔道具で、お前はそれによって洗脳されていたのだ。正気に戻ったか?」
「……はい」
「何か申し開きはあるか」
陛下に問われて、セドリック殿下は悲し気な表情でアリサさんを見つめる。
彼女は殿下が押さえつけられてからずっと泣いていて、泣きはらした目は赤くなっていた。
しばらくして殿下は視線を陛下に移し、「いいえ、ありません」と言った。
声は小さかったものの、口調には迷いがなかった。
「確かに自分の言動がおかしかったという自覚はあります。アリサの前では、自制が効かなくなっていました。……でも彼女に初めて会った時に、心惹かれるものを感じたのも事実です」
セドリック殿下はそう言うと、視線を私の方に向けた。
「僕はあの時点でリアーナを裏切っていました。……リアーナ、すまなかった」
私は何と答えていいのか分からなくて、ただ首を横に振った。
それしかできなかった。
「お前は正気に戻ったが、罪が消える訳ではない。身勝手な理由で一方的に婚約破棄し、リアーナ嬢の身分を剥奪した罪は重い。よってセドリックを廃嫡し、王家から追放する」
陛下が厳かに言い放つと、アリサさんが耐えかねたように歩き出してセドリック殿下の横に並んだ。
「恐れながら、陛下。私も罰を受けたくお願い申し上げます」
「申してみよ」
「私はセドリック殿下を洗脳した罰として、今後永久に教会で無償労働をいたします。……それがせめてもの、罪滅ぼしになると思います」
「よかろう。そなたの望みを叶えよう」
セドリック殿下は、アリサさんと陛下のやり取りを静かに見ていた。
そして彼は言った。
「僕は国境騎士団に入り、生涯を国と民のために捧げます」
「国境騎士団か。生半可な覚悟では務まらんぞ」
「承知の上です」
セドリック殿下の口調には迷いがなかった。
陛下はやや長い溜め息をつき、「分かった」と告げた。
「ルヴァルノ王国に身を捧げよ」
陛下が言い、セドリック殿下とアリサさんが深々と頭を下げる。
私はユリウスと一緒に、謁見の間から出て行く二人を見ていた。




