37 真相と爆弾発言
「私は赤白モモという名前の漫画家だったんです」
「あー、そうだった。セイオトの作者って、確かそんな感じの名前だったな」
モモさんの独白の後に宰相がぼそっと言うと、ユリウスが宰相の腕を小突いている。
「静かに。今は彼女の話を聞きましょう」
「多分ですけど、夜食を買いにコンビニに行った途中でマンホールに落ちたんです。気が付いたらこの世界にいました」
「この家や隠蔽魔術は、あなたが全部作り上げたのかな?」
魔女が興味津々の様子で尋ねると、モモさんは鼻をすすりながら頷く。
「仕組みは分からないですが、家が欲しいって強く願ったら出てきたんです。それで静かに暮らしたいと思って……」
「静かに暮らしたいと願うだけで、あのレベルの隠蔽魔術が完成したのか……! なるほど、確かに世界の創造主に相応しい力だ」
魔女が言った途端、またモモさんの目から涙がぽろりと落ちる。
「世界の創造主なんて、カッコいいものじゃないです。この世界、全然私の思い通りにならなかったもの……!」
「さっきも言ってたけど、壊しちゃったって何のこと? 別に世界が崩壊したりしてないと思うんだけど」
「……本当は、リアーナに幸せになってほしかったんです」
急に名前が出てきて、私はびくりと肩を揺らした。
「え? 私ですか?」
モモさんは微かに頷き、ティッシュで鼻をかみながら続けた。
「セイオトの世界に来たって分かった時、私がまず望んだのは「リアーナを助けたい」ということでした。自分で描いたキャラだけど、不遇すぎて可哀相だなって思ってたから……。それで手帳にこれから何が起こるのかを全部書いて、花の髪飾りと一緒にコンテルノ公爵に送ったんです」
「手帳! そうだ、アリサ嬢から聞いた話では、キャンベル男爵はいつも手帳を大事そうに抱えているらしい」
「その手帳ですが、コンテルノ公爵家には届いていませんよ。ですよね、リアーナ」
ユリウスに言われて、私はこくりと頷いた。
「お父様からは何も聞いていません。もし知っていたのなら、お父様は私を守るために何か行動に移したはずです」
そこで何か考え込んでいた宰相が、ハッとした様子で顔を上げた。
「思い出したぞ。確か十年ほど前は、キャンベル男爵が郵政事業の担当をしていたはずだ。当時は伯爵だったが、荷物の紛失や誤送が多くて失職し、男爵に落ちたんだ」
「荷物を責任者自ら奪い取ったのか。とんでもない話だな……」
魔女が憤慨しつつ言うと、モモさんはがくりと項垂れた。
「公爵から何の返事も来なくて、まさかと思ってヴィアラッティアに様子を見に行ったら……手帳を手にしたキャンベル男爵が表れて。もう私、頭が真っ白になっちゃって」
ぼそぼそと話しながら、床に散らばった紙を手に取る。
「こうなったら私がこの世界を描きかえるしかないって思ったんです。でも何度描いても、いつの間にか勝手に内容が変わってて……! キャラも好き勝手に動いちゃうし」
「なるほど、分かってきたぞ……。作者が一人でストーリーの強制力と戦ってたんだな。だから僕が知ってるセイオトとは別物になったのか」
宰相は納得した顔でしみじみと呟いたけど、モモさんは相変わらず嘆き悲しんでいる。
「もうめちゃくちゃで、原型も留めてないし! 全然私の思い通りになりませんでした!」
そう叫んでから、私に向かっていきなり土下座した。
「助けられなくてごめんなさい!」
私はぎょっとして、しばらく何も言えなかった。
室内がシンと静まりかえっている。
やがてユリウスがぽつりと言った。
「よかった……」
「ちょ、ちょっとユリウス……!」
(モモさんが自分の失敗を嘆いているのに、よりにもよって「よかった」はないでしょう!)
気まずくてモモさんとユリウスを交互に見ていると、彼は穏やかに微笑んだまま言った。
「この世界が物語だと聞いた時から、気に入らないと思っていたんです。俺は誰かが作った虚像ではありません。でも原型でもなく、この人が望んだ通りでもないというのなら、今の俺は何の影響も受けない俺自身です」
ユリウスの言葉で、私は目からうろこが落ちたような気持ちになった。
(そういう意味の「よかった」なのね。私にもユリウスの気持ちは理解できるわ)
必死で生きてきたのに、自分の人生がストーリーをなぞっているだけと分かったらやっぱりショックだ。
でも今の私は元のリアーナではなく、すでに物語は崩壊しているのを実感できる。
(確かリアーナは、国外追放になったはずだものね。今の私は誰の影響も受けていない、生身の人間のリアーナだわ)
私はモモさんの傍に膝をついて、彼女の肩にぽんと手を置いた。
「今の私は充分幸せだから、もう気にしないでください」
「で、でも……お父さんが亡くなったでしょう」
「そうですね。悲しいこともたくさんありましたけど……」
私は手を引いて、モモさんを立ち上がらせた。
ユリウスがそっと近寄ってきて、私の肩を引き寄せる。
「リアーナには俺がいます。だからあなたが嘆く必要はありません」
彼の言葉にモモさんは目をぱちくりさせて、私をユリウスを交互に見ている。
やがて彼女は首を傾げつつ、「おかしいなぁ」と呟いた。
「あなたたちがくっつくの? 私は修正版で、リアーナとセドリックの結婚式でラストを締めくくったんだけど」
「うわ……。言ってはならないことを」
宰相が天を仰ぎながら言い、ユリウスの手に篭る力が急に強くなった。
彼がぐいっと私の肩を自分の方へ引き寄せたから、私はユリウスの胸板に顔を押し付けるような体勢になった。
「リアーナと結婚するのは俺です。あなたはもう何もしないでください」
「……えっ? えぇっ!?」
ユリウスの衝撃発言に頭が真っ白に染まる。
私は肩を抱かれたまま、強制的に玄関ドアへ向かった。
「ちょ、ちょっとユリウス」
「こんな危険な家は早く出ましょう」
「そういう訳だから。元気でね、モモさん」
「隠蔽魔術は私が掛けなおしておこう。ではな!」
ばたばたと出て行く私たちに、モモさんはふわりと笑って手を振った。
「元気でね~。色々あったけど、頑張って描いてよかったぁ! これでぐっすり眠れるわ」
(よくない! 何もよくないです!)
モモさんが引き金になったユリウスの衝撃発言で、私の心臓は破裂しそうだった。




