36 世界の破壊者・・・?
その人物の家は、深い森の中にあった。
「この辺のはずなんだが」
鬱蒼と茂った森の中に、開けた場所がある。
円形の広場のようなそこは膝くらいの草に覆われていて、ところどころ花が咲いていてとてもメルヘンチックだ。
でもどこを見回しても家のような建物はない。
「なんもないじゃん……」
歩き続けて疲労困憊の宰相がぼそりと言うと、魔女がくるりと振り返った。
「恐らく隠蔽魔術を使っているのだろう。ここはユリウス卿の出番だね。剣に魔力を乗せて、思いっきり空間を斬ってくれたまえ!」
「……本当にいいんですか?」
剣の柄に手を掛けたユリウスが問うと、魔女は深く頷く。
もうさっさと斬ってくれといわんばかりだ。
「リアーナ、危ないので下がっていてください」
私たちが言われた通りに下がると、彼はすらりと剣を抜いた。
抜いた瞬間は普通の剣だったのに、ユリウスが構えている間に剣が仄かに発光していく。
そして彼が思い切り剣を一閃させるとぴしりと音がして、薄いガラスのような幕が割れて弾けた。
「な、何だこりゃ?」
宰相が度肝を抜かれた声を出すと、魔女が「これはすごい」と感心するように言った。
「なんて高度な隠蔽魔術だ。確かに家は存在していたのに、全くそれを感知させないとは……!」
ぱりんと透明な幕が割れて、中から現れたのはこじんまりした一軒の家だった。
木こりが住んでいるような小さな家で、煙突からは薄い煙がのぼっている。
しばらくして、木製のドアが少しだけ開いた。
「な、何? 誰か来たの?」
びくびくしながら顔を出した女性を見た瞬間、私と宰相は「あっ」と大声を出してしまった。
その声で女性は引っ込んでしまったけど、彼女の黒髪と黒い瞳はしっかりと目に焼き付いた。
「今の……日本人?」
思わず呟くと、宰相が驚いた顔のまま私を振り返った。
「え、まさか……、リアーナ嬢も転生者?」
尋ねられて、どう答えるべきか一瞬迷ってしまった。
ユリウスが目を丸くして私を見ているけど、もう誤魔化せないと思った。
「……はい。私は娼館に送られてから、記憶が戻ったんです」
そう言ってから、ユリウスに笑顔を向けた。
「でもここにいる私はリアーナだから。別人になった訳じゃないから、安心して」
ユリウスが頷き、私の肩をそっと抱き寄せる。
魔女は首を傾げつつ言った。
「なんだい、そのテンセイシャというのは?」
「とりあえず、彼女の家に入らせてもらおう。見ればわかるはずだ」
宰相が言い、家のドアをとんとんとノックする。
かなり待ってから、ほそーくドアが開いた。
「は、はい……?」
顔を出したのは、どう見ても日本人の女性だった。
眼鏡を掛けていて、髪を洗顔する時のヘアバンドでぎゅっと押さえつけている。
服装は魔術師みたいな黒いローブで、よく見ると目の下にはクマがあって不健康そうだ。
彼女は私とユリウスを見ると、「ああっ」と叫んだ。
「リ、リアーナとユリウス!?」
「驚いてるとこ悪いんだけど、あなた日本人だよね? 転移者ってこと?」
宰相が言うと、彼女の目から涙がぶわっと流れ出した。
「ごめんなさい……! 私が全部悪いんです!」
そのままわんわんと子どものように泣き出してしまい、呆気に取られていると魔女が溜め息まじりに言った。
「とりあえず、お邪魔させてもらおう。彼女からはかなり強い魔力を感じる。ただ者じゃないな」
魔女が泣いている女性の背中を押して、私たちはやや強引に家の中に入った。
「わぁ……」
室内は見覚えのある物で溢れていた。
タブレットのような黒い板があり、机や床には描きかけの少女漫画が何枚も散らばっている。
「これ……、セイオトじゃないか?」
「えっ、本当ですか?」
宰相が目を丸くして読んでいる漫画は、確かに前世で読んだものだった。
ただ、絵柄やキャラは確かにセイオトだけど、内容は全く違っている。
「絵はそのままだけど、別物ですね」
私が言うと、泣いていた女性が顔を上げた。
「私のせいなの……! 私がこの世界を壊しちゃったのよ」
そして彼女が語り出した話は、すぐには信じがたいものだった。




