35 最初の持ち主
後日、私たちは魔女の研究室で物陰に隠れていた。
「本当にアリサ嬢は来るのかねぇ。セドリック殿下が邪魔するんじゃないの?」
怪訝そうに言ったのは宰相だ。
その後ろにはやっぱりユリウスがいて、「きっと来ます」と宰相に言っている。
「アリサ嬢は回復魔法の習得のために、魔術院に通っていたはずです。セドリック殿下もそれを知っているのだから、止めはしないでしょう」
「少なくとも王宮のガセボに呼ぶよりはマシですよ」
私が小声でこそこそ言うと、宰相は「確かにね」と頷いた。
「ガセボだったら、絶対にセドリック殿下も一緒に来ちゃうよね」
その言葉と同時にドアが開く音がして、私たちは一斉に口をつぐんだ。
小柄な女性の足音がしたかと思うと、ストロベリーブロンドの可愛らしい女性が姿を現す。
「いらっしゃい、アリサ嬢。かけてくれたまえ」
「は、はい……。失礼します」
アリサさんはかなり緊張しているのか、おどおどしながら丸い椅子に座る。
魔女はいつも通りお茶をいれているようだ。
「声がよく聞こえないな……。アリサ嬢っていつも小声だよね」
「宰相閣下、お静かに。バレますよ」
私たち三人も丸椅子に座っていて、その姿を草木に隠してもらっているだけの状態だ。
だからあまり大声を出すと、私たちの存在がアリサさんにバレてしまう。
(私がここにいると知ったら、彼女は逃げちゃうでしょうしね……)
今になってようやく、アリサさんの態度の謎が解けたのだ。
彼女はこれまでずっと私に対して申し訳なさそうな顔をしていたけど、あれはセドリック殿下を奪い取ろうとしている自覚があったからだろう。
自分のせいで娼館送りになった私がのこのこ出て行ったら、泣きながら逃げてしまいそうだ。
そんな訳でここからこっそり様子を覗いている。
「あれ? 急に泣き出したぞ」
宰相がぼそりと呟き、私とユリウスも草の陰から目を凝らした。
「本当だ……。罪の告白ですかね」
アリサさんが泣きながら話していて、魔女は彼女の背中を撫でている。
(出て行きたい、けど……我慢しなきゃ)
何を話しているのか非常に気になる。
やがてアリサさんは髪飾りを外して、魔女に手渡した。
受け取った魔女は引き出しから魔法陣が描かれた紙を出し、髪飾りのその上に乗せている。
魔法陣が光り出した。
「調査によると、最初にあの髪飾りを持っていたのはキャンベル男爵らしい」
「男爵がアリサ嬢に渡したんですか」
「そのようだね。彼女は王立学園に入るまで、何の髪飾りも付けていなかったようだから」
しばらくすると魔法陣の光は消えて、魔女は髪飾りをアリサさんに返した。
受け取ったアリサさんは、魔女にぺこぺこと何度も頭を下げて温室を出て行った。
「いやぁ、こそこそするのって辛いね」
宰相が欠伸するように全身を伸ばしつつ、魔女の方へ歩いて行く。
私とユリウスも後に続くと、魔女は先ほどの魔法陣を睨んでいた。
「その魔法陣は何なのですか?」
ユリウスの質問に魔女は「これかい」と言って、私たちにそれを見せてくれた。
「中央に何かの文字がありますね……。住所と誰かの名前ですか?」
ただの魔法陣かと思ったら、中心の部分が真っ白にぼやけて、そこに文字が書かれている。
「これは追跡魔術が組み込まれた魔法陣なのだよ。これを使うと、最初の持ち主が誰か、どこにいるのか分かるんだ」
「主に犯罪捜査で使われる魔術だね。それで魔女どの、何が分かったんだい?」
「この髪飾りの最初の持ち主は、キャンベル男爵ではない」
「……はぁ!?」
今までのほほんとしていた宰相は、ぎょっとしたように大声を上げた。
「え? だって調査で、最初の持ち主はキャンベル男爵だって判明してたよ?」
「落ち着きたまえ、宰相閣下。最初の持ち主がかなり慎重な性格で、髪飾りを隠していたのなら話は別だろう」
「つまり最初は隠されていたのに、キャンベル男爵が表に出したのですね」
ユリウスが言うと、魔女は頷いた。
「すっかり騙されたが、ここに本当の持ち主が表れている。皆で会いに行こうじゃないか」
「ちょ、ちょっとお待ちください、魔女様」
魔女はすっかりその気になっているけど、私としては不安だらけだった。
「その髪飾りは、かなり高度な技術で作られているのでしょう? 敵がすごく強かったら危険ではないですか?」
「その時はリアーナ嬢の騎士が助けてくれるさ。なぁ、ユリウス君」
宰相がニヤニヤしながら言うと、魔女も続ける。
「王国最強の魔力を持つユリウス卿が一緒なんだから、大丈夫だ。とにかく行こう!」
よく分からないけど、宰相と魔女が「とにかく行ってみたいだけ」というのだけは理解できた。
かすかに頭痛がしてくる。
「大丈夫かしら……」
不安げに呟くと、両肩にそっと手を置かれた。
「リアーナは王都で待っていてください。すぐに戻ります」
「あなただけ危険にさらせないでしょう。私も行くわ」
セイオトの世界を知る人間は多い方がいい。
何かあった時に「ここは漫画の世界だ」と分かっている人間がいれば、対処できることもあるはずだ。
「では俺が、命に代えてもあなたを守ります」
ユリウスが微笑みながら言い、私たちはその人物に会いに行くことになった。




