39 あなたが好き
殿下とアリサさんが出て行って、私も退出しようとすると陛下から呼び止められた。
「リアーナ嬢、宰相がそなたの身分を戻したようだ。今をもってリアーナ嬢をコンテルノ公爵とする」
「謹んで拝命いたします」
陛下にカーテシーをしながら、私は隣に立つユリウスをちらりと盗み見た。
(これでいいのよね。ユリウスも私が公爵に戻るのを望んでいたんだもの)
彼はコンテルノ公爵家から抜けて、アラン宰相閣下――シェラーズ侯爵の義弟となったらしい。
なぜそんなことをするのかと以前は疑問だったけど、彼の望みを知った以上、私には異論はない。
(異論はないけど……)
――リアーナと結婚するのは俺です。
ふいに脳内にユリウスの声が蘇って、私は顔が熱くなるのを感じた。
今になって分かったけど、宰相閣下が言った「今のままだと好きな人と結婚できない」という言葉は、私のことだったのだ。
(だめだめ、陛下の前なんだから! 変なこと思い出してる場合じゃないわ)
ふうぅと深呼吸して、平静な顔を取り繕う。
私とユリウスを見ていた陛下は「あー、ごほん」と咳払いして言った。
「ユリウスはシェラーズ侯爵家の養子となった。彼はリアーナ嬢との婚約を望んでおるようだが……。そうだな、ユリウス」
「はい」
「こっ……」
(婚約!?)
初耳すぎて、どう反応していいか分からない。
(な、何それ……、いきなり婚約? いえ、セドリック殿下とも初対面でほぼ婚約は決まっていたけど……)
心臓がばくばくして、頭の中が沸騰寸前のように沸き立っている。
とてもじゃないけど冷静になんて考えられない。
赤い顔のまま口をはくはくさせていると、陛下はさらに咳払いして言った。
「私としては、ユリウスの望みを叶えてやりたいと考えている。どうだろうか、リアーナ嬢。前向きに考えてはもらえんか?」
「そっ……、そうですね……」
必死で答えを探しつつも、私は何かおかしいと違和感を覚えていた。
(陛下はユリウスに気を遣ってるみたい? ユリウスって何者なのかしら……)
もしかしてどこかの国から来た、訳アリの王子様なんだろうか。
いつか本当のことを話してくれるんだろうか。
ちらりと視線を向ければ、私を見ていたユリウスとばちっと視線が合った。
そっと手を取られて――恋人のように指を絡める繋ぎ方をされて、さらに頭が爆発しそうになる。
「嫌ですか、リアーナ」
「い……、嫌じゃ、ないわ」
あわあわしすぎて、自分でも何を口走ってるのか分からなくなってきた。
「……あなたと婚約します」
ぼそぼそと答えれば、陛下は「そうか、それはよかった!」と嬉しそうな声を上げた。
「では俺たちも失礼させていただきます。行きましょう、リアーナ」
「え、ええ……」
ユリウスに手を引かれて、謁見の間を後にする。
(流されてしまった……)
やや強引に婚約してしまったと思いつつも、私の胸には後悔はなかった。
だって私は、自分の気持ちをすでに自覚していたから。
「私、あなたのことが好きよ」
ロータリーにたどり着いて馬車が見えた時、思わず口に出すと、隣を歩いていたユリウスが驚いたように足を止める。
紺碧の瞳には私だけが映っていた。
「私は子どもの頃から王子様の婚約者で、自分はこのままお妃様になるんだろうと思っていたわ。だから……恋をする前に、結婚が決まっていたようなものだった。私はずっと恋を知らずに生きてきたの」
「リアーナ……」
「セドリック殿下も同じね。彼はアリサさんに出会って、やっと恋をしたんだわ。私は彼より自分の気持ちに気づくのが遅かっただけよ」
いつからか、と訊かれると即答できない。
でも私は辛いことがあるたびにユリウスの顔を思い浮かべていた。
彼が傍にいてくれたらいいのに、ずっと一緒にいられたらいいのにと願っていた。
「あなたはいつから私を好きでいてくれたの?」
イタズラするような気分で問うと、ユリウスは私を見つめながら「そうですね」と呟いた。
「きっと出会った瞬間からあなたが好きでした。リアーナを最初に見た時、俺はこの人を守るために生まれて来たんだと思ったんです」
「そんな前から?」
「ええ。やっと俺だけのお姫さまを見つけたんだと、嬉しかった」
「じゃあすごく待たせちゃったわね……」
ふふっと笑うと、ユリウスは私の頬にそっと手で触れた。
「俺は待つのは得意なんです。でも……そろそろご褒美がほしいですね」
彼は少し顔を傾けて、ゆっくりと私に近寄ってくる。
ユリウスの望みに気が付いた私は、静かに目を閉じてその時を待った。
やがて唇に柔らかなものが触れて、胸にじんわりと温かな感動が広がった。
(私……ユリウスとキスしてるのね)
好きな人とキスをするのは、こんなにも嬉しくて、切なくなるものなんだ……。
目元からぽろりと涙が零れて、唇を離したユリウスに笑いかける。
「嬉しくて泣いてしまったわ」
「リアーナ……、もう一度いいですか?」
ユリウスが熱が籠った声で囁き、私は誘われるように目を閉じた。
また唇が重なる。
私たちはいつまでもそこに佇んでいた。
おわり
という訳で、ユリウス君の長い初恋はようやく実りました。
義弟の粘り勝ちでございました・・・!
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