33 今のままだと結婚できない?
とてもロマンティックなシーンで、ヒロインは髪にキスされて王子への恋心を自覚したのだ。
それが『実は魔道具の力を利用した詐欺でした』と判明してしまったのだから、漫画のファンとしては相当ショックだろう。
「かなり高度な技術で作られた魔道具のようだ。アリサ嬢が作ったとは考えにくいな」
「黒幕がいるということですね」
魔女はユリウスの言葉に頷き、さらに言った。
「とりあえず今回分かったことを、陛下に報告した方がいいだろうね。宰相閣下、私に同行してくれたまえ」
「はいぃ……。ユリウス君、また後で……」
魔女の後を追って部屋から出ようとしていた宰相は、私とユリウスを見ると何か思い出したのかぴたりと足を止めた。
そしてささっと近寄ってきて小声で言った。
「リアーナ嬢、きみの身分はじきに回復させるからね。ちょっと待ってて」
「ありがとうございます、宰相閣下。でも公爵位はユリウスが継いでおりますので、急がなくて結構です」
宰相はただでさえ多忙なのだから、余計な仕事を増やしたら気の毒だ。
そう思って言ったんだけど、彼はきょとんとし、視線をユリウスに移した。
「あれ、まだ言ってないの? 公爵位はリアーナ嬢に戻して、きみは僕の義弟になるんだろ」
「え?」
私は驚いて、しばらく声が出なかった。
ユリウスを見上げると、彼は「余計なことを」と言いたげに宰相を睨んでいる。
「宰相閣下の義弟って……、ユリウスはシェラーズ侯爵家に入るの?」
「ええ、そのつもりです。報告が遅れてすみません。リアーナの身分が回復したら言うつもりでした」
「ど、どうして……」
私は思わずユリウスの腕に縋りついていた。
「あなたは一人前になって喜んでいたはずでしょう。私にも傍にいていいと言ってくれたわよね? なのにどうしてコンテルノ公爵家から出ちゃうの?」
ユリウスは何と答えるべきか迷っている様子で、代理のように宰相が言った。
「なんでって、そりゃね。今のままだと好きな人と結婚できないもんね。……いてっ」
急に呻くので何かと思ったら、ユリウスが宰相の足を踏んでいる。
「何でもありません。この人の言うことは忘れてください」
「え、ええ……」
私は答えつつ、目まぐるしく思考を回転させた。
(ユリウスには好きな人がいるんだわ……。でも私が公爵家にいたままだと結婚しにくいから、家を出ようとしてるのね)
ユリウスに、好きな人がいる。
想像しただけで、胸にナイフが突き刺さったかのような痛みを覚えた。
そして今さらながら、重大な事実を思い出す。
(ユリウスって、セイオトでは聖女を守る騎士だったような気がするわ)
俯いていた顔を上げて、彼の整った顔をじっと見つめる。
視線が合ったユリウスは私に微笑んでくれたけど、私の胸中はなぜか悲しみで満ちていた。
あなたはアリサさんが好きなの?
そう訊いてみたいけど、口には出せない。
(やっぱりヒロインには勝てないのかもね……)
ユリウスに「傍にいてほしい」と言われた時、本当はすごく嬉しかった。
私も彼とずっと暮らせたら、どんなに幸せだろうかと想像してしまった。
(私はユリウスのことが……)
きっと好きなのだ。
だから彼が私から去るのかもしれないと分かって、こんなにも悲しくなっている。
でも私は決めたから――ユリウスの人生に口を出さないと。
「あなたが何を選んだとしても、私は受け入れるわ。あなたは思い通りの人生を生きて」
私が言うと、ユリウスはハッと息を飲んで私の手を握った。
「その言葉を信じてもいいんですね?」
「ええ」
深く頷くと、いきなりぎゅうっと抱き締められた。
「嬉しいです、リアーナ……!」
「ユ、ユリウス……。ちょっと苦しいわ」
ふと視線を巡らせると、宰相が怪訝そうに私たちを見ている。
「うーむ。どうも行き違いがあるようだぞ?」
「何をしているんだ、宰相閣下。早く来たまえ」
魔女が廊下から声を掛けて、宰相は「まぁいっか」と呟いて衣裳部屋から出て行ってしまった。
私はユリウスの腕に締め付けられながら、「行き違い」って何かしらと考えていた。




