32 見えない
数日後、私たちは王宮内の一室に集合していた。
ここは使われていない衣裳部屋で、いつもカーテンが閉め切ってあるので外からは室内が見えにくい。
しかしこちらからは中庭にあるガセボがよく見えるので、誰かの密会をこっそり観察するには最適の場所だった。
「ジェレミー殿下はいい部屋をご存じだね。ここならよく見えるぞ」
ウキウキしながら言ったのはアラン宰相閣下だ。
彼の背後にはなぜかユリウスまでいて、宰相を不機嫌そうな顔で見ている。
「きみたちもセドリック殿下を調べているのかね?」
魔女が問うと、宰相は「まぁね」と答えた。
「重大犯罪の可能性があると聞かされたら、宰相としては調べるしかないからねぇ。そうだろ、ユリウス君」
「……どちらかと言えば、宰相閣下は個人的な興味でここに来たのでしょう」
あまりにも冷ややかな声で言うので、私は少しばかり驚いてしまった。
(宰相閣下に抜擢されたのに、少しも嬉しくなさそうだわ。二人はどういう関係なの?)
宰相はユリウスに対してかなり親し気なのに、ユリウスは迷惑そうな顔だ。
不思議に思って二人を見ていると、カーテンの隙間から外を覗いていた宰相が「おっ」と声を上げた。
「きたきた。セイオトのヒロインのお出ましだ」
その瞬間、私は頭のモヤが晴れるような気分を味わった。
大声を上げそうになり、反射的に口元に手を当てる。
(セイオト……! 聞き覚えがあるわ。確か逆ハーものの少女漫画だったはず)
不遇な少女が聖なる力に目覚めて、イケメンからモテまくるという逆ハーレムストーリー……だったような気がする。
私は背中に汗が流れるのを感じつつ、こっそりと宰相を見つめた。
(この人も転生者なんだわ。だからさっきユリウスは……)
先ほどユリウスは宰相に対して、個人的な興味でここに来たのだろうと言っていた。
あの発言は、宰相が転生者だと知っていたからこそ出てきたのではないだろうか。
(ユリウスも宰相閣下が転生者だと知っているのね。二人の関係は……?)
ユリウスが宰相と行動を共にしているのは、何のためなのだろう。
頭を疑問で埋め尽くしていると、魔女が呻くような声を上げた。
「なんてことだ……。私にはセドリック殿下の姿が判別できない」
その言葉で全員に緊張が走り、私は魔女の後ろから外の様子を除いた。
「っ……!」
悲鳴を上げずにいられたのは、奇跡に近かった。
ガセボにいるセドリック殿下は無数の蝶に囲まれて、彼の輪郭さえほとんど見えなかった。
ほぼ蝶の塊だ。
「蝶が……、殿下が蝶で埋め尽くされています」
「私の片眼鏡からは、殿下の全身が真っ黒に見えているんだ。彼がどんな顔をしているのか、セドリック殿下本人なのかさえ不明だ」
「二人にはそのように見えるのですか? 俺の目には、普通の人間に見えるのですが」
ユリウスも宰相も、不思議そうに首を傾げている。
魔力の流れが見えない人間には、あの異常さが分からないのだ。
「セドリック殿下が洗脳魔術を受けているのは間違いなさそうだ。あれほど魔力過多の状態は見たことがない。このままだと、彼は廃人になってしまうだろう」
「……!」
魔女の言葉に、私は自分でも驚くほど動揺してしまった。
(セドリック殿下が……)
私をぼろぼろに傷つけたセドリック殿下が、廃人になってしまう……?
私は窓際に立って、もう一度カーテンの隙間から彼の姿を眺めた。
相変わらず蝶にまみれていて、人間かどうかも分からない殿下の姿に胸がずきずきと痛む。
「リアーナ……」
ユリウスが私の両肩にそっと手を置いた。
振り返ると、ユリウスは切なそうに眉根を寄せて私を見ていた。
(私の動揺に気が付いちゃったのね)
ユリウスは優しいから、いつだって私を心配してくれる。
でもこれは私の問題だから、自分で決着をつけなくてはならない。
(セドリック殿下のことは許せないわ。でもだからといって、彼を見殺しにはできない)
私は顔を上げて、ガセボで話すセドリック殿下とアリサさんを食い入るようにじっと見つめた。
(アリサさんが原因だとしたら、彼女から何か見えないかしら)
目を凝らしていると、ふいに彼女の髪飾りがきらりと光った。
アリサさんがいつもつけている花の形の髪飾りだ。
太陽が当たらない場所に座っているのになぜだろうと考えていると、髪飾りからふわりと小さな蝶が飛び立つ。
「……! 魔女様、アリサさんの髪飾りを見てください」
その小さな蝶は少しずつ大きくなり、セドリック殿下へと集まっていく。
私と一緒に殿下を見ていた魔女は、「あれが原因だ」と低い声で言った。
「アリサ嬢の髪飾りは魔道具だな。あれでセドリック殿下を洗脳したのだろうね」
魔女がきっぱり言うと、宰相が「ううっ」と呻いて顔を両手で覆った。
「ああぁ……花の香りって、そういうことだったのかぁ。魔道具の力だったのか……ロマンがぶち壊れちゃったよ。ユリウス君、慰めて」
「気にしないでください、いつもこんな感じなので」
私が思わず宰相に視線を向けると、ユリウスが平然と言い放つ。
彼の反応に私は確信を深めていた。
(セイオトでは、王子様がヒロインに「花の香りがするね」と囁くシーンがあったわ。宰相閣下はそれを覚えているのね)




