31 研究室にて
医術の魔女の研究室は、見た目はほぼ温室だった。
様々な草木が生い茂る室内で、魔女はゆったりと薬草茶を飲んでいた。
「やあリアーナ、私の研究室へようこそ」
人の顔ほどもある大きな花や、虹色の蕾をつけた草。
そして見たこともないような尾の長い鳥が飛んでいたり、半透明の蝶がひらひらと舞っていたり。
「ご機嫌よう、魔女様。ここは不思議な空間ですね」
まるで日本で読んだ絵本の中のようだ。
私が上ばかりみてきょろきょろとしていると、魔女はふふっと笑って椅子に座るように促した。
「この温室にあるのは薬草ばかりなんだよ。鳥や蝶も、魔術薬の原料となる生き物たちだ」
そう説明しつつ、彼女は机の引き出しからごそごそと何かを取り出した。
小さな革製の袋で、首からぶら下げるためなのか紐はやや長めだ。
「さっそくだが、きみにはこれを常に身につけてもらいたい」
頷きつつ手に取ると、袋の中には何か入っている。
「中身は石ですか?」
「取り出してもいいよ。実物を見た方が分かりやすいだろう」
その言葉通りに中身を取り出すと、私の手の平に透明な石がコロンと落ちてきた。
大きさは小ぶりの苺くらいだ。
「綺麗ですね。ここまで透明な石は初めて見ました」
「魔吸石と呼ばれる、非常に珍しい鉱石だよ。この石は魔力の属性だけを吸収して、保持する性質があるのだ」
「この石に私の闇属性を吸わせるのですね?」
だんだん魔女の狙いが分かってきた。
魔吸石に私の闇属性を吸わせて、魔力が詰まりやすい体質の人間に持たせようという計画だろう。
魔女はお茶を飲みつつこくりと頷いた。
「その通り。陛下のように魔力過多で詰まりやすい体質の人間には、即効性のある魔道具になるだろう。ただ、闇属性を試したことはなくてね。うまく行くかどうかはまだ分からないのだが」
「やってみる価値はありますよね。ずっと首からぶら下げておきます」
紐を首に通した時、温室のドアが開いてベルがちりんと鳴った。
「お邪魔してもいいですか?」
高く澄んだ少年の声に思わず立ち上がると、セドリック殿下によく似た少年が草木が生い茂る道を歩いてくる。
王族の姿を認めた私は、反射的にカーテシーをしていた。
「ジェレミー殿下、お久しぶりでございます」
「リアーナ嬢も来てらしたのですね。お元気そうで何よりです」
彼はにこやかに言った後、ハッとしたように頭を下げた。
「この度は兄セドリックが申し訳ないことをしました。王族を代表して、あなたに謝罪いたします」
「そ、そんな……、顔を上げてください。殿下がそのように簡単に頭を下げては」
「いいえ。王族だろうと間違ったことをしたのなら、謝罪すべきです。取り返しのつかない事態になりましたし……」
「ジェレミー殿下……!」
私がおろおろしていると、魔女が「ははっ」と笑い出した。
「まぁその辺にして、ジェレミー殿下もお掛けください」
「はい。失礼します」
ジェレミー殿下がちょこんと丸椅子に座った時、ちょうどよくお湯が沸いて、魔女は三人分の温かいお茶をいれてくれた。
「魔力の流れをよくするお茶だよ。陛下にも飲んでいただいている」
「僕も毎日飲んでいます」
「ジェレミー殿下もですか?」
じっと見つめてみても、今のところジェレミー殿下の周りには蝶はいない。
不思議に思っていると魔女が言った。
「ルヴァルノ王家の人間は魔力過多のせいか、詰まりやすい傾向があるのだよ。だからジェレミー殿下にも、予防のためにお勧めしたんだ。特にジェレミー殿下は陛下に似ておられるからね」
「そうなのですね」
ほんの少し甘苦い感じで、とてもおいしいお茶だ。
「あ、そうだ。ちょうどいい機会だから、リアーナの魔力を殿下に体感していただこう」
「僕にですか?」
ジェレミー殿下がお茶の入ったカップを机に置くと、魔女は私の手をそっと取って言った。
「殿下、リアーナの手に触れてみてください」
ジェレミー殿下が首を傾げつつも、私の手の平にちょっとだけ触れる。
すると彼は何かに驚いたように目を見張った。
「わあ……、吸い込まれる感じがします。不思議な感触です」
「そうでしょう。リアーナの闇属性は、魔力を吸うことができるのです」
「……! この力を、父上の治療に使っていただけないでしょうか?」
ジェレミー殿下が縋るような目を私に向けたので、彼を安心させるためににこりと笑った。
「もちろんです。私は魔女様の研究に協力するつもりでここに来ました」
「リアーナに協力してもらって、新たな魔道具を作る予定です。うまく行けば画期的な治療法になるでしょう」
「ありがとうございます……!」
ジェレミー殿下は嬉しそうに言ってから、私の手をじっと見つめた。
そして小声で「もしかしたら……」と呟く。
「ジェレミー殿下。今日は秘密の用事でここにいらしたのですか?」
魔女が声を掛けると、殿下はハッと顔を上げた。
「この部屋に護衛も連れずに入ってこられましたね。私に内密の相談ですか?」
問いかけられたジェレミー殿下は返答を迷っている様子だ。
私は邪魔にならないように静かに立ち上がった。
「では私は席を外します」
魔女に内密の相談ということであれば、私はこの場にいない方がいいだろう。
そう思って席を立とうとすると、ジェレミー殿下は「いいえ」ときっぱりと言った。
「リアーナ嬢もここにいて、僕の話を聞いてください。僕は兄のことで相談に来たのです」
セドリック殿下の話が出て、私は思わず体をこわばらせてしまった。
正直な気持ちを吐露すれば、もう二度とその名を耳にしたくないくらいの嫌悪感があった。
(でも聞きたくないと突っぱねたら、ジェレミー殿下が可哀相だし……)
とりあえず話を聞くだけ聞いてみよう。
もう一度座って待っていると、殿下は悩むように目を伏せてからぽつぽつと語り出した。
「もしかしたら、リアーナ嬢の力が必要になるかもしれませんので……」
「セドリック殿下も陛下と同じ病気なのですか?」
私が問うと、ジェレミー殿下は首を横に振った。
「病気ではないのですが、明らかに様子がおかしいのです。父上は、魔術にでもかかったのではないかと心配していました」
「ほほう、魔術にかかったと。具体的にはどんな様子ですか?」
魔女は俄然、興味がわいてきたのか、身を乗り出して殿下に問いかけている。
ジェレミー殿下は首を傾げつつ言った。
「説明するのが難しいのですが……、目の奥が濁っていて、高熱に浮かされた人間のようにとろんとしています。話し合っている時も一方的に自分の意見をまくし立てるだけで、父や母が何か言っても耳に入っていない様子です」
「ははぁ、洗脳に近い状態にあるようですね」
「……父上は、聖女アリサが原因ではないかと疑っています」
ジェレミー殿下が暗い顔で言い、私は思わず「えっ」と声を上げてしまった。
「聖属性の魔力には、そんな力があるんですか?」
そもそも誰かを洗脳できる魔術があるなんて、聞いたこともない。
魔女に問いかけると、彼女は腕組みして「うーん」と唸っている。
「いや、ないよ。そもそも誰かを洗脳する魔術は非常に難度が高くて、つい最近聖女になったばかりのアリサ嬢に使えるとは思えない」
「では……」
「もしアリサ嬢が原因だとしても、黒幕は別にいるということだよ。とにかくセドリック殿下の状態を確認するしかないな。本当に洗脳状態にあるのなら、重大な犯罪行為だ。洗脳は禁術指定されているからね」
「兄はアリサ嬢を守ろうと必死ですから、正面から会おうとしても拒絶するはずです。僕が手引きします」
ジェレミー殿下が言い、私たちはセドリック殿下の様子をこっそり探ることになった。




