30 過保護
翌朝、マーサを呼んで身支度を終えた私は食堂へ向かった。
質素な白いブラウスに首元には紺色のリボン、腰から下は上品なスカートを履いている。
魔女の手伝いをするのであれば、ドレスだと動きにくいだろうと考えたからだ。
「おはよう、ユリウス」
「おはようございます、リアーナ」
名前を呼ばれて、また胸がどきんとする。
ユリウスの向かい側に座ると、彼は嬉しそうに微笑んだ。
「やっと元通りですね。こうしてあなたと一緒に食事をしたかったんです」
そう言うユリウスは、王宮騎士団の騎士服を身に纏っている。
「やっぱり王宮騎士団に入ったのね」
ユリウスならお父様の後を継いで、立派な団長になることだろう。
そう思って言ったのに彼は浮かない顔をしている。
「騎士団には入ったのですが、しばらくは変則的な勤務になりそうです。宰相閣下が俺を護衛兼・補佐に任命したので」
「そうなの? 宰相閣下に抜擢されるなんてすごいじゃない。さすがユリウスね」
私は彼を誉めながら、昨夜から悩んでいたことについて、一時的に決着をつけようと思った。
「あなたは昨日私に、一人の男として見てほしいと言ったわよね」
オムレツを切ろうとしていたユリウスはナイフをぴたりと止め、やや驚いた顔で私を見つめる。
「ユリウスは一人前の立派な男性よ。私はもうあなたを弟扱いするのはやめるわ」
これでいいんでしょう。
確認のためにじっと見ていると、ユリウスは満足そうに口元に笑みを浮かべた。
「一歩前進ですね。よかった……」
「それでね、考えたんだけど。私はいつまでもここにいる訳にはいかないと思うの」
「……え?」
ユリウスは鳩が豆鉄砲をくらったかのような、きょとんとした顔になった。
思いもよらないことを言われた、そんな表情だ。
何を驚いているのかと思いつつ続ける。
「だってあなた、そろそろ結婚を考える頃合いでしょう? コンテルノ公爵家はあなたが継いだんだから。私は小姑になる気はないし、新婚夫婦の邪魔はしたくないのよね。だから……」
「リアーナ」
ユリウスが私の言葉を遮るように低い声で言い、私は驚いて口を閉ざした。
彼は少し怒っているみたいだった。
「俺の結婚の心配をする必要はありません」
ぴしゃりと言われ、私は自分の無神経な発言を反省した。
「ごめんなさい……」
前世でも、そろそろ結婚しろだの適齢期だの言われることにうんざりした覚えがある。
(嫌だったくせに、同じことをしちゃったわ……)
私は前世の記憶はあるものの、リアーナとしての人格には何ら変化がない。
だからどうも公爵令嬢としての考え方に縛られがちで、家を守るために必死になろうとしてしまう。
でもコンテルノ公爵家はユリウスの手に委ねられたのだから、平民となった私が出る幕はないのだ。
(ユリウスの人生に口を出したら駄目よね。私は自分のことだけ考えなきゃ)
気まずくなって、黙々と朝食を口に運んだ。
「そろそろ出かけるわ」
小声で言って立ち上がると、ユリウスが焦ったように私の腕を掴む。
何事かと振り返れば、彼は切なげな光を瞳に宿していた。
「あなたはずっとここに……俺の傍にいてください」
(ああ……。私が出て行こうとしたから、心配させちゃったんだわ)
身分も職もない元・姉が出て行くなんて言ったら、それは大丈夫なのかと不安になるに決まっている。
私はユリウスを安心させるために、にこりと微笑んだ。
「心配してくれてありがとう。でも私は将来のためにも、仕事を見つけて自立したいのよ」
婚約破棄されてケチが付いた私を娶ろうとする男性なんて、まずいないだろう。
この先を考えるなら、手に職をつけるのは必須だ。
「それについては俺と宰相閣下が何とかします。お願いだから、急にいなくなったりしないでください」
両肩に手を置かれ、顔を覗き込まれた状態で懇願される。
なぜ彼はここまで責任を感じているのだろうと疑問を覚えつつ、私はこくこくと頷いた。
「わ、分かったわ。あなたの傍にいると約束する」
私が言うとユリウスはあからさまにホッとした表情を浮かべて、私たちは手を繋いで食堂を出た。
そのまま屋敷内を歩き、玄関から出て馬車に乗り込む。
ユリウスがやっと手を解放してくれたのは、馬車が魔術院に到着した時だった。
「また夕方に迎えにまいります」
「ええ、またね」
私は去っていく馬車を見送りながら、額に変な汗をかいていた。
「過保護すぎでしょ……。私が婚約破棄されたことが、ユリウスのトラウマになってしまったのかしら」
やっと卒業して王都に戻ってみれば、姉は屋敷におらず、婚約破棄されて娼館送りになっていた訳だ。
(家族がいきなり失踪したんだものね。それは心配にもなるかも……)
今後はあまりユリウスを刺激するようなことを言わないようにしよう。
せめて定期的な収入を得て、自立の目途が立ってから彼に相談するようにしよう。
私は医術の魔女に会うために魔術院の門をくぐった。




