29 話がかみ合わない
ユリウスにエスコートされて馬車に乗りこむと、しばらくして懐かしい屋敷が見えてきた。
もう二度と戻れないのかと覚悟していたコンテルノ公爵家の屋敷だ。
不在にしていたのはたった二週間ほどなのに、胸が切なくて仕方がなかった。
馬車がロータリーに入ると、玄関扉が勢いよく開いてクリストフが現れた。
「クリストフ、姉上をお連れした」
「おお……! お嬢様、よくぞご無事で……!」
クリストフの後ろでは、マーサが目元にハンカチを当てている。
私まで泣きそうになって、声を震わせながら言った。
「ただいま。心配かけてごめんなさいね」
「さあさあ、立ち話もなんですからお入りくださいませ」
マーサが泣き笑いのような顔で言い、私はユリウスに導かれながら慣れ親しんだ廊下を歩いて行く。
「姉上の部屋はそのままにしてあります。ゆっくりと休んでください」
ユリウスが部屋のドアを開けると、彼の言葉通り、室内は何一つ変わっていなかった。
私が殿下に呼ばれて王宮に向かった日のままだ。
(戻ってきたんだわ……)
感動でぽろりと涙が零れて、私は慌てて目元を擦った。
「ありがとう、ユリウス。ここに戻ってこれたのはあなたのお陰よ」
ユリウスは穏やかに微笑んだまま私を見ている。
私はバルコニーに繋がる大きな窓を開けて、外に出て景色を眺めた。
十八年見てきた王都の街並みが視界に映る。
「私はあなたに何も報われなかったと言ったけど、あれは間違いだったわね……。あなたはコンテルノ公爵として立派に成長した。私は姉として、ユリウスを誇りに思うわ」
手すりに手を置いて夕空を見上げていると、後ろからこつこつと足音が聞こえてくる。
振り返るとすぐ後ろにユリウスが立っていて、彼は少し悲し気な表情をしていた。
「俺はいつまであなたの弟なのでしょう」
「え……?」
「そろそろ弟ではなく、一人の男として見てほしいのですが」
切なげに見下ろされたものの、私はかなり混乱していた。
(もう一人前になったから、弟扱いするなという意味かしら?)
騎士になる夢を叶えて、コンテルノ公爵になったユリウス。
それに比べて私の現状は……。
確かに姉と名乗るには、情けなすぎる。
「ごめんね……」
思わず謝罪を口にすると、ユリウスはさらに泣きそうな顔になり、私をふわりと抱き締めた。
「謝らないでください。時間がかかるのは覚悟していましたから……」
(……? 時間がかかる?)
どうも会話がかみ合っていないような気がする。
「ちょ、ちょっと待って」
「はい、ずっと待ちます。待つのは得意なんです」
(私たち、何の話をしているの?)
弟をやめたいとか、待つとか――ユリウスが何を言っているのか分からない。
話を整理しようと口を開いた瞬間、ユリウスが私の耳元で囁いた。
「リアーナ」
「……!」
びりびりと全身に雷が走ったように感じた。
頭のてっぺんから爪先まで痺れて、声が出てこない。
「ずっとこう呼びたかったんです。リアーナ」
「ユ、ユリウス……!」
「はい、なんでしょうか」
「足が痺れて、倒れそうだわ」
本当は足腰から力が抜けただけなんだけど、恥ずかしくて口にできなかった。
まさか義弟に名前を呼ばれたせいで腰が砕けたなんて、情けなすぎて言えない。
「気が付かなくてすみません」
ユリウスは私を軽々と横抱きにして、ベッドにそっとおろしてくれた。
「おやすみなさい、リアーナ」
額に柔らかなものが触れて、私が息を飲んでいると彼は部屋から出て行った。
私はベッドにどさりと倒れて顔を両手で覆った。
「も、もう無理……! ユリウスの女たらし!」
頬にいきなりキスをしたり。
耳元で名前を囁いてみたり。
騎士学校で厳しい訓練を受けたくせに、女性を振り回すようなことをしないでほしい。
(一人の男ってどういう意味よ! 私とはもう家族じゃないということ? 何が言いたいのか分からないのよ!)
しばらくベッドの上で悶えてから、むくりと起き上がった。
「疲れたわね……。もうユリウスのことを考えるのはやめましょう」
明日は魔術院に行って、医術の魔女の手伝いをしないといけない。
(魔女様の手伝いをしながら、仕事探しも並行してやらないとね)
今の私は公爵令嬢ではなく、ただの平民なのだ。
この家は確かに生家ではあるけど、ずっとここで暮らす訳にはいかない。
「ユリウスがどこかの令嬢を妻として娶る前に、出て行く用意をしておかないと……」
私は決意しつつマーサを呼んで湯浴みをした。
そして早々に就寝したのだった。




