28 帰宅
俯いて呼吸を整えようとしたら、ユリウスが当然のように隣に座ってきた。
そして私の額にそっと手を当てる。
「顔が赤いですよ。過労で熱が出たのでは?」
心配そうに覗き込まれる。
至近距離にやたら整った顔があって、私は思わず呼吸を止めた。
「だ、大丈夫だから……、少し離れて」
ユリウスは私の言葉に一瞬だけ傷ついた顔をしてから、魔女の方に冷たい眼差しを向けた。
「姉上に何をしたんです?」
「私は魔力に関する話をしていただけだよ。ユリウス卿は姉君を心配しすぎじゃないかい?」
「心配して当然でしょう。姉上は大切な方なんですから」
二人が揉めている間に、私は胸に手を当てて深呼吸を繰り返した。
(落ち着いて……、ユリウスはただの弟よ)
王太子妃になるべく研鑽を積んできたのだから、多少の異変で動じる訳にはいかない。
「ごめんなさい、もう大丈夫よ」
「本当ですか? 無理していませんか」
ユリウスがソファに手をついて、ぐっと顔を寄せてくる。
私は反射的に魔女の方に上体を倒して、ユリウスから距離を取るような体勢になってしまった。
「あ、あのね、ユリウス。私は魔女様の研究に協力することになったの」
やや強引に話題を変えると、ユリウスは驚いた顔で魔女に視線を向けた。
「本当だよ。リアーナは魔力を吸収する闇属性だから、ある病気の治療に協力してもらいたいと頼んだんだ。ユリウス卿は陛下の病状について、不思議に思っていることはないかな?」
(ああ……闇属性だと言ってしまわれた)
ユリウスは風と氷という華々しい二つの属性持ちなのに、私はほとんど知られていない闇属性。
義弟はどう反応するのかとビクビクしていたけど、彼は動じることなく魔女の話を聞いている。
私はなぜかホッとしてしまった。
「陛下の病状ですか……。聖女の回復魔法は本当に効いているのかと、疑問に思ったことはあります」
「いずれ公表することになるだろうがね、聖女の魔法では陛下の病は完治しないのだよ」
それから魔女は、先ほど私に話した内容と同じ説明をユリウスにも聞かせた。
「――という訳で、きみの姉君をお借りしたい。リアーナの属性はこの病の特効薬になるだろうからね」
ユリウスはしばし考えこむ様子を見せてから、魔女に言った。
「この話を宰相閣下に伝えてもよろしいですか?」
「もちろん構わんよ。むしろ宰相閣下には、早めに知ってもらおうと思っていたところだ」
ユリウスが自然と宰相閣下のことを口にしたので、私は思わず目を見張った。
「ユリウス、いつの間に宰相閣下とお知り合いになったの?」
「まぁ、色々ありまして……」
ぼそっと言って、口を閉ざしてしまう。
何があったのかは分からないけど、ユリウスにとって宰相閣下との出会いはあまり嬉しい出来事ではなかったらしい。
(無理に聞き出すのもおかしいし、話してくれるのを待ちましょう)
そんなことを考えていると、食事を終えた魔女がすっくと立ちあがった。
「話は以上だ。ではリアーナ、明日私の研究室に来てくれたまえ」
満足そうな顔で言い、私が「はい」と頷くのを見るや、あっという間に店を出て行ってしまった。
「嵐のような方だったわね……」
「姉上、俺たちも出ましょう。マダムには残りの金を支払ってあります。あなたはもう自由です」
彼は立ち上がって、エスコートするように私に手を差し出した。
「あなたの部屋にドレスを用意してあります。それを着て、俺たちの屋敷に帰りましょう」
「ドレスまで用意してくれたの?」
私がユリウスの手を取ってソファから立つと、彼は私の全身を見てしみじみと言った。
「メイド服の姉上も大変可愛らしくて、俺は割と好きなのですが……。クリストフやマーサが見たら、卒倒するかもしれませんので」
「そ、そうね。この恰好は見せない方がいいわね。すぐに着替えてくるわ」
そう言って部屋に戻りつつ、私はユリウスの言葉を脳内で反芻していた。
(メイド服の私が、可愛い……)
姿見の前に立って、スカートを指で摘んでくるくると回ってみる。
しばらくして、自分がものすごく浮かれていることに気が付いた。
「何を一人で回ってるのかしら。さっさと着替えないと……!」
頭をぶんぶんと勢いよく振り、雑念を追い払う。
(今朝から浮かれすぎよ。ユリウスはお世辞を言っただけなのに、真に受けて馬鹿みたい。婚約破棄された女が……)
その単語を頭に思い浮かべただけで、ずぅんと気分が暗くなってきた。
殿下の婚約者として十年も一緒に過ごしてきて、彼の考えを理解しようと努め、王太子妃に相応しくあろうと努力してきたつもりだったのに……結婚直前であっさりと捨てられた女。
それが私だ。
「しばらく恋も愛も要らないわ。これからは自分が望む通りに生きていきたい……」
ぽつりと呟いて、ドレスのリボンを結んだ。
部屋から出るとユリウスは私を見て眩しそうに目を細めた。
「よくお似合いです」
「……ありがとう」
義弟が私のためにドレスまで用意してくれたのかと思うと、少しは過去の自分が報われた気分になる。
(ユリウスは立派な公爵になったわ。少なくともその点については、私の努力は実ったのよ)




