27 いかにも悪役
肩にそっと手を置かれて、私はゆっくりと顔を上げた。
衝撃は大きかったけど、私とセドリック殿下の関係を考えたら徐々に冷静になってきた。
「そうですね、少しショックです……。でも今は婚約破棄されてよかったような気もします。私とセドリック殿下は、いい夫婦にはなれなかったでしょうから」
たとえ彼と結婚していたとしても、殿下が愛しているのはアリサさんだけで、私は冷めた気持ちで日々を送ることになっていただろう。
夫に冷遇されると分かっているのに結婚するのは不毛だ。
私の言葉を聞いた魔女は目をぱちくりさせた後、愉快そうに笑った。
「ふふ、きみはなかなかいいね、リアーナ。逆境で前向きになれる人間というのは貴重だよ」
そして肩掛けの鞄をごそごそと探り、水晶の玉を取り出す。
占い師が使うような玉だった。
「これは……教会で見たことがあります。魔力の判定に使うものですね」
私は五歳くらいの時に両親と一緒に教会に行き、この玉に手を当てたことがある。
その時は玉は一切何の反応もせず、神官から残念そうに「リアーナ様にはほとんど魔力がありません」と言われてしまった。
ワクワクしていた幼女のハートは粉々に砕け散ったのだ。
「ちょっとこの玉に、手を当ててみてくれないかな?」
「……私には魔力はありませんよ?」
「いいから、ちょっとだけ」
(どうせ無反応で終わるのに……)
私はしぶしぶ玉に手を当てた。
魔女もこれを見れば納得するでしょうと思いながら。
でも私の予想とは反対に、彼女は目をキラキラさせて玉を見ている。
「おお……、やはり!」
私は玉に手を当てた状態なので、自分の手が邪魔でよく見えない。
何が映っているのかと手をどけたら、玉の中心には禍々しい黒いモヤが渦巻いていた。
「き、気持ち悪い……何ですか、これは」
自分が手を当てたせいで黒くなったのに、思わず正直な感想を口にしてしまう。
どう見ても、「これから悪いことが起きます」という占い結果が出ているようにしか見えない。
私がしかめっ面になっていると、魔女は面白いオモチャを見つけた子どものようにウキウキしながら言った。
「思った通り、きみは闇属性の魔力のようだね!」
「や、闇属性?」
「非常に珍しい属性で、一万人に一人しかいないと言われているのだよ」
公爵令嬢なのに、闇属性。
(さすが悪役だわね……。あまり人には知られたくないわ)
できればユリウスにも内緒にしたい。
口元をひくつかせていると、なおも魔女は言った。
「先ほどのファルファラは、肩が痛いと言っていたはずだ。しかしきみが肩に触れたら痛みが消えた」
「え、ええ。そうです」
「なぜ治ったか。それは、彼女の余分な魔力をきみが吸い取ったからだ。闇属性の人間は他人の魔力を吸うのだよ!」
「……」
やたら興奮して説明してくれるものの、私の気分は逆に冷めていった。
(どうりで水晶が禍々しい物を映すはずだわ。他人の魔力を吸うとか……いかにも悪役っぽくて笑えないわ)
げんなりしている私の隣では、魔女が興奮冷めやらぬ口調で話し続けている。
「人体には血と同じように魔力が巡っているのだがね、時おりその流れが詰まりやすい人間がいる。そして詰まった部分には痛みが生じる。先ほどのファルファラのようにね」
「……その詰まった魔力を私が吸った、ということですか」
「その通り! 私の片眼鏡は魔力が詰まった場所が見えるのだが、先日まで見えていたファルファラの黒いモヤは跡形もなく消えていた」
早口でまくし立ててから、魔女は私の手をがしりと握った。
「ここからが重要なのだよ、リアーナ」
「は、はい?」
「陛下も同じ病気なのだ」
「……!」
「陛下は体質的に魔力が詰まりやすいようだ。詰まった当初は痛みだけなのだが、それを鎮痛剤などで誤魔化していると症状が全身に広がる。ひどいと意識を失う」
「それで陛下は……」
「突然倒れて意識を失ったのだ。体質由来の病気のため、治す方法が見つからず苦労していたのだが……。きみという救世主が現れた。ぜひ研究に協力してくれたまえ!」
鼻息荒く両手をがっしり握られて、私は戸惑いつつ頷いた。
「わ、分かりました。私でお役に立てるのなら、喜んで……」
「ありがとう!」
「……魔女様、一つ質問があるのですが」
「いいよ、何でも訊いてくれたまえ」
魔女は食事を再開する気になったようで、グラタンをスプーンでもぐもぐ食べている。
私は自分の身に起きた不思議な出来事を話すことにした。
「私は幼少期に魔力なしの判定を受けたのですが、どうして今になって力に目覚めたのでしょうか。肩が痛いと言ったファルファラについても、私には余剰魔力が蝶の姿に見えたんです」
「ああ、それはね」
グラタンを食べ終えた魔女は、クリームソーダのアイスをスプーンで掬いながら言った。
「魔力の核は心臓の近くにあるせいか、心臓が激しく動くような出来事があると新たな力に目覚めたりするのだよ。魔術師の中には、恋をすると魔法に目覚めるという者もいる。まぁ、真実かどうか分からないが」
「こ、恋……ですか……」
私の頭には、義弟の端正な顔が浮かび上がっていた。
(どう考えても、ユリウスが私の頬にキスしたせいよ)
あの時、私の心臓は壊れそうなくらい激しくドキンと動いた。
思い出すたびにドキドキして眠れなかったくらいだ。
でも彼に恋をしたせいかなのかと考えてみても、あまり納得はできない。
(お父様以外の男性からキスされたのが初めてだったから、驚いただけ……きっとそうよ)
今まで弟としか思っていなかったのに、急に恋だなんて指摘されてもすぐに「そうですか」とはならないのだ。
「魔女どの、俺の姉上に何をしているんですか」
ちょうどその時衝立の向こうからユリウスが現れて、私はびくりと体を硬直させた。
また心臓が激しく動いて、額には変な汗がにじんでいる。
「おや、若き公爵様じゃないか」
「ユッ、ユユ、ユリウス……! また来てくれたのね」
もう滑稽なくらい声が震えて、顔が熱くてまともにユリウスの顔が見れない。
(恋とか変な話を聞いたから……!)




