24 叱責
原因不明の病で伏せっていた国王フィリップは、聖女アリサの回復魔法により意識を取り戻した。
しかし彼がすらすらと話せるほどに回復できたのは、リアーナが娼館送りにされてから二週間後のことだった。
「この愚か者が!」
王宮の奥深くにある国王の寝室に、フィリップの怒鳴り声が響いた。
呼び出されたセドリックは唇を噛み、俯いたまま父親の叱責を受ける。
病床の父の隣には母と弟がおり、二人は悲し気な目でセドリックを見ていた。
「なぜ私に無断で婚約破棄などしたのだ! お前は王族の婚約がどれだけ重要な意味を持つのか、理解していたはずだろう!」
怒鳴ってから、苦しそうにゴホゴホと咳をする。
王妃はベッドの横に立ち、国王の背をそっと撫でた。
「陛下、あまり無理をなさっては……」
「これが無理をせずにいられるか……! 王妃というのは、教養と実績を積んだ人間だけが就くべき地位だ。でなければ貴族たちが納得するはずもない。王妃もそれは知っておろう」
「もちろんですわ。陛下が伏せっている間、リアーナ嬢はわたくしを支えてくれました。ジェレミーの生誕祭が成功したのも、彼女の尽力あってこそです。セドリックもそれは理解していると思っていたのですが……」
「あろうことかその生誕祭で、アリサ嬢を聖女に認定したそうだな? セドリック」
「……はい」
アリサの力に心酔しているセドリックは、父がなぜここまで激怒しているのかが分からない。
だから彼は父を説得するために顔を上げた。
「何がいけなかったのですか? 父上がそこまで回復なさったのは、アリサの力があってこそです。彼女の功績を称えて聖女にするのは当然では?」
「ジェレミーの生誕祭なのだから、ジェレミーが主役だ。お前が出しゃばってアリサ嬢を目立たせたせいで、貴族の中にはお前たちに反感を持つ者が増えたようだと報告を受けた。リアーナ嬢のお陰で夜会が成功したのに、お前は彼女をエスコートもせず……。挙句、婚約破棄しただと? なんと情けない」
国王が苦い表情で言うと、黙っていたジェレミーがおずおずと口を開いた。
「兄上、今からでもリアーナ嬢に謝罪するべきです。そしてすぐに彼女の地位を回復させて……」
「それはできない。リアーナは学園で、アリサにひどい嫌がらせをしていたんだ。そんな女は婚約破棄されて当然だ」
セドリックがきっぱり言うと、王妃が怪訝そうに眉根を寄せた。
「その嫌がらせだけど、ちゃんと調べたの? リアーナ嬢は多忙でほとんど学園には行けなかったはずよ。誰に調査を命じたの、セドリック」
王妃から痛いところを突かれ、セドリックは黙り込んだ。
できれば隠したい事実だったが、国王が低い声でさらに尋ねた。
「答えよ、セドリック」
「……ランドール・キャンベルです」
セドリックの言葉に三人は息を飲み、国王は呆れたように言った。
「アリサ嬢の義兄ではないか……! それは彼女にとって都合の良いように報告するであろうよ。いいように利用されたな、セドリック。この愚か者めが!」
「アリサ嬢には後ろめたい事実があるということね。これではあなたと彼女の婚約は認められないわよ」
「そんな……!」
王妃から冷たい言葉を投げつけられたセドリックは、必死の形相でベッドに近づいた。
「僕の妃はアリサ以外考えられません! 彼女は僕に愛を教えてくれた、かけがえのない大切な人なんです。父上と母上も、彼女と一緒にいればその素晴らしさが分かるはずです! アリサは国母となる女性です!」
セドリックの瞳は熱にうかされたように恍惚としており、その異様な光に三人は事の重大さにやっと気づいた。
明らかに今までのセドリックではなかった。
「ど、どうしたんですか? 兄上……」
「まるで別人みたいだわ……。以前のセドリックは、もっと冷静に物事を判断できる人間だったはずよ」
「何かの魔術を受けているのではないか? 魔術師を呼べ、セドリックを調べさせるんだ」
「僕は正常です! 本物の愛に気づいただけなんです……!」
セドリックが必死に叫んだ時、国王が胸を押さえて上半身を倒した。
苦し気な呼吸を繰り返している。
「すぐにアリサを呼んでまいります!」
「呼ぶなっ……、私はもうアリサ嬢の治療は受けない。セドリックがおかしくなったのは彼女のせいだ」
国王はぜいぜいと肩で息をしながらアリサを拒んだが、セドリックは寝室を飛び出してアリサを迎えに行った。
彼女は国王の治療のため、王宮内に部屋を与えられているのだ。
そしてセドリックはアリサを伴って大急ぎで父の寝室に戻ったが、ドアの前に立つ近衛騎士は二人を通そうとしなかった。
「医術の魔女を呼んで治療中です。誰も通すなと仰せつかっております」
「なんだと……!? 父上、アリサを連れて参りました! ここを開けてください!」
「セドリック殿下、どうかお静かに」
四人の近衛騎士が集まり、セドリックを静かな瞳で睨んでくる。
「殿下、戻りましょう」
アリサが小さな声で言うと、セドリックは悔しそうにドアを睨みつつ、廊下を引き返した。
「どうして父上は分かってくださらないんだろう。とても残念だ……」
セドリックがアリサと並んで歩いていると、要職に就いている貴族たちとすれ違った。
彼らがひそひそと話す声が聞こえてくる。
「あれが聖女だ。彼女の回復魔法で陛下は目覚めたらしい」
「しかし今でも陛下は伏せっておられるじゃないか。本当にその魔法は効いているのか?」
「さてな……。ただの偶然かもしれん」
聞こえよがしの陰口に、セドリックが「あいつら……」と貴族たちを睨む。
アリサが困ったように微笑んでいると、セドリックは真摯な瞳でアリサの手を取った。
「あんな噂は気にしなくていいよ。アリサには間違いなく聖なる力が宿っている。きみの回復魔法で父上が目を覚ましたのを、僕はこの目で見たんだから」
「はい……」
アリサは気落ちした声を出し、セドリックは切なくなった。
思わず抱きしめると、アリサから花のような甘い香りが漂ってくる。
「きみからはいつも清廉な香りがするね……」
アリサはほんの少しぎくりとして、反射的に花の髪飾りに手を伸ばしそうになった。
が、男爵家で待つ母のことを思い出して、その手をセドリックの背にそっと回した。
「ごめんなさい、セドリック殿下……」
「どうして謝るの? 僕はきみのお陰で愛を知ったんだ。アリサがいなかったら、自分がこれほど誰かを愛せる人間だと気づけないまま死ぬところだったんだよ。僕はきみに会えてよかった」
「私も……殿下を愛しています」
アリサがおずおずと告白するとセドリックは微笑み、触れるだけのキスをした。
「絶対に父上を説得してみせるよ。もう少しだけ待っていて」
アリサは頷きつつも、流れそうになる涙を必死にこらえていた。




