23 ユリウスの生い立ち2(ユリウス)
ユリウスにとっての幸せは、村のような静かな場所で家族と穏やかに暮らすことであり、王子として贅沢をしたい訳ではない。
自分に王子が務まるとも思えない。
不安になっているとギルベルトが苦笑しながら言った。
「いいえ、あなたが暮らすのは私の家です。我がコンテルノ公爵家がユリウス殿下を引き取りますが、それにあたって陛下は条件を二つ出されました」
ギルベルトはユリウスの前で人差し指と中指を立て、さらに続けた。
「一つ、ユリウス様は王位継承権を永久に放棄すること。二つ、あなたにはいとこがいらっしゃいますが、彼らに自分が王子だと名乗らないこと。この二つを守るのであれば、コンテルノ公爵家に迎えてもよいとのことです」
「僕はギルベルトさんの家に行くんですね」
「すでに陛下からはあなたの養育費として、かなりの金額を受け取っているのですがね……。どうしても嫌だというのであれば、私が信用できる人間にあなたを託しましょう」
どうなさいますか?
人生を決めるような重大な問いだと思った。
それでもユリウスは即答した。
「あなたと一緒がいいです」
国王が出した条件によって、ユリウスは自分が王家から見捨てられたことを悟っていた。
王から見たユリウスは甥なのに、彼は孤児となったユリウスを引き取る気もなく、ギルベルトに押し付けてしまったらしい。
しかしギルベルトは養育費を受け取ったことを包み隠さずに話してくれたから、ユリウスとしては彼は信用できる人間だと判断した。
ユリウスの答えにギルベルトはほっとしたように微笑んだ。
「分かりました。では今からあなたは私の息子です。……息子だから敬語はやめるよ、ユリウス。私のことは父上と呼ぶように」
「はい、父上」
立場を即座に理解したユリウスに、ギルベルトは少し驚いたようだった。
「きみはとても聡い子だね。実は陛下から今回のことを相談された時、私はすぐに引き受けようと決めたんだよ。私の娘のためにね……」
(この人には娘がいるんだ。僕の妹? それともお姉さん?)
ユリウスの頭の中で、雲のようにむくむくと少女のイメージが形成されていく。
勝手に作られたそれは義父ギルベルトに似た逞しい少女だったが、ユリウスの想像など知らない義父は穏やかな声で続けた。
「私は妻を亡くしたばかりでね、娘のリアーナはすごく落ち込んでいるんだ。だからきみが娘と仲良くしてくれたら嬉しいな」
どうやらリアーナはユリウスと同じく、親を亡くしたばかりらしい。
寂しい気持ちは理解できるから、ユリウスはこくりと頷いた。
「分かりました。僕はリアーナさんと仲良くします」
ユリウスが答えた時、馬車は隣町に到着した。
そこには魔術師たちが五人ほど待ち構えていて、彼らは馬車を取り囲むと杖を地面にトンと置いた。
「ここは王都から離れすぎているから、転移魔法で送ってもらうんだよ」
義父が言うと地面が光り出し、次の瞬間には王都にほど近い草原の中に、馬車ごと転移していた。
また馬車が走り出して王都の中に入り、数十分もすると立派な門構えの豪邸に到着した。
「ここが私の屋敷だ。歩けるかい、ユリウス」
ユリウスは「はい」と返事をして、馬車から降りて義父の後ろをついて行った。
何もかもが大きくて広くてきょろきょろと見回してしまう。
玄関には上品な黒い服を着た人々がずらりと並び、義父は奥に立つ少女に向かって「ただいま、リアーナ」と声を掛けた。
「この子も今日からここで暮らすことになった。仲良くするんだよ」
肩にぽんと手を置かれたが、ユリウスは前に立つ少女に目を奪われていた。
周囲が急に色あせて、音は消え去り、銀髪の美しい少女だけが浮かび上がって見える。
(お姫さまがいる……)
村では他の子と騎士ごっこをしたことがあるが、いつも女の子がお姫様として守られる役だった。
でも今ユリウスの目の前にいる少女は、ごっこ遊びなど無縁の存在だ。
本物の騎士に守られるべき人。
リアーナが放つ存在感に圧倒されて言葉が出てこない。
(これが本物のお姫さまなんだ)
ユリウスがぼんやりしていると、リアーナは自ら歩み寄ってきてユリウスに言った。
「こんにちは。私はリアーナ・コンテルノよ。あなたは?」
鈴のような澄んだ声だった。
ユリウスはびくりと震え、やっとの思いで声を絞り出したが、「ユ、ユリ……」としか言えなかった。
「ユリ? 変わった名前ね。じゃあユリ、私と一緒にいらっしゃい。まずはお風呂に入りましょう」
手を引かれて歩き出したが、相変わらずリアーナだけが浮かび上がって見える。
灰色の世界の中で、紫の瞳の少女だけが輝いている。
(キレイで……しかもカッコいい。リアーナ……)
幼いユリウスは、まだ『気高い』という表現を知らなかった。
ただ自分が、すごく尊くて大切な存在に出会ったのだということだけは理解できた。
――守られるより、守る存在になれ。
(お父さん。僕は守りたい人を見つけたよ)
身支度を整えたユリウスは、リアーナを守る騎士になろうと決めた。
「姉上は、お姫さまみたいです」
僕だけのキレイでカッコよくて、優しいお姫さま。
この人を守れるくらい強くなろう。
僕はリアーナのために生きよう。
その決意を胸に秘めて、十一年が過ぎた。
セドリックがリアーナを不要だと捨てたのだから、もう遠慮することはない。
今度こそ俺が姉上を幸せにしてみせる――ユリウスは新たな決意を胸に燃やしていた。




