22 ユリウスの生い立ち1(ユリウス)
お待たせしました!
完結までどばっと更新します!
王宮はユリウスにとって、気の休まらない場所だった。
早くここを出たい――足早に廊下を進んでいた時、窓から見えた中庭に二人の人物が寄り添っているのを発見した。
王太子セドリックと聖女のアリサだ。
ユリウスの胸にどろりと黒い感情が広がっていく。
(もっと早く宰相の手紙を信じていれば、あの男を止められたんだろうか。あんな愚かな男と血がつながっているなんて、考えたくもないな)
セドリックとユリウスは『いとこ』という関係である。
しかしその事実を知るのは今のところ四人しかいない。
ユリウス自身と王と王妃、そして宰相のアランだ。
過去にはもう一人いたのだが、その人物――義父のギルベルトは亡くなってしまった。
何の情報も知らされていないセドリックは、ユリウスのことを『魔力が強いお陰で公爵家に引き取られた幸運な少年』くらいにしか思っていないだろう。
ユリウスの容姿が母譲りで、王族の金髪碧眼を受け継いでいないのも好都合だった。
ユリウスは王位に興味はないし、ただ大好きなリアーナと一緒に生きていきたいだけだから。
セドリックはアリサと熱心に話し込んでおり、その熱に浮かれたような瞳を見ているだけで気分が悪くなった。
(俺はお前を許すつもりはない。姉上を苦しめた報いは受けてもらう)
ユリウスは七歳からリアーナと供にあった。
途中で三年間離れた時期もあったが、長い年月でリアーナの涙を見たのはたったの二回だ。
父ギルベルトを喪った時、そして先ほどの「何も報われなかった」と無力を嘆いた時だけ。
恐らくこれまでにも、セドリックの言動が原因で涙を堪えた回数は数えきれないほどあったことだろう。
その我慢強い義姉が、ユリウスの前で泣いた。
断罪の理由はそれだけで充分だ。
足早に王宮から離れつつ、ユリウスは「継承権を捨てて本当によかった」と考えていた。
(あの金のお陰で姉上を助けられる。父上、残してくださってありがとうございます)
ユリウスがリアーナを身請けするために用意した金は、王家から貰ったものだ。
あれはいわゆる『手切れ金』だった。
ユリウスの実父は現・国王の弟だった。
彼はかなり変わった性格をしており、教会で魔力の判定を受けて自分が国内最強だと知るや、王家を飛び出してしまったのである。
「最強の魔力を持って生まれたのに、冒険しないなんてもったいない。俺は守られるより守る方が性に合ってる!」
彼はそう言うと王位継承権を放棄し、供もつけずに旅に出た。
自分が王家に残ったままでいれば、王位継承でもめ事が起きると悟っていたのだ。
各地で魔物討伐の依頼をこなしつつ何年か放浪を続けたが、ある時、一緒に組んで仕事をしていた魔術師と夫婦になった。
黒い髪と紺碧の瞳を持つ美しい女だった。
やがて息子が生まれて、二人は小さな赤ん坊に「ユリウス」という名を与えた。
子が生まれてからは旅をやめて小さな村に落ちついたので、ユリウスは両親と穏やかな日々を送った。
「お前は俺に似て魔力が強い。守られるより、守る存在になれ」
父は事あるごとにそう言って、その言葉はユリウスの人生の目標となった。
(僕もお父さんのように、魔物を倒せるくらい強くなりたい。誰かを守るために生きていきたい)
母からは魔力のコントロールを教わり、最初に身につけたのは風魔法を使った草刈りだった。
父譲りの氷属性は強すぎて、なかなか制御できなかった。
何年か大きな事件もなく過ぎていったが、ユリウスが七歳になった頃、村が魔物の集団に襲われた。
戦える者は全員駆り出されて、家族と畑を守るために皆が必死だった。
「お前はここに残れ!」
「すぐに戻ってくるからね。誰が来ても、ドアを開けちゃ駄目よ」
ユリウスの両親も討伐に向かい、幼い少年は家に一人きりになった。
(僕のお父さんとお母さんはすごく強いから、きっと帰ってくるよね。おとなしく待っていよう)
しかしどれだけ待っても二人は帰ってこなかった。
日が暮れて朝が来て、また日が暮れて。
何日たったのか分からなくなった頃、恐る恐る家を出たユリウスは、村の隅にずらりと並ぶ墓を見て悟った。
(お父さんとお母さん、死んじゃったの……? だから帰ってこないの?)
助けを求めようにも、他の家も似たような状況だった。
誰もが家族を支えていた父親を亡くし、自分たちを守るだけで精一杯の様子だ。
孤児となったユリウスのことなんて、誰も気が付いていない。
「お腹すいたな……。自分で何とかしなきゃ」
幼いユリウスにとっては、両親を亡くした悲しみより空腹の方が切実な問題だった。
ユリウスはふらふらと家に戻り、しっかりとドアに鍵を閉めた。
家に子どもしかいないと、強盗に襲われやすいと知っていたのだ。
そして母親が魔術で作った氷室に入り、食料が残っているのを確認した。
(これだけお肉があったら、しばらくは大丈夫だよね……」
幸い父が狩りをしたばかりだったので、氷室の中には凍った肉がたくさん保存されていた。
三人家族がひと月は生きていけるくらいの量だ。
ユリウスは風魔法を使って、凍った肉を少しずつ削ってスープにして食べた。氷室の氷が少しずつ解けだすと、自分で氷を大きくして温度を一定に保った。
まだ六歳のユリウスが一人でも生き延びたのは、風と氷の魔力のお陰だった。
しかしどれだけたくさんの保存があろうとも、新しい食料が補充されなければいつかは尽きる。
両親を喪ってから二か月がたったある日、とうとう氷室は空になってしまった。
一人で狩りができないユリウスは、草ばかり食べる生活に陥った。
食べる量が少ないから体力が減少し、少し動くだけで疲れて食料を探すこともできない。
(僕は……死ぬのかな……)
体を洗う気力もなく、着替える気力もなく、ユリウスは痩せてガリガリになった体をベッドに横たえた。
意識が次第に遠のいていく。
しばらくして外から誰かが叫ぶ声が聞こえたが、目を開けるのすら辛かった。
外には何人かいるようだ。
彼らは無理やり家のドアを破壊して、慌てた様子で室内に踏み込んできた。
「ユリウス様! しっかりなさってください!」
そう叫んだのは、銀髪のがっしりした体を持つおじさんだった。
一体いくらするのか想像もできないような高そうな服を着て、紫色の瞳でユリウスの顔を覗き込んでくる。
ユリウスが生きていることを確認すると、彼は「よかった」と呟いて優しく抱き締めてくれた。
「キース様から連絡が途絶えて、何があったのかと様子を見に来たのです。村が魔物に襲われたのですね。あなただけでも無事でよかった……!」
キースというのはユリウスの父の名だ。
なぜこんな立派な衣装を着たおじさんが、ユリウスと父を知っているのだろう。
「おじさん、誰……?」
ユリウスが掠れた声で尋ねると、彼は苦笑した。
「私はギルベルトですよ、ユリウス殿下。陛下の許可を得て、あなたを迎えに来ました」
(でんか? 何で僕の名前にでんかって付けるの?)
よく分からないが、名前の後に「様」だの「でんか」だのくっついている。
ユリウスが不思議に思っていると、ギルベルトはユリウスの体を毛布で包んで抱き上げた。
「とりあえずこの家を出ましょう。あなたには養生が必要です」
ギルベルトはそう言うと、離れた場所で待機していた騎士たちに「戻るぞ」と声をかけた。
抱っこされたまま馬車に乗り、ギルベルトに「これを飲んでください」と言われて木製の器から何か飲まされる。
蜂蜜が溶けた薬湯で、空腹のユリウスは夢中で飲んだ。
体がぽかぽかしてきて、体力が回復していくのが感じられた。
「飲みながらでいいので聞いてください。まずあなたの身の上についてです。あなたの御父上は、現ルヴァルノ国王の王弟でいらっしゃいます。しかし何年も前に継承権を放棄し、その後は王家と手紙のやり取りだけする状態でした」
「王弟……。じゃあ僕は王子ってことですか?」
だからギルベルトはユリウスに「様」だの「でんか」だの付けたのだ。
ギルベルトがユリウスの問いに「そうです」と頷きを返し、ユリウスは不安を覚えた。
「僕はこれから、王様と一緒に暮らすんでしょうか……?」




