20 ユリウス、宰相から世界の説明を受ける1(ユリウス)
日が暮れたばかりで空は宵の色に染まっていた。
街灯がぽつぽつと灯りだし、藍と橙の風景にユリウスは目を細めた。
コンテルノ公爵家に引き取られる前は、この時間帯が苦手だった。
普通の家庭であれば家に家族が集まる時間なのに、ユリウスは一人で過ごしていたからだ。
そして死にかけていたところをコンテルノ公爵に引き取られた。
「父上、お久しぶりです」
ユリウスが立っているのは、王都の端にある貴族の墓地である。
目の前にあるのはギルベルト・コンテルノの墓だ。隣には彼の妻が眠っている。
ユリウスは持っていたワインをギルベルトの墓に置いた。
「あなたと飲みたかったワインを持ってまいりました。一緒に飲めず残念です……これからご恩を返したかったのに」
血の繋がらないユリウスを、本当の息子のように可愛がってくれた義父だ。
どれだけ感謝しても足りないくらいだ。
ユリウスは目を閉じて祈りを捧げると、そっと瞼を開けた。
「姉上のことは、俺に任せてください。今度こそ絶対に守り抜いてみせます。どうか安らかにお眠りください」
そしてコツコツと足音を鳴らし、墓地を後にする。
次にユリウスが向かったのは王宮だった。
しかし王太子の執務室ではなく、文官たちが集まる部署内に位置する部屋だ。
そこは宰相の執務室だった。
「失礼します、宰相閣下」
「おっ。来てくれたんだね、ユリウス君」
おどけた声で答えたのはアラン・シェラーズ。
若干二十二歳にして宰相の地位についた人物である。
メガネを掛けているので黙っていれば冷静沈着そうな男に見えるのだが、ユリウスの前では素の自分を隠す気はないらしい。
彼は廊下に人がいないことを確かめると、ユリウスを部屋に招き入れてドアに鍵をかけた。
「で、どうだった? きみのお姉さんは無事だったワケ?」
どこかウキウキした表情に、ユリウスは少しばかり「言いたくないな」とは思ったが、素直に頷いた。
「ええ。掃除婦として働いておられました」
「掃除婦! 娼館送りになったのに掃除婦だって?」
「王太子がそのように手配したようです。掃除婦なら、身請けで店を抜けたりできないだろうと。マダムは金さえもらえればいいと無視しましたが」
「あははは! 何かもう、めちゃくちゃだなぁ」
ソファに座ったまま腹を抱えて大笑いしている。
ユリウスが冷ややかな目で見下ろしていると、彼は「ごめん、ごめん」と言いながらメガネの位置を直した。
「本当にどうなってんだろうね。きみのお姉さんは、本来なら国外追放になってたはずなんだけど」
「閣下がいうナントカの世界では、ですか」
「ナントカじゃなくて、『聖なる乙女と王子と騎士』だよ。僕はセイオトと呼んでいたけどね、すごく好きな少女漫画だったんだ」
アランが喋り出し、ユリウスは内心で「また始まった」と思った。
その予感の通りにアランの暴走が始まった。
「ヒロインは娼婦の娘として貧しい日々を送っているんだけど、実は聖女の力を持っていたんだ。男爵家に引き取られて王立学園に入学して、王子と運命の出会いを果たす。つまり王道のシンデレラ・ストーリーってわけさ! 王子とヒロインのじれじれした恋愛模様が実にエモくてね……中でも王子が「きみからは花のような香りがするね」と囁いて、ヒロインの髪にキスをするシーンが最高でさ。あそこでヒロインは王子への愛を自覚したんだよ……!」
アランはぺらぺらと早口でまくしたてると、腕を組んだままうっとりと目を閉じ、急に黙り込んでしまった。
何かの思い出に浸っているらしい。
しばらくして彼はハッと目を開けて、慌てたように言った。
「おっと、僕が少女漫画が好きだったことは誰にも言うなよ? 宰相閣下が実は少女趣味だなんて知られたら、僕のイメージが崩れちゃうし」
「言いませんよ……。この世界にはマンガという物はありませんし、言ったところでこんな馬鹿げた話は誰も信じないでしょう。俺だって最初はあなたの手紙を無視したんですから」
ユリウスが最初にアランから手紙を受け取ったのは、義父ギルベルトを亡くした直後で、当時のユリウスはまだ騎士学校の生徒だった。
『突然の手紙で申し訳ないが、どうか最後まで読んでほしい。ここに記したことは真実だ』
その言葉で始まり、つらつらと信じがたい文章が綴られていた。
アランによると、彼は階段から落ちた衝撃で前世の記憶が蘇ったのだという。
ここは少女漫画の世界であり、今のところ自分が知る通りに物事が進行している。
恐らくきみの姉君は、卒業間近にセドリック王子から婚約破棄されるはずだ。
そして王子は男爵令嬢のアリサを聖女に認定し、彼女を新しい婚約者にするだろう。
――という信じがたい内容で、ユリウスは受け取った手紙を暖炉で燃やしてしまった。
それでもしつこく同じ内容の手紙が何度も届くので、正直言って辟易していたのだ。




