19 あなたは何者なの?
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(前世の記憶を思い出すことができて幸運だったわ。でなければ私はユリウスとの約束も忘れて、自ら命を絶っていたかもしれない)
自分が悪役で、元から破滅する運命だったと思い出せたから、私は今も諦めずにしぶとく生きている。
この記憶がなければ何の努力も報われなかったとすべてに絶望して、死を選んでいたかもしれない。
(私が破滅したのは自分のせいじゃない。努力が足りなかった訳でもない。元からそういう役割だったのよ)
「私、今まで頑張ったわよね」
ユリウスの腕の中でぽつりと言うと、彼は体を離して「はい」と答えた。
「姉上はもう充分に努力されました。今後は俺の傍でゆっくりと休んでください」
「あなたの傍って……。私はまだ、このお店を出られないと思うのだけど」
「姉上を身請けするために必要な金額は、すでに半分支払っています。マダムとも交渉済みです」
ユリウスの言葉に、私は「そういうことね」とようやく納得できた。
(身請けのための金貨だったのね。一晩だけ私を買うにしては、高額すぎると思ったのよ)
でもあのお金はどこから出したのだろう。
「ユリウス、まさか……私を身請けするために、お父様の遺産に手を付けてしまったの?」
お父様が残した遺産は、ユリウスの将来を案じて用意してあったもののはずだ。
破滅した姉を救うためのお金ではない。
私が青ざめて尋ねると、ユリウスは柔らかく微笑んだ。
「いいえ、父上の遺産ではありません。あれは俺の個人的な資産から出しました」
彼は私を安心させるつもりで言ったんだろうけど、むしろ私の疑問は深まった。
個人的な資産?
そんなお金、いつ手に入れていたんだろう。
(よく考えたら、私はユリウスが何者か知らないのよね……。この世界が何かも思い出せていないし)
ユリウスを連れてきたお父様は亡くなってしまったから、弟がどこから来た何者なのか、私は全く知らされていないのだ。
セドリック殿下でさえ、ユリウスのことはよく知らない様子だった。
(王子でさえ詳細を知らない存在って、結構すごいわよね……)
今さらだけど、義弟は実はものすごくやんごとなき存在なのではないだろうか。
これまで気にせずに生きてきたのは、彼を守ろうと必死だったからだ。
(あなたは何者なの?)
じっと見つめているとユリウスは微笑み、ポケットから何かを取り出した。
ぼろぼろになった細い布切れだったけど、薄い紫色でそれが何なのか判別できた。
「これ……、私が子どもの頃にあげたリボン?」
ラベンダー色のリボンはあちこり擦り切れて、今にも切れてしまいそうだ。
まだ持っていてくれたのだと、胸が温かくなる。
「大事にしてくれてありがとう。でもボロボロだから、新しいのをあげましょうか?」
私が言うと、ユリウスは古くなったリボンに愛おしそうにキスを落とした。
なんだか色っぽい仕草で、私の胸がどきんと音を立てる。
(私ったら……。弟相手に何を考えているの)
「いいえ、もうリボンは要りません」
彼はそこで言葉を切ると、私をじっと見つめた。熱のこもった眼差しだった。
「本物が手に入りそうなので」
ユリウスの整った顔がゆっくりと近づいてくる。
「え……、ユ、ユリウス?」
(何をするつもりなの? まさかキスじゃないわよね?)
私は滑稽なほどうろたえて、ぎゅっと目を閉じた。
するとちゅ、と音がして、頬に何か柔らかなものが触れる。
(今のは……)
慌てて目を開けると、ユリウスはすでに離れていた。
彼はソファから立ち上がって床に片膝をつくと、騎士の誓いをするように私の片手を取って言った。
「明日の夜にまた来ます。必ず姉上を自由にしてみせます」
そして私の手の甲にキスを落とす。
女性なら誰もが見惚れるほど、かっこよかった。
私はぽーっとしてしまってただ頷くことしかできず、ぼんやりしたままユリウスが部屋から出て行くのを見ていた。
(さっき、私……頬にキスされたの?)
この世界では親子で顔に親愛のキスをすることはあっても、兄弟や姉弟ではまずしない。
唇で触れることは愛を意味するからだ。
(ユリウスは私のことが好きなの?)
「ま、まさかね。そんな訳ないわ……」
自問自答しつつも心臓がどきどきと激しく動いて、その音が全身に響いていた。




