18 最後の日
私は結局、ジェレミー殿下の誕生祭は欠席させてもらった。
用意だけは整えたのだから、私がいなくても進行できると判断して多忙を理由に休ませてもらったのだ。
(それに行ったらひどい目に会ったでしょうしね……)
王立学園では毎年ダンスパーティーがあり、殿下はその度に新しいドレスを贈ってくださった。
それを身に纏って殿下のパートナーとして踊るのは楽しい出来事だったけど、今回は彼から何の連絡も贈り物もなく、私は察したのだ。
きっと殿下はアリサさんをパートナーにして誕生祭へ行くのだろうと。
(みじめな気分を味わうと分かっていて、わざわざ参加することもないでしょう)
愚かな私はこの時点ではまだ、殿下とアリサさんの関係は一時的なものだと信じていたのだ。
誕生祭の翌日、時間に余裕があって学園に行くと生徒たちがやけにはしゃいでいた。
「アリサ嬢はとうとう回復魔法を会得したらしい」
「神官が彼女を聖女に認定していたな。歴史的快挙だ」
どうやら誕生祭には神官まで来たらしい。
そこで殿下はアリサさんを大々的にお披露目して、聖女だと皆に知らしめたのだろう。
私は彼らの会話を聞きたくなくて、休み時間はずっと図書室か中庭の隅で本を読んでいた。
(それでもまだ殿下の婚約者は私だもの……。陛下のお許しがなければ、婚約を解消したりはできないはずよ)
授業を終えて帰ろうと廊下を歩いていると、セドリック殿下が私の方にやってきた。
彼は珍しく一人で、機嫌がいいのか穏やかに微笑んでいた。
「リアーナ、後で僕の執務室へ来てくれないか? 大事な話があるんだ」
「……分かりました。後でお伺いします」
私が答えると、殿下は「必ず来てほしい」と念を押して去って行った。
(何の用かしら。もうすぐ卒業だから、結婚に向けての準備についてかしら?)
必ず来てほしいと頼み込むくらいだから、よほどの用事なのだろう。
殿下の表情が明るかったから、私は何の警戒心も持たずに屋敷に戻ってドレスに着替えた。
まさか王宮に学園の制服で入る訳にはいかないからだ。
そして殿下の執務室へ案内されると、ソファには聖女の白い衣装を身に纏ったアリサさんが座っていた。
私の顔を見るなり、気まずそうに俯いて顔を隠す。
私は不思議に思って、執務机で何かの書類を読んでいた殿下に話しかけた。
「アリサさんも一緒なのですか?」
「ああ。これから話すことは、僕たち三人にとって重要な意味があるからね」
彼はそう言うと、書類の束を持ったままアリサさんの隣に座った。
「昨夜、ジェレミーの誕生祭があった」
「ええ、それは存じ上げておりますけど……」
何しろ用意のほとんどは私が整えたのだ。
先ほど城のロータリーを見た限りでは植え込みは整備されてあったし、大した問題もなく終わったのだろう。
「開催の前に、僕は皆に向けて喜ばしい報告をしたんだよ。ここにいるアリサが、父上の病を回復させたとね」
「それは……、ようございましたね」
私は殿下の話を聞きながら、自分は勘違いしたようだと悟った。
(結婚の話じゃなさそうね……)
わざわざドレスに着替えてめかし込んできた自分が馬鹿みたいだ。
殿下はきっと、私にとっては嬉しくない話をするために呼んだのだ。
「神官はアリサを聖女に認定した。これだけの功績があれば充分だろう。僕はアリサを婚約者にするよ」
一瞬何を言われたのか分からず、私は呆けた顔で殿下を見つめた。
「え……。セドリック殿下の婚約者は」
私のままのはずだ。
(どういうこと? 陛下の了承がなければ、婚約は解消できないはずなのに……)
「分かっているだろう、リアーナ。きみとの婚約は破棄する。これがその理由だ」
疑問で頭をいっぱいにしていると、殿下はテーブルにどさりと分厚い書類を置いた。
恐る恐る中身を見れば、私がアリサさんにしたという嫌がらせがびっしりと列挙されている。
(これは何? ほとんど学園に行けなかった私が、嫌がらせなんてできる訳がないわ)
「私には身に覚えがありません! これは誰が書いたものですか?」
「誰がなんて、どうでもいいだろう。これは紛れもない事実なんだから」
殿下が面倒くさそうに言った瞬間、ドアがやや乱暴に開かれた。
騎士が何人か入ってきて、思わず立ち上がった私を取り囲む。
「アリサを辛い目に合わせた罰として、きみは娼館で働いてきたまえ。本当は国外追放にしたかったんだけどね、アリサが可哀相だと言うからやめたんだよ。彼女に感謝するといい」
「そんな……! 話を聞いてください、セドリック殿下!」
廊下に追いやられながら必死に視線を巡らせると、騎士と騎士の隙間から二人の姿が見えた。
辛そうに顔を背けるアリサさんと、そんな彼女を優しく抱き締める殿下の姿が。
「殿下! 説明させてください、殿下ぁっ!」
どんなに叫んでも私の声は届かない。
それが分かっていても、叫ばずにはいられなかった。
こうして私は婚約破棄されて、娼館送りとなったのだ。




