16 義弟の強引な励まし
屋敷に戻るまで、ユリウスはずっと私を優しく抱き締めていてくれた。
私はずっと泣いてばかりだったから、はた目から見れば情けない姉に見えたことだろう。
それでもユリウスは何も言わず、ただ私に付き添ってくれた。
「姉上、何か食べないと体を壊してしまいます」
疲れ果ててベッドで横になっていると、食事のトレイを持ったユリウスが部屋にやってきた。
お父様の死の知らせを聞いてから、私はまともな食事を取っていない。
ずっと自分の部屋に引き籠って寝台に横たわっている。
最近疲れやすくなったのは食べていないことが原因なんだろうけど、どうしても食事が喉を通らないのだ。
「食欲がないのよ……」
ふらふらしながら体を起こすと、ユリウスは私の肩にショールを掛けながら言った。
「クリストフに頼んで、軽くつまめるものにしてもらいました」
彼が言う通り、トレイの上にあるのはショートブレッドやサンドイッチといった、手軽につまめるものばかりだった。
何か食べないと、倒れてしまう。
それは理解していたものの、やっぱり食欲が湧かなくて、ショートブレッドを一つだけ食べた。
「もういいわ。食べたくないの」
「では俺も、姉上の断食に付き合います」
私が食べるのをやめると、ユリウスも持っていたサンドイッチを皿の上に戻した。
「何を言うの? あなたは騎士なんだから、体を大切にしないと駄目よ」
「騎士でない人間の体も、同じように大切にすべきです」
彼はそう言うとトレイをサイドテーブルの上に置き、私の方へゆっくりと両手を伸ばした。
(な、何? 何をするつもりなの?)
彼が乱暴なことをするはずがないと分かっていても、男性に触れられた経験がない私はびくびくしてしまう。
固唾を飲んで見守っていると、ユリウスは両手でそっと私の顔を挟み込んだ。
「これだけは覚えていてください。あなたが死を選ぶのなら、俺も一緒に死にます」
「な……」
冗談はよして、と言いたかった。
でもユリウスの紺碧の瞳は澄み切っていて、顔は真剣そのものだ。
(冗談ではないのね。ユリウスは本気でそう考えているんだわ)
私は背中に冷たい汗が流れるのを感じつつ、彼の武骨な手に自分の手を重ねた。
「……分かったわ、ユリウス。サンドイッチを取ってちょうだい」
今は一時的に私がコンテルノ公爵になっているけど、それはユリウスが遠く離れた騎士学校にいるためだ。
彼が卒業して王都に戻ってきたら、私からユリウスに爵位が移されるだろう。
(危なかった。ユリウスが来なかったら、私はお父様の後を追っていたかもしれないわ……)
本音を言えば、もう生きる気力を失いかけていたのだ。
将来の伴侶となるセドリック殿下は私を蔑ろにしていて、辛い毎日を送っていた時にお父様を亡くしてしまった。
私自身を必要としてくれる人間なんかいないのではないかと、ひどく冷めた気持ちになっていた。
(次期公爵様を道連れにはできないものね)
苦い笑みを顔に浮かべてサンドイッチを口に運んでいると、ユリウスは安堵したのか、次々と食べ物を胃に収めていく。
本当はお腹がすいていたのに、私が食べないから遠慮していたのだ。
(馬鹿ね、私は。自分のことばかりで、弟を不安にさせるなんて)
「温かいスープをお持ちしましたよ」
マーサができたての野菜スープを持ってきてくれて、私とユリウスは温かなそれをゆっくりと飲んだ。
「そういえば騎士学校はどうしたの? お休みをもらったの?」
「二週間だけ休みをもらいました」
ということは、あと数日もすればユリウスはまたいなくなってしまう。
騎士学校は遠くて移動に何日もかかるからだ。
「クリストフから、姉上が一時的に公爵になったと聞きました。くれぐれも無理はしないでください。もし負担が大きいようなら、俺は学校を辞めて……」
「駄目よ」
私がぴしゃりと言うと、ユリウスは驚いたように口を閉ざす。
「小さい頃からの夢だったのでしょう。あなたは絶対に騎士になりなさい。あとね、私のことを心配しすぎよ。今回はちょっとショックが大きかっただけで、もう大丈夫だから」
たとえ大好きなお父様はもういなくても。
婚約者からはひどい扱いを受けていようとも。
(私を心配してくれる弟がいる。それだけで頑張れるわ)
「あなたが立派な騎士になって王都に戻ってくるまで、コンテルノ公爵家は私が守るわ。だから心配しないで、自分のことだけ考えなさい」
きっぱりと告げると、ユリウスは眩しいものでも見るかのように目を細めた。
「畏まりました。姉上の仰せの通りにいたします」
そして数日後、ユリウスは騎士学校へ戻っていった。
(しっかりしなきゃね。ユリウスが戻ってくるまで気は抜けないわ)
そうして女公爵となった私の多忙な日々が始まった。




