15 父との別れ
殿下とアリサさんの仲はどう変化していくのか、不安に思いながら過ごしていた頃。
そんな不安は些細だと思えるほど衝撃的な事件が起こった。
「リアーナ嬢、すぐに公爵家へ戻りなさい!」
クラスで授業を受けていると、教師の一人が私を呼びに来たのだ。
ひどく慌てた様子で、私が廊下に出ると彼女は言った。
「落ち着いて聞いてちょうだい。たった今、学園に連絡が入ったのだけど……」
彼女の切羽詰まった表情から、とんでもないことが起きたのだと悟った。
「何かあったのですか?」
喉がカラカラに乾いて、私の声はかすれていた。
教師はぐっと唇を噛んでから辛そうな表情で続ける。
「あなたのお父様が、魔物の討伐中に殉職されたそうよ」
「え……」
何を言われたのかすぐには理解できなくて、私は呆けたような声を出してしまった。
(お父様が? 殉職?)
殉職の意味が頭に入ってこない。
知っている言葉のはずなのに、頭が理解を拒んでいる。
「とにかくすぐに屋敷に戻りなさい。馬車は呼んであるわ」
私は教師に背中を押されるまま、荷物も置きっぱなしでそのまま馬車に乗り込んだ。
(嘘よね? 本当は怪我がひどいだけで、誰かが大げさに連絡したのでしょう。だってお父様は、すごく強いもの……)
あのがっしりした体を持つ強い父が、命を落とす訳がない。
どうしても死に繋がるイメージが描けなかった。
体がぶるぶると震えて、自分を守るように抱きしめる。
屋敷に到着すると玄関の扉が開き、いつも冷静なクリストフが青ざめた顔で飛び出してきて私を迎えた。
「お嬢様……! これをご覧ください」
クリストフが持っていた書簡には、ギルベルト・コンテルノ公爵が殉職したと記されていた。
下部には王宮騎士団の紋章がある。
この書類は偽ものではない。
「そんな……、そんなこと……」
ぐらぐらと足元が揺れて、まっすぐに立っていられない。
視界が暗くなり、私は意識を手放した。
◆◆◆
カーン、カーンと物悲しい鐘の音が墓地に響いている。
「ギルベルト・コンテルノの御霊よ。どうか安らかに眠り給え」
神官が厳かに告げ、棺がゆっくりと土中に埋められていく。
私はそれを呆然と見ていた。
時おり風が吹いて、私の真っ黒なドレスのスカートを揺らす。そのひらひらした動きだけをぼんやりと見ていた。
お父様の死が知らされた直後、私は失神してしまい、気づいたのは翌日だった。
本音を言えばお父様の死が受け入れられなくて、ずっと眠っていたかった。
でも私が逃げ続けていては葬儀ができない。懸命に戦って亡くなったお父様の体も傷んでしまう。
(お父様……傷は深かったけれど、ただ眠っているように見えたわ)
騎士たちはお父様の体を清めてくれたらしく、棺におさめられた父の体は血で汚れてはいなかった。
遺体の周囲は清らかな白いユリで飾られて、顔は穏やかでただ眠っているようだった。
でも触れた時のひんやりした冷たさは、ずっと忘れないだろう。
あの温度は、生きている人間が持つそれではなかった。
(もうお父様が目を覚ますことはない。二度と会えないのだわ……)
慰問客が私に挨拶して、次々と帰っていく。
呆然としていると、後ろから「リアーナ」と声を掛けられた。
「セドリック殿下……」
「災難だったね。何て言葉を掛けていいか分からないよ……」
彼は悲し気に微笑んでから、さらに言った。
「領地運営の問題が残るだろうから、きみを一時的に公爵にするよう手続きしておこう。何かあったらすぐに僕に言うんだよ」
「はい。ありがとうございます……」
私が会釈すると、殿下は「それじゃ」と言って歩いて行った。
(多忙なのに、私のために来てくださったんだわ)
愛のない関係ではあるけど、ちゃんと私のことを気遣ってくださった。
嬉しくて殿下の後ろ姿を見送っていた私は、墓地を出た木の陰に誰かが立っているのに気づいた。
殿下はその女性に声を掛けて、二人は並んで道を歩き出す。
(アリサさん? こんな時に彼女を連れてきていたの?)
さっきまでの喜びは消え失せて、視界が涙でぼやけていく。
婚約者の父親が亡くなったのに、その葬儀の日に他の女性を連れて歩くなんて……何を考えているんだろう。
私がそれを見てどう思うか、少しも考えなかったんだろうか。
俯いた私の目から、ぽたぽたと涙の雫が落ちた。
「姉上!」
懐かしい声にハッとして顔を上げると、墓地の門から黒髪の青年が走ってくる。
私は彼に向かってヨロヨロと走り出していた。
「ユ、ユリウス……! お父様が……!」
そこからは声にならなかった。
私は子どものように大声を上げながら泣いて、ユリウスはただ私を抱き締めてくれていた。




