13 ユリウス vs 殿下2
「しかし未来の公爵様は、伴侶を選ぶ気はなさそうだ。これは由々しき問題じゃないかな?」
「選ぶ気がないとは申しておりませんが」
「ほぼ同じことだろ。きみが選びたい女性はすでに他人のものなんだから」
(??? ど、どういうこと? 殿下の言い方だと、ユリウスにはすでに好きな人がいるという意味になるんだけど?)
だから女生徒の告白を断ったのかと納得しつつも、今度は別の問題が浮上してきた。
(他人のもの……。ユリウスが好きな人は、既婚者なの?)
だとすると、学園の教師とかだろうか。
まだ社交デビューしていない私とユリウスが出会った既婚者となると、教師ぐらいしか思いつかない。
(これは大問題だわ。ユリウスが誤った道に進まないように、しっかり見ていてやらないと……!)
決意しつつ顔を上げると、殿下とユリウスの間には誰も入り込めないほどピリピリした空気が漂っていた。
まさに一触即発という感じで、私はハラハラしながら二人の会話を見守った。
「俺も殿下にお伺いしたいのですが」
「何かな?」
「殿下の結婚観についてです。俺は好きな女性でなければ、結婚しなくていいとさえ考えています」
「はは、青いなぁユリウスは。そんなことに拘っていたら、王位や爵位の継承でいらぬ諍いを生じてしまうだろう」
殿下は呆れたように笑ってから、優雅な仕草で紅茶を一口飲んだ。
王族たる余裕に満ち溢れた様子で、それは彼がユリウスの言葉には何の感銘も受けなかったと証明しているかのようだった。
「誰もが認めるような高位貴族を選び、長子にあとを継がせる。これが最も争いの少ない継承だ。きみの考え方だと、好きな人が現れるまで結婚できなくなってしまうじゃないか」
私は殿下の言葉を聞きながら、自分が予想以上にショックを受けていることに気が付いた。
(殿下が私を選んだのは、公爵令嬢だから。それ以上の意味はない……。彼は私のことが好きじゃないんだわ)
セドリック殿下と初めて会った日から五年が経過して、少しは彼との距離が縮まったのではないかと期待していた。
私自身は、殿下のことを男性として意識し始めていたから。
十八歳になったらこの人と結婚して、彼の子を産むのだと考えるようになったから。
でも殿下の言葉からは、私に対する愛情のようなものは一切感じられない。
(分かっていたつもりだったのに……)
自分では愛のない結婚だと割り切っているつもりだった。
王族の結婚相手に必要なのは、誰も文句を言えないような地位を持つ令嬢であることだ。
でも婚約者に改めてその事実を突きつけられると、胸の奥に極寒の風が流れ込んでくるような虚しさがあった。
膝の上に重ねて置いた両手が勝手に震えてくる。
俯いているとユリウスが私をちらりと見てから、私の手をそっと握った。
(いけない。殿下の前でしょげた顔なんてできないわ……! ありがとう、ユリウス)
私は顔を上げて、自信に満ちた表情を取り繕った。
「セドリック殿下の仰るとおりです。王位継承で無駄な争いが生じれば、他国に対する隙になりますものね」
「さすがリアーナだね、分かってくれて嬉しいよ」
褒められても、少しも嬉しくなかった。
その後に殿下と何を話したのか、ほとんど覚えていない。
上辺だけ取り繕った会話をいくつか交わしてクラスに戻り、午後の授業を受けてユリウスと一緒に馬車に乗った。
「姉上、大丈夫ですか?」
きっと私はぼんやりしていたのだろう。
向かい側に座ったユリウスが、気を遣うように私に話しかけた。
「大丈夫って、何が? 体調は何も悪くないわ」
「そうではなく……」
私は視線を窓から弟に移して、彼の端正な顔をじっと見つめた。
この子には、幸せな人生を歩んでほしいと思った。
「ねえ、ユリウス」
「はい」
「あなたは時間がかかっても、好きな人と結婚しなさいね」
「……!」
「私と殿下の結婚は、どうしても政略的な意味合いが強くなるわ。お互いに自由に相手を選んだりはできなかった。それは分かっていたのだけど……。義務のような婚姻関係が何十年も続くのだと想像したら、それは果たして幸せなのかって疑問に思えてきたわ」
「姉上……」
私の話をしているのに、ユリウスは自分が傷を負ったような辛そうな表情をしていた。
ユリウスの右手を取って、両手でそっと挟み込むように握る。彼の手にはごつごつした立派な剣ダコがあって、その努力がどうか報われてほしいと願った。
「お父様が反対したら、私が説得するわ。でも既婚者は諦めなさいね。独り身の方を選ぶのよ」
私が言うとユリウスは苦笑して、今度は彼が私の手をぎゅっと握った。
「分かっています。俺は何年でも待つつもりです。……たとえその人とは結ばれなくても、想っているだけで幸せなんです」
(あなたに想われる女性は幸せでしょうね)
一途なユリウスなら、きっとその人を大切にするのだろう。
少しだけその女性が羨ましいと思った。




