第10話 会社を辞めて田舎へ戻ったら、止まっていた人生が少しだけ動き出した話
会社を辞めることになるなんて、少し前まで考えたこともなかった。
私は長年、同じ会社で働いていた。
特別に仕事が好きだったわけではない。
けれど、毎月決まった給料が入り、朝になれば会社へ向かい、夜になれば単身赴任先のマンションへ戻る。
それが、私にとっての「普通」だった。
その普通が、ある日突然終わった。
会議室に呼ばれ、上司から告げられた。
「会社の業績が厳しくてな……」
そこから先の言葉は、ほとんど耳に入らなかった。
人員整理。
希望退職。
対象者。
いくつかの言葉だけが、頭の中に残った。
私はリストラの対象になった。
長く勤めた会社だった。
会社のために人生を捧げた、などと言うつもりはない。
それでも、自分の居場所の一つだと思っていた。
だから、会社を出た日の空は妙に広く見えた。
「これから、どうするんだろうな」
誰に聞くでもなく、私はつぶやいた。
しばらく考えた末、私は田舎の実家へ戻ることにした。
両親は高齢になっていた。
電話をすると、母は驚きながらも、
「帰ってくればいいじゃない」
とあっさり言った。
父も、
「部屋なら余ってるぞ」
と言った。
あまりにも普通に受け入れられたので、逆に少し困った。
私は長い間、一人で生活してきた。
実家へ戻るという選択は、どこか「人生を後退させる」ようにも感じていたからだ。
けれど、今後は海外へ出ることも考えていた。
その準備期間として実家へ戻るのは、悪くない。
そう自分に言い聞かせた。
まず、単身赴任で住んでいた賃貸マンションを解約した。
部屋を見渡す。
冷蔵庫。
電子レンジ。
小さなテーブル。
古い棚。
ほとんどが、一人で暮らすために買ったものだった。
必要なものだけ実家へ送り、それ以外は処分した。
粗大ごみの申し込みをし、リサイクルショップへ持ち込み、段ボールを何箱も作った。
物を捨てるたび、不思議な気持ちになった。
十年以上積み重ねた生活が、数日で箱の中へ収まっていく。
そして住所変更。
住民票。
保険。
銀行。
各種契約。
一つ一つ手続きを終えるたびに、
「本当にこの町を離れるんだな」
と実感した。
引っ越し当日。
荷物は思ったより少なかった。
引っ越し業者のトラックを見送り、私は電車を乗り継いで実家へ向かった。
都会のビルが減っていく。
窓の外に畑が見える。
山が近くなる。
駅を降りると、空気の匂いまで違っていた。
実家の前には、父と母が立っていた。
「おかえり」
母が言った。
久しぶりに聞いた言葉だった。
「ただいま」
そう答えた瞬間、少しだけ肩の力が抜けた。
家の中は昔とほとんど変わっていなかった。
玄関。
柱の傷。
古い時計。
居間のテレビ。
子どもの頃に使っていた部屋。
自分が変わっただけで、この家はずっとここにあったのだ。
荷物を運び込み、インターネットを設定し、机を置いた。
新しい生活が始まった。
ただし。
その生活は、私が想像していたほど簡単ではなかった。
午後十時、テレビを消される
最初にぶつかったのは、生活時間だった。
ある夜。
私はテレビを見ながら夜十一時を迎えようとしていた。
すると父がやってきた。
「まだ寝ないのか?」
「まだ十一時だよ」
「もう十一時だろ」
その違いは大きかった。
実家では、父も母も早寝早起きだった。
朝六時前には物音がする。
七時には朝食。
昼食も夕食も、ほぼ決まった時間。
一方の私は長年、自分の都合で生活してきた。
食事も好きな時間。
寝る時間も自由。
休みの日なら昼まで寝る。
それが普通だった。
ところが実家では、朝八時まで寝ていると母が心配する。
「具合でも悪いの?」
「いや、寝てるだけ」
「もう八時よ?」
「まだ八時だよ」
またしても同じ問題だった。
夕食もそうだった。
私は夜七時半くらいに食べようと思っている。
母は六時に準備を始める。
「ご飯よ」
「もう?」
「もう六時よ」
「まだ六時だよ」
同じ時計を見ているのに、時間の感じ方が違う。
さらにテレビ。
父がニュースを見たい。
私は別の番組を見たい。
音量も違う。
エアコンの温度設定も違う。
食事の味付けも違う。
実家へ帰れば自然に昔の家族へ戻れると思っていた。
そんなことはなかった。
家族でも、長い時間を別々に暮らせば、生活習慣は別のものになる。
「子ども扱いするなよ」
ある日、母が言った。
「今日はどこへ行くの?」
「ちょっと出てくる」
「何時に帰る?」
「分からない」
「晩ご飯は?」
その瞬間、私は少し苛立った。
「もう子どもじゃないんだから、いちいち聞かなくてもいいだろ」
母も表情を変えた。
「ご飯の用意があるから聞いてるだけでしょ」
「だったら俺の分は気にしなくていいよ」
「そういう言い方しなくてもいいでしょう」
部屋の空気が重くなった。
その日の夕食は、ほとんど会話がなかった。
私は自分の部屋に戻った。
しばらくして、少し後悔した。
母は私を管理したいわけではない。
一緒に暮らしている以上、予定を知りたかっただけだ。
一方で、私も長年一人暮らしをしてきた。
突然すべてを昔のルールへ戻すのは苦しい。
翌日、私は母に謝った。
「昨日は悪かった」
母も、
「私も聞きすぎたわね」
と言った。
それから家族で少しずつルールを作った。
食事がいらない日は早めに伝える。
自分の洗濯は自分でする。
生活費も一定額を家に入れる。
必要以上に予定を聞かない。
お互いの部屋には勝手に入らない。
家族だから何でも分かる、ではなく、
家族だからこそ話し合う必要があった。
実家へ戻って良かったこともあった。
ある夕方、父と散歩へ出た。
昔は何とも思わなかった田舎道を、二人でゆっくり歩く。
父の歩く速度が、以前より遅くなっていることに気づいた。
「最近、足どう?」
「まあ年だからな」
父は笑った。
その横顔を見て、私は少し胸が詰まった。
両親は、ずっと元気なわけではない。
当たり前のことなのに、都会で暮らしている間は実感していなかった。
母も同じだった。
夕食の後に昔の話をする。
私が子どもの頃の失敗。
学生時代のこと。
進学するとき。
家を出るとき。
母が言った。
「あなたが遠くへ行くとき、寂しかったけどね。でも応援しなきゃって思ってたのよ」
私は初めて聞いた気がした。
「そんなこと、一度も言わなかったじゃん」
「言ったら行きづらくなるでしょ」
そう言って母は笑った。
私は何十年も一緒にいた家族のことを、案外知らなかった。
失ったものだけではなかった
会社を辞めた直後、私は「何かを失った」とばかり思っていた。
仕事。
肩書き。
都会での生活。
慣れた部屋。
これまで積み上げてきたもの。
けれど実家へ戻ってから、少し考え方が変わった。
失ったからこそ、時間ができた。
両親と話す時間。
これからの人生を考える時間。
自分が本当にやりたいことを考える時間。
私は海外へ行く準備も少しずつ始めた。
語学を勉強し直し、必要な資金を計算し、今後の働き方を調べた。
父がある日言った。
「会社辞めたからって、人生まで終わったわけじゃないだろ」
私は笑った。
「それ、リストラされた直後に言ってほしかったよ」
「そのとき言っても聞かなかっただろ」
確かにその通りだった。
家族と暮らすということ
親との同居は、いいことばかりではない。
生活費をどうするか。
家事をどう分担するか。
税金や保険、世帯をどうするか。
お互いのプライバシーをどこまで守るか。
そして将来、親の介護が必要になったらどうするのか。
考えることは多い。
家族だから適当にしていいことではない。
むしろ家族だからこそ、曖昧にしないほうがいい。
私たちも少しずつ話し合った。
「もし介護が必要になったらどうしたい?」
最初は聞きづらかった。
けれど、話さないままその日を迎えるほうが怖い。
両親の希望。
私にできること。
貯蓄。
制度。
住環境。
そうしたことを話すうち、同居とは単に同じ屋根の下で暮らすことではないのだと思うようになった。
お互いの人生を少しずつ支え合うことなのだ。
◇◇◇
引っ越して数か月が経った。
朝。
私は庭へ出る。
母が洗濯物を干している。
父は新聞を読んでいる。
山の向こうから朝日が昇る。
以前の私なら、この時間は満員電車の中だった。
会社を失ったとき、私は人生の道から外れたような気がしていた。
でも今は、そうは思わない。
道が変わっただけだ。
まっすぐだと思っていた道が突然終わり、別の道へ曲がった。
その先に実家があり、両親がいた。
そして、その先にはまだ見たことのない未来がある。
私は玄関に置いた旅行鞄を眺めた。
海外へ出る日も、少しずつ近づいている。
母が聞いた。
「本当に行くの?」
「うん」
「今度はいつ帰ってくるの?」
私は少し考えた。
以前なら、
「分からない」
と答えていただろう。
でも今は違う。
「ちゃんと帰ってくるよ」
母はそれ以上何も言わず、笑った。
人生をやり直したわけではない。
過去を消したわけでもない。
会社員だった時間も、一人暮らしをした年月も、両親とぶつかった日々も、すべて続いている。
その続きとして、今の私がいる。
引っ越しとは、場所を変えるだけではない。
ときには、自分がどんな人生を送りたいのかを考え直すきっかけにもなる。
私は会社を辞め、田舎へ戻った。
一度は後退したように見えたその引っ越しが、結果として私を次の人生へ押し出してくれた。
新しい自分に出会う場所は、遠い外国とは限らない。
何十年も前に暮らしていた、
あの古い実家だったりするのだ。




