「赤い月の乙女」
本と読書用ランプを取り出した。
勇敢な乙女のお話。
煌々と白く凛と光る月。
その始まりに、僕は窓の外を見る。
細い鋭い鎌の月が、彼女の覚悟を決めた横顔と彼女の物語を読む僕に光を投げ掛けている。
その昔の物語。
そして今、僕のブランケットのかかった膝の上で始まった物語。
花嫁姿の乙女がしずしずと一人きりで夜の森を歩んでいた。
光を忌む地下の魔物に望まれて、森の奥ふかくの暗い暗い闇の入り口へ向かっていた。
空の月が細るなか、白い花嫁が森を進む姿は月が間違って地上に降りてさ迷うようだった。
彼女を守る騎士もなく、親も村人も友も魔物を怖れて付き従うことはなく、乙女は一人きりだった。
気の遠くなりそうな暗黒の中から魔物は白い花嫁を迎えるための腕を伸ばしていた。
月が彼女を憐れんだのかもしれない。
娘の誰からも守られず見捨てられ、皆のために差し出された孤独の覚悟が月を招いたのかもしれない。
月は不意に夜空から姿を消した。
乙女の手には冷たくぎらりと光る鎌月があった。
乙女は白い無垢なベールで憎悪の顔を覆ったまま、月の刃を振り上げる。
ざしゅりと。
目の前で自分に手を伸ばす暗黒を切り裂いた。
乙女は最後の救いとしてやって来た月を愛したが、同時に白い月、無垢で清浄なる月を汚した己を厭うた。
そして月を細首に突きたてた。
その世界では、しばらくの間赤い月の夜が続いたという。
僕はもう一度窓の外を見る。
白い白い月だった。
血はすべて滴り落ちてしまったのだろうか。
それとも自らの死で汚れをあがなった乙女の血は白銀の色に変化したのか。
──それとも。
僕は彼女の眠ったような穏やかな死に顔のページを撫でた。
憎悪が一時でも宿ったとは信じられない清らかさを。
純白の月の内側は滴るように赤いのかもしれなかった。




