Chat.2『焼かないカップ焼きそば』
「カップ焼きそばってさ」
キッチンに立ったあの子が食品ストッカーにちらりと目をやってから、ふと思いついたようにそう言った。
ついさっきまで先週見たサメ映画の感想を話していたところだったのに。
「うん。あるよね。そこにもいくつか積んであるし」
「いつも言ってるけど、インスタントばかりじゃ身体に良くないよ?」
「まぁ、3食インスタントって訳じゃないから。お昼は学食行くしね。で、焼きそばの話はもういいの?」
「あ、そうだった!あのね?カップ焼きそばって不思議だよね」
私からすれば、この子が市販品のカップ焼きそばに疑問を抱く考え方の方が不思議だけど、まぁそれはいつものことだ。
大方、インスタントラーメンと違って湯切りが必要なのが不思議だ、最初から少量の湯で調理できるようにすべきだ……とか言い出すんだろうな。
そんな事を思いながらも、念のため何が不思議なのか問うてみる。
「特に不思議なことはないと思うけど?」
「えー?でもでも、焼いてないよね?焼きそばなのに」
「……言われてみればそうだね。乾麺の段階だと油で揚げてるし、喫食前の調理は湯戻しだし……焼く要素がどこにもないね」
「こういうのって何だっけ……誇大広告?」
「いや、別にカップ焼きそばは焼いてることを前面に押し出して売ってる訳じゃないからね?」
いつものことだけど、この子の言葉は意外性に富んでいて面白い。
論理的だけど理屈屋な同僚達との「次に何を言うのかが予測できる会話」と違い、あらぬ方向から私に世界の真理を突きつけてくる。
……いや、そんな大げさな話じゃないか。
「でね?私思ったんだけど」
「うん。……もしかして、カップ焼きそばを焼いて調理するとか?」
「ちがうよ!こんなにカップ麺ばっかり食べてたらダメだと思うから……毎日私が晩ご飯作りに来ようかなって」
「えっと……それはありがたいけど」
「けど、って言うのはダメってこと?」
こういう言葉尻を捉えるのは上手いんだよね、この子。
私としてはズボラな私生活を他人に見られるのはあまり好きじゃないし、仕事柄泊まりの日もそれなりにある。
当日になってから帰れないなんてことも良くある以上、この子を待ちぼうけさせる可能性のある「よろしくお願いする」ことを簡単に口にできない。
「ダメじゃないけど、私の事情知ってるでしょ?実験が終わらないと突発的に泊まりになることもあるし」
「ポストのお仕事、そんなに忙しいの?」
いやいや、ポストドクターの略し方おかしいよね?普通はポスドクっていうんだけど。ポストじゃあまるで私が郵便ポストみたいじゃない。
「まぁ、それなりに忙しいのは否定しないよ」
「……だから、お家の中が荒れてるの?」
「ぐっ……ま、まぁそういうことにしておいて」
実際、私の家はゴミ屋敷……とまではいかないけど、かなり乱雑な方だと思う。
この子が時々遊びに来て、掃除をしてくれるおかげで最低限の文化的な生活はできるようになったけど……。
正直、付き合うようになるまではかなりヤバくて、もしかしたら新種の生物が誕生するんじゃないかと思う程ヤバかった。
「……なら、一緒に住むのはダメ?」
「え?」
「ほら、私が待ちぼうけになるのがダメなら、私がずっとここにいたら問題ないよね?」
「それは……理屈としては正しい、かな」
「私が一緒に住んでたら、毎食美味しいご飯が食べられるよ?」
「……うう」
「毎日……はダメだけど、疲れた日にはタルトも作るよ?」
「うぐっ……!」
「そう言えばそろそろうちのお店でも春の新作を作るんだけどな~」
ワンルームマンションのミニキッチンに向かって手際良く調理を進めながら、そんな悪魔の誘惑を口にする。
……そう言えば私達が付き合い始めた切っ掛けも「新作の試供品」だった気がするし、その後胃袋を掴まれたことで私は落とされたんだった。
けど、毎回胃袋を掴まれてばかりというのは情けないし、ここは抵抗しておこう。
「気持ちは嬉しいけど、そう易々と胃袋は掴まれないよ」
「そう?じゃあ今作ってるポトフは持って帰っていい?」
「ごめん、前言撤回。それだけ良い匂いさせて持って帰るとか、そんな非道なことしないで」
「なら、一緒に住む?」
なんだろう。いつの間にかポトフを諦めるか、同棲するかっていう選択肢を突きつけられている気がする。
しかも圧倒的に不利だよね、私。だってこの子の料理は絶品だし、お腹空いてるし。
「えっと……その話、今この場で答えないと駄目かな?」
「答えて欲しい、って言ったらワガママかな?」
「大事な事だからね。いい加減な答えで即答したくはないよ」
「……そっか。あ、ポトフ出来たよ。食べようか」
そう言うとこちらを振り向いた彼女は屈託のない笑顔だった。
究極の選択を突きつけられた気がしたのは私の気のせいだったんだろうか?
それとも……。
そんな事を考えながら見つめていた垂れ目気味のあの子の笑顔が一瞬、咎めるような色を帯びる。
「……」
「ん?あ、ごめん。つい無意識で」
視線が指していたのは、私が咥えかけていたタバコだ。
うん、この子は私が喫煙すると嫌がるんだ。
最初から臭いが駄目だと言っていたけど、私がタバコを吸い始めた理由を話してからは、あからさまに不機嫌な表情を浮かべるようになっているし。
だから、この子の前では吸わないようにしていたんだけど、自宅で、考え事をしていたせいでついタバコを手に取ってしまったようだ。
「やっぱり、止めてくれないの?」
「んー、もう習慣になってるからね」
「知ってる?タバコって健康に良くないよ?」
「それは知ってる」
「私が嫌なのも知ってる?」
「……そうだね、それも知ってる」
そりゃそうだろう。元カレの影響で吸い始めました、なんてことを馬鹿正直に言われたら、現彼女としては不機嫌になって当然だ。
「でも、やめてくれないんだ?」
「本数は減らしてるよ?」
「減煙じゃなくて、禁煙を求めます」
もし同棲するようになったら、間違い無く強制禁煙させられるだろうな。
……同棲、か。
私もこの子ももう20代の半ばを過ぎているし、親も家庭を持て、身を固めろとうるさく言ってくる時期だ。
実際、たまに帰省すると、孫の顔がどうとか、親戚の目がどうとか言ってくる親の顔が目に浮かぶ。
少しげんなりしていると、あの子に声を掛けられた。
「ね、冷めるよ?」
「ああ、そうだね。お腹も空いたし頂こうか。あ、その前にお酒を……っと。飲む?」
「酔わせてどうするつもり?」
「そりゃ、あんなことやそんなことを」
「……優しくしてくれる?」
「今日は私がいじめられたからね。その分夜は仕返しする予定だよ?」
「意地悪!」
そう言いいながら笑うこの子を見ていると、誰かのことを気にするのは馬鹿馬鹿しくも覆えてくる。
まぁ「焼かないカップ焼きそば」でも美味しければそれでいい。
そう思いながら、私はタバコを置くと食卓へ付いた――




