☆焦る母と宥める父★
ところ変わって、コネコ大陸。
尻尾の先にある北国の小さな家で、ある夫婦が終わりの見えない戦いを繰り広げている。
片や、目の前でどこへともなく連れ去られてしまった娘(予定?)の魂を連れ戻しに行くと主張する妻。
対するは、その仕事を自分に任せて胎内の子供を守るのに専念して欲しい夫と言う構図だ。
事の発端は、昼にあった事件。
突然起こった、世界中が暗闇に閉ざされるという天変地異と言ってもいい事件は、しかし彼らの中ではたいした問題ではない。
なぜならば、彼ら自身がこの世界の安定を担う管理者であり、あの程度の異変ならば多少の混乱がある程度で、長期的に見ればたいした事件でもないと知っているからだ。
人間の視点から見るならば、不吉極まりない大事件だと言うのは取り敢えず横においておく。
なので、一過性で終わる騒ぎよりも重大だと彼等が見做しているのは、連れ添って300年余りにしてやっと授かった我が子の事なのだ。
「何度も言っているが、スピネル。あの子の魂は左腕を残してあの闇の主に連れ去られた。一刻も早く連れ戻さなくては、私の元に残った左腕を残してあの子は消えてしまう。」
「それは何度も聞いた。だが、レプトス。お前の体にはその魂が宿るべき身体が宿ったばかりだ。だから、お前はここで俺があの娘を連れ戻すのを待っててくれ。」
「彼女の魂がどこにあるのか、貴方には判らないだろう? どうあっても私が出るしかない。」
「アレだけお前にそっくりな娘を判別できない訳があるか!!!」
「姿が魂と同じとは限らないし、闇雲に探し回って見つかるものでもないだろう?」
昼過ぎから繰り返している、殆ど同じ問答に、レプトスは頭を抱えた。
自らの胎内に残っている、連れ去られた魂の欠片のお陰で、彼女自身には目的の魂がどちらの方向のどれだけ離れた場所にあるのかと言うことが手に取るように判る。
その魂の、現在の状態もだ。
自分達と同じように管理者としてこの世に生を受ける予定であるらしいその魂は、今は片腕を失っただけだとはいえ、少しづつその在るべき神力を失いつつある。
1日2日でどうこうなると言うわけではないが、あまり長く放置するわけには行かなかった。
おそらく1ヶ月も経てば、創造主に与えられた神力の何がしかを失うことになるだろう。
一方で、自分の体を夫であるスピネルが心配する気持ちも分からないでもないのだ。
レプトスが無理をすると、お腹の子供にも障りが出る可能性が高いと言うのは、彼女も知識としては分かっている。
「貴方には、魂の見分けはつかないだろう……? それに、ここで待っていたとしても、今のままでは死産か流産の結末しか想像がつかないんだ。」
「だからと言って、一人でなんか行かせられるか。」
「なら、一緒に来てくれ。」
彼がやっと漏らした、妥協を引き出せそうな言葉に彼女は飛びついた。
本当ならば、自分一人の方が身軽に動けるのだが、それでも出ることが叶わないよりはずっといい。
「……なら、条件がある。」
「条件?」
「まず、戦闘行為は絶対禁止だ。」
「それだと、路銀を稼ぐのにも身の安全を確保するのにも障りがあるのでは?」
「蓄えならあるし、安全確保は俺のほうでなんとかできる。」
夫のその言葉に、彼女は首を傾げる。
蓄えがあるのは兎も角として、彼の方が、少し、荒事には向かないのだ。
それに何かあった時に、考える前に身体が動く自信が彼女にはあった。
「何とかするのにも限度があるのでは……。」
怖々そう訊ねると、案の定、夫は口をへの字に結んで不機嫌になる。
だが、このあたりの魔物は割りと手強く、死活問題だ。
「眷族を使う。」
「けんぞく……。」
ソレを聞いて、レプトスは改めて首を傾げる。
彼女にとっての眷属は、羽虫の類であり、あまり戦力として考えられない。
まぁ、大型の魔物が眷属として働いてくれればその限りでもないのだが、大型のものはそもそもの個体数が多くなく、更に寒冷地であるこの地ではあまり羽虫の類も多くは見られない為、その存在を知った時には既に使ってみる機会がなかった。
「私の、羽虫みたいな?」
「お前の眷属は羽虫なのか……。」
スピネルはソレを聞いて、少し微妙な顔になる。
その表情を見て彼女は、あまり彼は虫の類が好きではなかったな、と懐かしさと共に思い出した。
共に幼かった頃は、虫に気が付くとソレが目に入らないように、彼は必死で視線を逸らしていたものだ。
それでも、怖いもの見たさとでも言うのか、ソレがいる方向に視線を向けてしまっては逸らすと言うのを繰り返していた。
彼女がそれを、退治するまで。
「蝶とか? 蛾とか? が主なところなのだが、…魂を運んでくれるらしい。」
「ああ……。」
そういえば、死体に集る蝶の話を聞いたことがあるなと彼は心の中で呟く。
あれは、魂を集めるためだったのか。
生者からまで集めてたらたまったもんじゃないなと、無意識にそう考えたところで、世界のどこかに『生き物から魂を奪う』魔物が生まれたことを感じ、迂闊な事をしたとうめき声を上げる羽目になる。
新しい眷属にもなるソレは、彼の無意識の神力によって生み出されるものだ。
新しい魔物の噂話を聞いたり、想像してしまったりすると生まれるソレは、彼にとっての悩みの種でもあった。
気晴らしに酒場にでも行こうものなら、与太話やホラ話に混じって居もしない魔物を退治した話などを聞いてしまう事もある。
そうすると、必ず『ソレ』が現実のものとして現れてしまうというのは、悪夢でしかないだろう。
「俺のは……。俺が生み出した『幻獣』だ。」
「……沢山、狩った記憶が……。」
急に、おどおどし始めた妻にスピネルはため息を吐く。
彼にとって、眷属とは利用するべき存在であり、庇護し愛する対象ではないのだが、彼女にとってはそうではないらしい。
「眷属だろうがなんだろうが、生活に支障のあるものを排除するのは当然だろう……。」
「そう、か。」
「お前だって、羽虫なんか沢山潰してるだろうに。」
「そういえば。」
なるほど納得とばかりに、ポンと手を打つ妻の姿に脱力感を覚えながらも、スピネルは言葉を継いだ。
この、少しずれたところも彼女の可愛いところなのだと、彼は思っているのだ。
「そういうわけで、出来るだけ能力の高い個体を選ぶから、2~3日だけでいいから出発を待ってほしい。」
「……わかった。」
妻が、なんの抵抗感もなく頷いた訳ではないのは分かったものの、これ以上ごねると一緒に行くと言う話しすらもなくなると理解したのだろう。
当座のところ、3日間は猶予が出来たとスピネルは胸をなでおろした。
とはいえ、3日後になんの準備も出来ていなければ、彼女はたやすく自分の監視の目をかいくぐって娘の魂を捕まえに行くに違いない。
なんとも厄介な事になったと、スピネルは思いため息を吐いた。




